恨み買取屋

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第一章・首吊り少女の怨念

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 薫から悪意とかそういったものを感じたことは一度もない。
 ただ本当に純粋な気持ちで私に構ってくれていたし、なんの見返りも求めなかった。不安になるくらい、何も。
 誰からも愛されていない、クラスメイトの女の子一人を自分が救ってやろう、みたいな青い正義感を持って──。
 嬉しかったさ。嬉しかったとも。実際私は薫に救われていたんだと、思う。
 好きだったさ。
 好きだったとも。
 もちろんそういう意味で。
 でもやっぱりなんだ──過去形になってしまう。どうしたって私はこの言葉を現在進行形で言うことはできない。いつから過去形になってしまったのかと聞かれれば、いつだったろうか、少なくとも死ぬ一ヶ月──いいや、ここまできて、嘘をつくのはやめよう。
 きっと、もっとずっと前から。
 なんなら私は薫のことを、出会った時からずっと嫌いだったのかもしれない──好きながらに嫌っていたのかもしれない。この感情に名前をつけることはきっとできないだろうが、まぁそんな必要もないだろう。くだらない、取るに足らない、そんな感情なんだから。
 好きに振り切ることはできないし、嫌いに振り切ることもできない。はっきりしないけれど、それでもこれが私の気持ちそのものだった。ぐちゃぐちゃで醜い。だってどんなに綺麗な色でも、汚い色と混ざってしまったらたちまち醜くなるものでしょう。
 ──話を戻すけれど、そう、薫は決して私に対して悪意は持ち合わせていなかったのだ。それはただの優しさ。
 夜狐が残酷なくらい優しいのだとすれば、薫は狂気的に優しかった。優しくて優しくて、ベタベタに甘やかして。「君は何もしなくていい」とでもいうように、思考することすら代わりにやってくれた。いや、代わりにやられた。私が望んでいないことまで。
 それはまるで「お前は何もできない」と言われているようで。
「だから僕が全部やってやる」と言われているようで。
「愚鈍なお前の面倒を見れるやつなんてそうそういない」と言われているようで。
「迷惑をかけているのがわからないのか」と言われているようで。
「お前のやることなすことは、全て間違っている」と。
 そう言われているようだった。
 これはほぼ間違いなく私の被害妄想だったのだが──しかしやはりこれも、
 過去形になってしまう。
 どうしたって私はこの最悪な心の読み取り方を、全て被害妄想でしたと笑い飛ばせることはできない。この妄想は半ば本当だったんだから──少なくとも半ば。だけれど、二分の一という数字は大きい。
 薫の行きすぎた優しさはもはや悪意だった。
 夜狐を引き合いに出して説明するのはどうにも気が引けるが、彼は私の意思を最大限汲み取ってそれを実現させようとしてくれるのに対して、薫は自分が「こうあるべき」と思ったものを私に押し付けているような感じだった。己の中の「普通」だとか「幸せ」だとかに私を収めようとしているかのような。
 そう、人間として見られている感じがしなかった。
 飼い猫に無理やり可愛らしい苦しそうな首輪をつけるように。飼い犬に無理やりフリルのついたなんとも邪魔そうな洋服を着せるように。
 首輪をつけて、牙を抜いて、爪を剥いで、家から一歩も出させないで──
 信用されていないんじゃない。元々そういう次元じゃないんだ──信用するとかしないとか、そんな価値観すらなかったんだ。
 もっと言うのなら私はペットですらない。
 人形みたいなものだったんだ──ずっと。
 でもそれは薫が悪いんじゃない。まるで人形のように扱ってやらねばどうにもならないような出来損ないである私の責任だ。私が何にもできないから。私がダメ人間だから。
 ずっとそう思っていた。
 ずっとそう思っていたら、だんだん、だんだん──
「あれ?」
 呼吸が下手になっていった。

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

「──おっと」
 夜狐が沈黙を破るようにそう言った。私は無理やりこじ開けた口を閉じた。
 なんだか私の発言にわざと被せてきたような感じがした。いつものように私に無理をさせまいとしたというよりは、夜狐が私の答えを聞きたくないだけに見えた。少し、夜狐も人間なんだなと実感した。
「…香澄ちゃんは、絶対に地獄には堕ちないと言ったね。どうしてか、自分でわかる?」
「……わからない。でも…」
 心当たりが全くないわけではなかった。
 だってすでに私は藍玉に「異常」という太鼓判を押されているのだから──
「その銃」
 夜狐は私の手に握られている銃を指差した。
 特に変哲はない。私の手の中に鎮座している。核の時と同じように。
「普通に考えてあり得ないんだよ──全くの素人がいきなり核を呪具に変えるなんてさ」
 なんの手順も踏まずに、いきなり──だなんて、よっぽどそういうのに慣れた人でなければ不可能の領域なんだ、と夜狐は言った。
「で、でもそれは…あの時は、核まで一緒に呑まれそうになったから」
「だとしても、だよ。そもそも核はただの感情の塊だ──意思、なんてものはないに等しい。まあ仮にそうだったとしても、本人…つまり、その場においての核の扱い手の力量がなければ、どう頑張ったって核はうんともすんとも言わないよ」
 もう一度手元の銃を見つめてみた。…特に変わったところは、ない。本物の銃を見たことはないから確かなことは言えないけれど、良くできた方だと思う。
「だからね。言葉を選ばずに言うなら──香澄ちゃんは異常なんだ」
 異常。藍玉に続き夜狐までもがそう言った。
「正直、すごいとか才能があるとか、そういう一言じゃ表せる気がしないんだよね…異常。おかしい。あり得ないほどに、香澄ちゃんはに適性がある」
 それはもう、ポジティブに捉えられる範囲の話ではないという。
 呪具を作れてしまったこと。なんの問題もなくそれを使うことができてしまっていること。
 …確かに、異常なのかもしれなかった。
「でもね」
 そう言うと夜狐は、人差し指を立てて口元に当て、ニッ、と悪どい笑顔を浮かべた。
「閻魔大王は──その才能を買うよ」

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

 私は誰かの世話がなくては生きられない人間。私は誰かの世話がなくては生きられない人間。私は誰かの世話がなくては生きられない人間。私は誰かの世話がなくては生きられない人間。
 私は誰かに必要以上の迷惑をかけなくては生きていけない人間。
 だめ。そんなのだめ。私はそんなお荷物にはなりたくない。
 誰にも貢献せず、誰にも必要とされず、ただ無駄に酸素を浪費するだけの生産性のない人間だなんて、そんなの──
「香澄は何にもしなくていいよ」
 やめてよ。
 やめて。やめて。やめて。やめて。
 そんなことを言って私から存在意義を奪わないで!
 私は一人でだって大丈夫だし、助けがなくたって生きていけるし、与える側にだってなれる。
 私は何もできない人形なんかじゃ──
 ──じゃあそれを誰が証明するの?
 実際私は今、誰からも求められていないのに。疎まれているのに。私のことを必要としてくれる誰かなんて、どこにもいないのに。
 薫は私に世話を焼き続けた。私は何もできなかった。相変わらず私の意思はすり潰され、私は薫に何も返すことができなかった。私は誰にも何も与えていなかった。ただ薫の時間と労力と、時によってはお金が私に注ぎ込まれた。
 善意は呪いとして私の中に蓄積していく。
 否定。悪意。呪い。善意とはかけ離れた対極にあるはずの言葉たちが、薫の善意の裏にいつも隠れている。
 私は何もできない人間。
 存在価値のない人間。
 生き続けるのがおこがましい人間。
 塵は積もって山となった。気づけばどこから買ってきたのか拾ってきたのか、私の手には縄紐が握られていた。

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

 実際、僕もそれで地獄行きを免れたクチだ──と夜狐は得意げに言った。
 いわく──私のような才能を持った人物は、地獄などという漠然とした罪を償う場には堕とされないらしい。地獄とはなんの力も持たない人間が、ただ一方的に痛めつけられて罪をなくす場所だという。
 だが無論、才能のある人物ならば有効活用したいというのが本音だろう。
 夜狐のような「恨み買取屋」や、死神やらなんやら、とにかくあの世を効率的かつ、天国の人々や地獄での刑期を終えた亡者たちにとっても快適に回すにはそういう存在が必要不可欠になる。
 だから才能のある人物は、問答無用でに回される──。
「まあそうは言っても、なんだかんだ罪の償いも含んでるからね。現世の刑務所と同じように、労働させられるってこと──あ、でも普通に僕のとこは週休二日制だよ。他のとこも大抵そうなんじゃないかな、最近は制度がゲロ甘だし…」
 …かなりの高待遇らしい。
「危険なことに変わりはないけどね…とりあえず、香澄ちゃんが僕らみたいな人員に回されるってことは確かだ」
 だから地獄には堕ちない。堕ちることができない──。
 夜狐の言っていた意味がようやく繋がった。
 私はたとえここで薫をめちゃくちゃに殺そうが、他の如何様な選択肢をとろうが、少なくとも地獄にだけは堕ちない。だから、好きな選択をしてもいい──と。
 なんだかずるいような気がした。たまたま才能があっただけで、何をしても許されるなんて──いや、まぁ確かに、労働はするけれども。だけど、少なくとも地獄よりは遥かにいい場所なんじゃないだろうか。
 夜狐を見た。目が合うと彼は軽く肩をすくめて笑った。左腕の出血は、なんとか止まっているみたいだった。
 その笑顔に、なにも痛々しさがあったわけじゃないのに、一概に夜狐は地獄にいるよりは楽をしてるんじゃないかなんては思えなかった。
 正直、まだ自分に才能があるなんて実感が湧かなかったが、手元の銃はどうしようもない事実だ。
 地獄に堕ちないんだからなにをしたって良い、とはならないことはわかっている──地獄が許そうとも、閻魔大王とやらが許そうとも、結局自分が自分を許せなければなんの意味もない。そういう意味では、才能ゆえに労働に回された人たちは余計に苦しんでいるのかもしれなかった。
「…一つだけ」
 夜狐が優しく諭すような声で話し始めた。
「人を殺したって事実は、一生付きまとうよ──いや、違うね。一生なんて言葉、僕らには縁がないや。…現世と違って、殺したらもう関わらなくて済むって訳じゃない。殺したところでそいつも自分もあの世にいるんだから、絶対どこかでまた会うんだ。忘れるなんてできない。許されない。存在する限りずっと──それでも」
 それでも君は──と、そこで夜狐は言葉を切った。私もそこまで鈍くはない、夜狐は人殺しなんだろうということはこのセリフからなんとなく察していた。彼の時代背景からしてそれは不可抗力というか、仕方のないこと──というか。少なくとも彼の意思で殺したわけではないだろうとは思う。
 だとしてもずっと引きずるのだ。
「……」
 私の意思は変わることはなかった。
 自分でもびっくりするほど気持ちは冷え切っていて、落ち着いている。多分夜狐のおかげだ。
「…夜狐」
「うん」
 一つ息を吐く。

 私知ってたの。
 薫の優しさは、私に救われてほしいだとか、そんな綺麗な気持ちからくるものじゃなかったってこと。
 だって薫はいつも。
『じゃあ、また明日ね、香澄!』
『うん、また、明日』
 満面の笑顔で手を振る。そのまま私から目をそらして、一度も振り返ることなく帰路へつく。
 いつも。
 生傷の絶えない私を見ていながら。消えない古傷をも知っていながら。私がどれだけ苦しいかも、どんな気持ちでいるのかも、わかると言っておきながら。
 苦しんでいるところを見たくないなんて甘言を囁いておきながら。
 いつも。
 いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
 ───

「殺させて。私に、あのひとを」

 薫は、さ。
 私に苦しんでいて欲しかったんでしょ?
 だってそうしたら、私が頼れるのは貴方だけだもんね。
 頼られたかったんでしょ。
 自分が上だって思いたかったんでしょ。
 今となってはどうだっていいけれど。ひょっとしたら、本心は違かったのかもしれないけれど。でも私にとっては示された行動が全てなんだ──そこから読み取れる貴方の心情が全てなんだ。
 私が見ることができた貴方だけが貴方だから。
 だからごめんなさい。
 生きてるうちに話せていたら、もしかしたらお互いに分かり合えたかもしれないのに。
 お互いを見ようとしなかったのは私も同じなのに。
 逃げたのは私だったね。
 その上自分勝手に貴方を殺そうとしている──許して欲しいなんて言うつもりはないけれど、許すつもりも無い。もうどうしようもないもの。
 ──ごめんね。
 謝罪の言葉しか浮かばないや。
 今までありがとうなんて、口が裂けても言えない。

 夜狐はわかっていた、とでも言うように軽く目を伏せた。──そしていつも通りへらっと笑った。
「仰せのままに」
 彼は冗談っぽくそう言って、私の頭に手を乗せた。 

 ごめんね、ごめんね、ごめんね──薫。
 死んで。
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