世界はもう一度君の為に

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第二十七話:かげろうの澪標

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 生徒会長という肩書を持つ男は、仮面で隠された瞳に確かに宿敵の姿を映した。
 その会長の姿は、あまりにも──妖艶で美しかった。見返り美人と称されるべき外見に、強く光る瞳がよく似合う。
 刹那、膨大な殺気が一帯を切り裂いた。
「蓮田谷……!」
 瞳孔が明確な敵意を持って揺れた。素早く回転した体の動きに、青の強い銀髪が遅れて舞う。
 会長が手を前方に突き出した。その動きに伴って、何か赤黒く細長い物体が、弾丸の速さと断頭台の重さを持って地面に平行に飛翔する。
 矛先は、無論──蓮田谷真里。
 真里はバットを前方に掲げ、一つは流して軌道を変えるように受け払う。もう一つは体を斜め後ろに反らして回避。逃げ遅れた袖口の飾りボタンが一つ散る。
 それがまだ宙を舞っているうちに、圧倒的密度の追撃が迫ってきた。
「っ…話させてくれる慈悲すらねぇのかよ!」
 悪態をついてみる。が、しかしそんなことで攻撃が勝手に逸れるなんてことはあるはずがない。
 そして、その圧倒的速度で飛翔する物体──それは、確かな柔軟性を持っていた。蛇のようにうねり、曲がり、三百六十度全方位から絡めとるように真里を狙う。
「くそっ──」
 バット一本で太刀打ちできるような代物では、決して──
「私を忘れないで頂きたいですね!」
 突風。
 つむじ風が真里を目にして激しく巻き起こる。それは、全方位対応の即席鎧と言っても過言ではない。会長の攻撃は、明らかに自然現象の域を超えた風によって弾かれ、削られ、叩き落とされて失速する。
 無刀の衝撃波の応用である。
「…っし」
 真里が静かに、感嘆と覚悟のこもった声をあげた。
 いいペースだ、このまま、焦るな──と、彼は心のうちで唱える。
「衝撃波が収まります!」
 突風が弱くなり、勢いを失いつつも尚真里の首を狙ってくるそれ・・を、彼はようやく視認する。

 鎖。
 それは、よく見るような──別段角が立っているわけでも、先に刃がついているわけでもない、ごく普通の鎖であった。
 大量の鎖が、拘束及び殺傷を目的として全方位から迫り来ている。
「中々厄介だな…!」
 会長の異能は、主に中距離を得意とする物質生成系と物質操作系能力の融合である。
 その異能は大抵の場合シンプルだ。しかし、シンプルゆえに、使い手の技量と生成できる物体の特徴にかなり強さが依存する。
 会長の場合、本人の技量、物体との相性その他は──完璧。
 赤黒い鎖の猛追に、一筋の銀色が差し込む。
 横から無刀の剣撃が割って入ったのだ。真里に向かう鎖のベクトルを、衝撃波と己の筋力で無理矢理逸らす──と同時に、地面を蹴って会長との間合いを詰めた。
 それを横目で確認してから真里は、一歩下がって戦いの様子を見守っていた男──業の方へと駆ける。
 会長には、実力が拮抗している無刀を。業には、異能無効化を食らって一番被害の少ない真里を。
「おや」
 余裕綽々な態度に反し、業は素直に退いた。真里が一歩進めば一歩後退する、といったところである。間合いを詰めたと思ってバットを振ってみても、受けるどころかさらに後退する始末。
 ただし態度自体は、その笑顔は、声色は、非常に──涼しい。
「無能力者にしては中々いい動きをしますね。いや…無能力者だからこそ、いい動きをしなければならないということですか。ふふ」
「……」
 これは挑発だろうか。
 それとも、作戦の一部?
 わからない。わからないから、真里は攻撃を続ける。幸いにも見た限り、業の持つ武器は棍棒のみ──真里のバットと同じような「異能力を含む物体」でない限り、一発喰らったら終わりというような代物でもないだろう。
 もう一度バットを旋回させる。まだ業は異能を発動させない。当たり前だ、真里相手に異能無効化を発動したところでどうにもならないのだから。だが、つまり真里のバットはまだその鋭い切れ味を保っているということ。
 地面を蹴って、何メートルか後ろに跳んだ業は、やはり余裕そうに、ゆったりとした口調で言った。
「ところで蓮田谷真里さん。ぼくは、会長からこんな話を伺っていまして」
 会長、という言葉に真里は少し反応した。
 あの男──霧影怜人は謎が多すぎる。
 女郎蜘蛛の存在に気づいたのがそもそも会長なのか、それすら未だはっきりとしていないが…もしそうだとしたら、会長は無能力者ということになってしまう。しかし先ほどの鎖、あれは、異能でないとしたら説明がつかない。
 一体、どうして?どうやって──?
「女郎蜘蛛、というのは──異能力そのものと言って良いモノなんですって、ね?」
 真里のバットの切先を軽く避けながら、彼は優しくそう言った。
 まるで、まるで、赤子に言い聞かせるように。
「ぼくに女郎蜘蛛は見えません。どんなモノなのかは、わかりません。でもわかっていることは、ぼくの異能は特定の範囲内で異能力を消滅させるということ」
 業がようやく腰の棍棒を引き抜いた。しかしそれは振り上げられることはなく、地面にまっすぐ突き立てられる。

「そして女郎蜘蛛は、常にあなたの近くにいる」

「は?」
 真里が情けない声を出した。その余韻が終わらないうちに──
 業は異能無効化を発動した。

    * * *

 槍の柄がヨーヨーを弾く。
 その一瞬の隙に大刀の広い刃先が迫り来る。避けるのに大ぶりな動作を必要とし、大きく体力が削がれていく。
 そして、その間にも再びヨーヨーの追撃──
 正直、その差は圧倒的だった。
 そんな中でも美寧は突破口を探す。チャンスを待つ。全力で二人の命をとりにいく。
 諦めることを知らない人工知能のような闘い方。というより、命令を遂行するまで止まれないロボットのよう。
「………」
 千鬼は、少し考えた。
 妙だと思った。
 何か引っ掛かる。違和感が脳の隅で静かに、しかし確実に存在を主張している。
 槍先が喉元に飛んでくる。考えがまとまる前に思考は強制中断され、千鬼は斜めにのけぞった。追撃が千鬼の心臓を貫く直前、ヨーヨーが槍の柄を弾き、切先がズレる。その隙を縫って千鬼は間合いを取る。
「…やっぱり」
 おかしい。
 美寧は止まらなかった。幾度攻撃を止められても、ヨーヨーと大刀の連携した攻撃が次第に避けきれなくなっても。
 明らかな劣勢。──時間の問題、とまで言える。
 そんな中でも戦い続ける美寧。
 ──非合理的。
 これがもし真里との戦いだというのなら話は別だ。今回、生徒会の一番の目的は彼の抹殺。それは生徒会に与えられた急務であり、多少の無理をしてでも遂行せねばならない。
 でも、別段、千鬼とすぐるを絶対に殺さねばならない理由・・・・・・・・・・・・・なんてものはないはずだった。今すぐこの場を離れて、イノリか会長達に助太刀した方が幾分か合理的である。
 今、美寧が立てなくてはいけないのはこの二人から逃げる算段のはずだ。二人を殺す算段じゃない。
 そんなことは、この場で最も合理的な思考を異能力によって強制されている美寧が、一番よくわかっているはずなのに──
 千鬼は考えた。何かおかしい。それが、自分が術中に嵌っているが故の違和感なのか否なのか、確かめる必要がある。
 すぐるはどうやら、違和感には気づいているものの深くは考えていないらしい。全く危なっかしいやつだ、と千鬼は短いため息をついた。
 千鬼は考える。
 冷や汗が頬を伝って、芝生へ落ちる直前、千鬼は口を開く。
「……おい、どうしたよ、冷徹で冷静な副会長」
 カマをかけてみることにした。
「あんたは常に合理的なんじゃなかったのかよ──少なくとも異能発動中は。目はまだ赤いし、解いてないのは明白だぜ」
 美寧は決してその言葉達に顔を歪めたりだとか、激昂したりだとかはしなかった。眉ひとつ動かさない。聞いているのかどうかすら怪しい。
 千鬼は彼女の動きが止まっているのを、聞いている証として話を続けた。
「俺たちは生徒会にとって、そんなに消さなきゃならねェ存在なのか?なァ。それとも、会長の命令か?生徒会ってのは、どんな理由でも命令に従わなければ消されちまうような組織なのか?」
 美寧は反応を示さない。当然だった。しかし、それでも話を遮って攻撃に入らないのは、己の劣勢を理解しているからで──
 この戦いに、生徒会にとってそこまでの重要性と緊急性はないことの証明。
「命令、じゃ説明がつかない。そうだろ?」
 正直言って千鬼はそこまで頭の回る男ではない。もし美寧からの反論を喰らったり、美寧が誤魔化したりすれば、納得してしまうような気がして、背中は汗で濡れていた。
「お前は、お前の青い方の瞳・・・・・は──何を見てる?」
 その言葉は確かに、異能で奥へ押しやられた彼女の核心に届いた。しかしそれが表に出てくることはなく、異能で形成された人格とも呼べない人格は、目の前の敵を殺すべく強く足を踏み込んだ。

    * * *

 イノリはしばらく、花依と睨み合っていた。
 この場を退こうにも背後は行き止まり。逃げ出すのなら花依を突破しなくてはいけない。が、彼女への攻撃は、例外なく全て水へと変わり無効化される。
 この時点で、詰み。王手。チェックメイト──と言っていい状況だ。それこそ花依の言うとおり、茶と菓子でも用意してガールズトークに花咲かせた方が有意義かもしれない。
 しかし。
「へぇ。随分と諦めの悪い女なんだな」
 イノリは攻撃を続けた。
 幾度も鎌の刃渡りを伸ばし花依に向かわせる。飛び散るのは鮮血ではなく水だ。それはまるで、駄々をこねる子どもの風貌に似ていた。
「まあね。手応えがなさすぎるのはそりゃ、事実だけどさ~…」
 攻撃を続けながらイノリは口を開く。
「でも、どこかに、穴があるかもしれない」
「…穴だって?ハハッ!いいぜ、探してみなよ。見つける頃には、とっくに次の日かもしれないけどな」
 これまでにも、何人か彼女の異能の穴を探そうとした連中がいた。しかし、誰も見つけられなかった。皆長くとも五十か六十目の攻撃が無効化された時点で、諦めて逃げ帰ってしまう。
 そうだ。だからイノリも、きっと途中で諦めるはずだった。
『はずだった』のだ。
「花依ちゃん。きっと、今までに何人もいたでしょ?今の私みたいな人」
 イノリは攻撃の手を緩めないまま、放課後の女子高生同士の会話みたいな顔と声で優しく問うた。
「ああ、いたな。皆途中で諦めた。あんたは何回目で諦めるのかな──今、攻撃数は二重を超えたぜ」
 花依も迫り来る刃に瞬きもせず、穏やかな口調で返答する。
「はは、そうだよね。でもさ、私は花依ちゃんのその毅然とした態度がすごいと思うなあ。それに押されて、きっとみんな諦めちゃうんだよ」
 イノリは、口調を変えないまま、まるで周知の事実を語るように、当然知っているとでも言いたげに、笑いながら言った。
「だってそれ、花依ちゃんの能力じゃないでしょ」
 水飛沫の弾ける音だけが響いた。

「…なんだって?」
 花依は口調を変えずに、ただしにこりともせずに、胸を張ったまま言った。その手のひらにじっとりと汗が滲んでいることに、誰も気づいていない。
「はは、誤魔化そうとしてる?無駄だって。私知ってるんだからね?花依ちゃんの本当の能力。攻撃の無効化とか強すぎるじゃん、素性を調べないわけないでしょ?」
 話している間にもイノリの追撃は収まらない。花依を中心として、足元に水溜りが広がっていく。ひとつの攻撃が花依の髪を濡らし、水分を含んで重くなる。
 花依は、もう笑っていなかった。その目は睨んでいるのか、怯えているのか、判別がつかない。
 イノリはふと、花依に向けていた攻撃の軌道を変え、花依を通り越した向こうの木へ刃を突き立てた。そのまま、まるで伸縮するゴムのように刃渡りを縮め、それを利用して空中を飛翔し花依を飛び越えようとした。
 花依はそれを見て、一瞬躊躇った。舌打ちをしつつ、イノリが完全に宙に浮く前に体当たりでイノリの手を鎌から強制的に放させた。
 だけれど、イノリはわかっていたかのように──再び鎌の刃渡りを伸ばして持ち手を自分の方へ持って来させ、掴み取った瞬間素直に後ろへ退いた。
「ね。今、花依ちゃん躊躇ったでしょ」
 イノリは笑っていた。ほらね、やっぱり、とでも言いたげに笑っていた。
「今、絶対鎌に触れた方が楽だったじゃん。鎌に触れて溶かしちゃった方が楽だったじゃん。なんでそうしなかったの?」
「…それは」
「それじゃあ『攻撃』にカウントされないからでしょ。わかってるよ」
 イノリは花依に被せるように言った。ケラケラと笑って、まるで──まるで本当に、ガールズトークを楽しんでいるみたいに。
「じゃあどうして躊躇ったのかな?花依ちゃんの中に、鎌に触れるって選択肢はなかったわけじゃないってことだよね?攻撃の無効化に、そういう行為もカウントされる可能性があると思ってたってことだよね?」
 花依は返事をしなかった。けれど、沈黙は肯定と同義というのは、有名な話で──実際、花依は少し、目を伏せていた。
わからない・・・・・──んだよね。その能力がどこまで通用するのか。だから、何度実戦を重ねて仕組みを理解したつもりになっても、不安なままなんだよね。答えを教えてくれる人は誰もいない。本能なんて当てにならない。自分の能力じゃないんだもん」
 イノリの言う通りだった。
 異能には時に、複雑なロジックが関係する場合がある。複雑な条件付きの異能だってある。それら全ては、異能を持つ本人だからこそ無意識下で操れるものであって、他人からしたらこれ以上ない難しいことをやってのけている能力者もいる。
 異能の特性がわからないこと。それは、いつだって死に直結する、重い欠陥だ。
 花依はわかっていなかった。己にかけられたこの呪い・・が、『悪意を持った攻撃』を無効化するのか『自分を傷つけるもの』を無効化するのか。特徴が特徴だ、下手に試すこともできないし、どこまでが悪意が潜んでいるのかなんて、そんなものは神のみぞ知る──だ。
「穴はね、異能力自体にはないかもしれない。でも、花依ちゃん──あなたのその『わからない』が、きっと花依ちゃんの隙になる」 
 イノリは待つことにしたのだ。花依の心が崩れるのを。一瞬の、無音の破裂音が聞こえるのを。
 だって花依はきっと、一生この攻撃無効化のメカニズムを知ることはない。
 彼女は死者の声を聞けないから。
「あ、これだけ聞いておこうかな。その能力、誰のなの?」
 鎌を振り上げながらイノリが聞いてきた。
「さあな。そこも自分で調べてこいよ」
 水と水が地面でぶつかり合う、破裂音のような音がした。
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