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第二章
断章
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西方の魔属領から端を発した先の魔属大戦終結が宣言されてからすでに六〇年余り。
すでに残存勢力掃討の混乱期、戦災復興の時期を経て、魔属の脅威は薄れつつあった。が、それに比例して、世界各地で独立や紛争が多発し始めていた。
過去歴史を紐解けば、魔属大戦の後には新秩序や体制の構築、国家同士の戦争、それによる新たな国の勃興と旧国の滅亡が必ず起こる。
ロマリアナもそんな歴史の必然の中で生まれた小国の一つである。戦後に戦争によって独立を勝ち取った新興国であったが、最高指導者による圧政・弾圧が人権問題や難民流出を生み、国際社会でも度々問題となっていた。
そしてある時、これを見かねた複数の大国が連名で、独裁者の強制逮捕を目的とした国連軍出動を国連議会に発案。内政干渉に当たると反対する中小国の反対を押し切り、議会はこの案を議決する。
かくして世界の警察を自称する大国・アルメリア連邦軍を中心に編成され送り込まれた国連軍であったが、「一週間以内で首都を制圧し、独裁者を逮捕」という当初の甘い見積りに反し、兵士に数多くの犠牲者を出し、逃げるように隣国国境線まで撤退したのはこれからわずか三日後のことだった。
このままではメンツの立たないアルメリアと大国は国連議会に働きかけ、勇者の導入を提案する。
国際法によって勇者の軍事投入は禁止されている。この提案に反対意見が噴出したことは言うまでもないが、大国はその大きな発言権と政治力で持って封殺した。
曰く、これは戦争ではなく、秩序と平和、人権を守るための"ミッション"である、と。
そんな美辞麗句で飾った建前のもと、法案は可決する。
かくして、勇者機関による選抜の結果、クラス:マスターに昇格してまだ日の浅い一人の青年勇者に白羽の矢が立てられた。
背後に蠢く大国の思惑を察するには、その青年はまだあまりにも若すぎた。
昇格後、初の大舞台でのミッションに、今日まで苦楽を共にしてきた青年の戦友たちは大いに奮い立った。
これは悪辣な独裁者を捕らえ、虐げられる無辜の民を解放する正義の戦いである。そんな謳い文句も若い彼らの戦意を高揚させる一因となった。
作戦内容もそう困難なものではなく、彼らの技量を持ってすれば三十分程度で終わるとエージェントからも聞かされている。このミッションを断る理由は見当たらなかった。
しかし、当の青年本人には思い悩んでいた。
かつてミッションで人間を相手に戦った前例がないわけではない。テロリストに犯罪組織、常軌を逸した凶悪犯罪者。それらを駆逐するのもまた、現代の勇者の役割とされていた。
自分自身、それらに剣を向けてきたのは奴らが人間社会に仇なす存在であり、それを潰すことは社会正義に適う、力を持って生まれた者の責務であると考えていたからだ。
でも、今回はそうではない。
今回のミッションは、背景はどうあれ勇者による一国への介入だ。
確かにあの独裁者は自国民を虐げている。一国の長の座から引きずり下ろし、然るべき裁きを受けさせることに異論はないが、それは勇者の行うべきことなのか?勇者に許される範疇なのだろうか?立ち向かってくるであろう兵たちを、自分は斬れるのか?斬っていいのか?
そんな青年の苦悩を察してくれたのは、仲間の内で誰よりも長く時間を共に過ごし、彼が最も信頼する優しき女性だった。
青年より年上の彼女は、根気強く青年の話に耳を傾けた。途中、ただの一度も言葉を遮ったり、自らが口を差し挟むことはなかった。
そうして聞き終えた彼女はおもむろに言った。
「勇者の領分については、未だ議論され結論の出ない問題ね。勇者法も日々条項が増えていく現状で、あなたの憂慮はそう簡単には答えが出るものではないわ……なら、考えなければいいのよ!」
おいおいと、呆れかけた青年だが、
「それよりも考えるべきはそこに救いを求める人がいて、あなたはその人たちを救えるってことじゃないかしら?」
と続けられたその一言で視界が急に開けた感覚を覚えた。
「力なき人の力になってあげることは、人として正しいと思う。けれど、それが出来る人は限られている。そしてあなたは差し伸べる手を持っている。その上でどうするかは、あなたの考えることよ」
彼女はあえて結論を出さずに、青年に委ねた。そこで青年がどんな答えを出しても、彼女は責める気は無かった。
もっとも、この時すでに青年は自分の中に答えを見出し、決意を固めていた。
そこに救いを求める人がいて、救える力があるのに手を差し伸べるかどうかを迷うのは勇者以前に、人として間違っている。
自分の行いの結果、苦しみから救われる人がいるなら何を躊躇うことがあろう。それに比べれば領分の問題など、取るに足らない事だ。
青年は、そのミッションを受諾した――
そしてこの日の決断を、彼は一生後悔することとなる。
すでに残存勢力掃討の混乱期、戦災復興の時期を経て、魔属の脅威は薄れつつあった。が、それに比例して、世界各地で独立や紛争が多発し始めていた。
過去歴史を紐解けば、魔属大戦の後には新秩序や体制の構築、国家同士の戦争、それによる新たな国の勃興と旧国の滅亡が必ず起こる。
ロマリアナもそんな歴史の必然の中で生まれた小国の一つである。戦後に戦争によって独立を勝ち取った新興国であったが、最高指導者による圧政・弾圧が人権問題や難民流出を生み、国際社会でも度々問題となっていた。
そしてある時、これを見かねた複数の大国が連名で、独裁者の強制逮捕を目的とした国連軍出動を国連議会に発案。内政干渉に当たると反対する中小国の反対を押し切り、議会はこの案を議決する。
かくして世界の警察を自称する大国・アルメリア連邦軍を中心に編成され送り込まれた国連軍であったが、「一週間以内で首都を制圧し、独裁者を逮捕」という当初の甘い見積りに反し、兵士に数多くの犠牲者を出し、逃げるように隣国国境線まで撤退したのはこれからわずか三日後のことだった。
このままではメンツの立たないアルメリアと大国は国連議会に働きかけ、勇者の導入を提案する。
国際法によって勇者の軍事投入は禁止されている。この提案に反対意見が噴出したことは言うまでもないが、大国はその大きな発言権と政治力で持って封殺した。
曰く、これは戦争ではなく、秩序と平和、人権を守るための"ミッション"である、と。
そんな美辞麗句で飾った建前のもと、法案は可決する。
かくして、勇者機関による選抜の結果、クラス:マスターに昇格してまだ日の浅い一人の青年勇者に白羽の矢が立てられた。
背後に蠢く大国の思惑を察するには、その青年はまだあまりにも若すぎた。
昇格後、初の大舞台でのミッションに、今日まで苦楽を共にしてきた青年の戦友たちは大いに奮い立った。
これは悪辣な独裁者を捕らえ、虐げられる無辜の民を解放する正義の戦いである。そんな謳い文句も若い彼らの戦意を高揚させる一因となった。
作戦内容もそう困難なものではなく、彼らの技量を持ってすれば三十分程度で終わるとエージェントからも聞かされている。このミッションを断る理由は見当たらなかった。
しかし、当の青年本人には思い悩んでいた。
かつてミッションで人間を相手に戦った前例がないわけではない。テロリストに犯罪組織、常軌を逸した凶悪犯罪者。それらを駆逐するのもまた、現代の勇者の役割とされていた。
自分自身、それらに剣を向けてきたのは奴らが人間社会に仇なす存在であり、それを潰すことは社会正義に適う、力を持って生まれた者の責務であると考えていたからだ。
でも、今回はそうではない。
今回のミッションは、背景はどうあれ勇者による一国への介入だ。
確かにあの独裁者は自国民を虐げている。一国の長の座から引きずり下ろし、然るべき裁きを受けさせることに異論はないが、それは勇者の行うべきことなのか?勇者に許される範疇なのだろうか?立ち向かってくるであろう兵たちを、自分は斬れるのか?斬っていいのか?
そんな青年の苦悩を察してくれたのは、仲間の内で誰よりも長く時間を共に過ごし、彼が最も信頼する優しき女性だった。
青年より年上の彼女は、根気強く青年の話に耳を傾けた。途中、ただの一度も言葉を遮ったり、自らが口を差し挟むことはなかった。
そうして聞き終えた彼女はおもむろに言った。
「勇者の領分については、未だ議論され結論の出ない問題ね。勇者法も日々条項が増えていく現状で、あなたの憂慮はそう簡単には答えが出るものではないわ……なら、考えなければいいのよ!」
おいおいと、呆れかけた青年だが、
「それよりも考えるべきはそこに救いを求める人がいて、あなたはその人たちを救えるってことじゃないかしら?」
と続けられたその一言で視界が急に開けた感覚を覚えた。
「力なき人の力になってあげることは、人として正しいと思う。けれど、それが出来る人は限られている。そしてあなたは差し伸べる手を持っている。その上でどうするかは、あなたの考えることよ」
彼女はあえて結論を出さずに、青年に委ねた。そこで青年がどんな答えを出しても、彼女は責める気は無かった。
もっとも、この時すでに青年は自分の中に答えを見出し、決意を固めていた。
そこに救いを求める人がいて、救える力があるのに手を差し伸べるかどうかを迷うのは勇者以前に、人として間違っている。
自分の行いの結果、苦しみから救われる人がいるなら何を躊躇うことがあろう。それに比べれば領分の問題など、取るに足らない事だ。
青年は、そのミッションを受諾した――
そしてこの日の決断を、彼は一生後悔することとなる。
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