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第3章
第18話 眠れる幼児と眠らぬ城
しおりを挟む風の日。
「……何か見えてきた人?」
「はい……、真っ黒」
「それは瞼の裏よ」
「黒いの……?」
母上による魔法の授業は二回目を迎えていた。
母上の問い掛けに真面目に答えたルーカスにイルメラが突っ込みを入れる。
取り澄ましたお嬢様なのかと思ったら、イルメラは意外とツッコミ属性であったらしい。
しかし、瞼の裏は黒いのかと聞き返されたイルメラはうーんと考え込んでしまった。
「世の中にはお腹が黒い人もいるって聞いたから、貴方の瞼の裏も黒いのかも?」
「僕のお腹、黒くないよ……?」
考え込んだ末のイルメラにあらぬ疑いをかけられたルーカスは慌てたようにズボンからシャツの裾を引っ張り出して、自分のお腹を確認した。
ちらっと見えたお腹は当然白い。
……少し白過ぎるんじゃないか?
お腹の黒い人とは勿論、意地が悪いという意味の方だ。
それを素直に取り過ぎて勘違いしてしまったイルメラと、真に受けて慌てるルーカス。
幼い二人のやり取りが微笑ましかった。
だから俺も混ぜておくれ?
後ろからそーっと忍び寄って一気にガバッと取り付く。
「わっ……」
突然視界の暗転したルーカスは驚いて絨毯の上で身を固くした。
彼の目元を俺の手が覆っている。
いわゆる、『だ~れだ?』をしたのだ。
本当はイルメラにしたかったんだけど、彼女は女の子だからな。
いきなり触れて嫌われたくは無い。
「真っ黒」
「これは真っ暗って言うんだよ」
「まっくら……?」
手を離して膝立ちで正面に回ると、ルーカスは菫色の瞳をぱちくりさせていた。
こうして見るとお伽噺に出てくるお姫様みたいだな、と思う。
エルフのお姫様とか……。
いや、うん、男なのはわかっているけれど。
「俺の手、黒い?」
「ううん、白い」
ハイタッチをする要領で手を広げて問えば、ルーカスは絨毯の上に座り込んだままフルフルと首を左右に振る。
「じゃあこれは?」
「んと……真っ暗?」
「そう、よく出来ましたっ」
再び目元を覆うとルーカスは覚えたての単語を迷いながら口にした。
指の隙間から、白い睫毛に縁取られた紫水晶アメジストが覗く。
目を合わせてニッと笑うと、ルーカスの頬の赤みが増したような気がした。
「夜になると何も見えなくなるだろう? あれと同じだよ」
「……おんなじ?」
ルーカスを立たせて上衣の乱れた裾をズボンの中に入れてやりながら説明をすると上から舌足らずな声が降ってくる。
どうにもピンと来ないらしい。
俺としてはけっこう分かりやすい例を出したつもりだったんだが、城住まいの都会っ子は暗闇とは無縁なのかもしれないな。
「……よし、出来た。昼も夜もそんなに変わらないか」
「うん。僕の部屋はいつも同じ。ここは……特にアルトの周りはピカピカだね」
「そうか?」
ルーカスの言葉に立ち上がって天井を見上げたが、他の場所と特に差は無い気がする。
「さてと、イルメラは?」
思いの外ルーカスと打ち解ける事が出来たと調子付いた俺は後ろを振り返った。
あわよくば、これを機にイルメラとも仲良くなれたら、と思って。
しかし、俺の期待は物の見事に崩れ去った。
「気易く話し掛けないでっ」
お尻の横で両足を綺麗に揃えて所謂お姉さん座りをしていたイルメラはツンとそっぽを向いたのだ。
……乙女心は複雑らしい。
「お兄様……?」
「すー……」
俺への当てつけのように自分の兄へ話し掛けたイルメラだったが此方もまともなやり取りは成立しなかった。
ディートリヒからの返事が無い。
ビシッと背筋を伸ばしている為判りにくいが、よくよく見ると彼は眠っていた。
自由人だと思う。
「ディートリヒくん? 眠くなるのは分かるわ。でもちょっとだけ頑張ってみて?」
「んっ……」
すかさず母上が声を掛けると小さく声を上げてディートリヒは目を覚ました。
……どうでもいいが、どうして彼の寝起きの声がそんなに悩ましげに聞こえるんでしょうね?
はっと元いた場所を振り返れば、いつも元気なレオンが必死に睡魔と戦っていた。
それもだいぶ劣勢のようだ。
「レオン、ヨダレが」
「余は寝てなどおらぬぞ……」
今にも落ちそうなとろんとした目付きをしながらも言い返してくる。
酔っ払いか、お前は。
『酔って無い』は酔っ払いの常套句だろう。
じゅるり、とナニかを啜る音がした。
僕は魔法になんて興味ありません、なディートリヒはともかく、興味津々のレオンすら眠気に襲われているのには理由わけがある。
二回目の今日、授業は『体内を廻る魔力を感じる』というお題目だった。
そこで母上は椅子で無く、足元に腰を下ろして行う事を提案した。
曰く、その方が落ち着くとか何とか。
前世で体育座りなるものをし慣れている俺にとっては、そのスタイルは馴染み深かった。
けれど他の子は難色を示すのではないか。
そう考えていたのだが、危惧していたのとは真逆の問題が発生してしまった。
リラックスし過ぎたのだ。
円を囲むようにして座った母上は、瞑想をするようにと仰せになられた。
どんな風にと問われた母上が『ぎゅっと目を瞑って心の目をカッと開いたら、ババンと見えてくる筈』と大真面目に答えていたのが衝撃的だった。
……全然解らない。
やたら擬音の多い説明はいわゆる感覚的指導というものなのだろう。
例の魔導書に書かれていた魔法は感覚的指導が主流というのは本当の事だったのか。
然りとて幼児相手に超理論的指導を繰り広げられてもあまり成果は得られないだろうから、どっちもどっちだろうと思う。
俺以外の子供達全員が首を捻りながらも、母上の言葉に従った。
しかしなかなか上手くいかないようで、すぐに眠くなってしまったというのが現状である。
子供の集中力とは儚いものなのだ。
「ここまでにしましょうか。今日も部屋の中に魔石を隠してあるから、見つけたら帰っていいわよ」
「魔石!」
あまり根を詰めても良く無いと判断した母上は、前回同様魔石で子供達の関心を引いた。
こういうところは上手いな、と思う。
実際にルーカスは喜色満面で立ち上がり、他の子も控えめではあるもののご機嫌だった。
このまま魔石探しを定番化するのも悪くないかもしれないな。
今日は一番乗りがルーカスとレオンでディートリヒ、イルメラと続いて発見し、俺は自慢してくるレオンの話を聞きながら最後に魔石が来い方式で無事クリアした。
*****
「アルト!」
母上と一緒に部屋を出た途端に誰かに呼び止められた。
声に振り向けば、廊下の先にレオンとマヤさんがいた。
「殿下、廊下は走ってはなりませんよ」
「この間、マヤも走っておったではないか」
「私のは早歩きですので」
雰囲気ブレーカーズ再結成だ、と脳内で叫んだ俺の期待を名コンビは裏切らない。
ダダダッと駆け寄ってきた王子を注意したところやり返された元・近衛騎士団長殿はいけしゃあしゃあと宣う。
コントだ。
「何でしょうか?」
「殿下がアルフレート様ともっとお話なさりたいそうですよ?」
このままコントを眺めていたいという気持ちを何とか抑え込みながら聞き返すと先に反応してきたのはマヤさんの方だった。
「ミルクでも飲まぬか? 特別に余が淹れてやらぬでも無いぞ?」
続いてレオン本人がモーションをかけてきた。
胸の前で合わせた手を捏ねくり回しながら。
普段は尊大な態度で押せ押せな雰囲気なのに、こういう時はちょっと奥手になる子なのか。
『ギャップ萌え』という誰かの台詞を頭の片隅で思い出す。
これは思わぬお誘いだった。
仕草ではまごつきながら、謳い文句は上から目線なのもそうだが、お誘いが来た事自体が想定外だ。
ファンタジック乙女ゲーム『運命の二人』における攻略キャラの好感度パラメーターは、グラフや絶対値で確認する事が出来ない。
しかし、その返答によって凡およその上がり具合を把握する事が出来る問い掛けがあった。
キャラごとに選べる問い掛けのバリエーションが一部異なり、それぞれサブイベントのフラグにもなっている。
乙女ゲームやノベルゲームというと、エンディングの分岐以外はメインストーリーがどうしても一本道化しやすいが、このシステムは好感度の確認ついでにプレイヤーの好きな順序でイベントを進める事が出来ると好評だった。
基本的にプレイヤー操るヒロインが誘い、攻略キャラがその誘いを受けるか断るか返事をする。
つまり、ヒロインがイベントフラグを立てて、攻略キャラが回収するか、へし折るか選ぶというパターンだが、稀に攻略キャラの方から誘ってくる事があった。
そのレアケースが現在進行形で発生している。
……ゲーム中の彼の台詞とはディテールが異なるが。
『余』ではなく『俺』且つ、ミルクが紅茶になっている。
それでも大事なのは俺がレオンからお茶に誘われているという事実だろう。
一定以上好感度を上げていてさえ、運要素が大きいと言われている。
推論の粋を出ないのは、好感度パラメーターが隠されているせいだ。
フルコンプリートした前世の母の苦労が偲ばれ……いや、執念が恐ろしい。
「……ダメなのか?」
レオンの頭に垂れ耳が見えたような気がした。
えーと、俺はどこをそんなに気に入られたのだろうか?
授業中に隣の席をキープしようとしてくる辺り、好感度が上昇しているのは間違いない。
いや、男女の馴れ初めに当て嵌めるのが間違っているのか?
……分からない。
「殿下は今はこんな調子ですが、先日からずっとアルフレート様のお話ばかりなさるんですよ」
「マヤ! それは言わぬ約束であろう!」
いつまでも答えない俺に業を煮やしたマヤさんが親切心を装って茶々を入れれば、レオンが約束違反だと騒ぐ。
いい趣味してるな、マヤさん。
可愛い子は弄り倒して遊ぶ嗜好のようだ。
先日のアレに関しては、懐かしさのあまり暴走してやり過ぎてしまったと後日正式に謝罪があった。
要するに、母上に対して悪感情があったわけではなく、むしろ逆で、久し振りに会った旧友相手に、再会の嬉しさのあまりついついプロレス技を仕掛ける男のノリみたいなものだ、と。
怒り狂って感情の制御が出来ず、魔力を暴発させかけた俺にも非はある。
それに当の母上が気にしていないようなので、アレに関してはこれ以上蒸し返さない。
この人はこういう人なのだと割り切る事にした。
えーっと、取り敢えず俺はこの誘いを受けるべきなのか、断るべきなのか。
どうにも決めかねて、レオンと母上の顔を交互に見遣る。
「せっかくのお誘いなんだから、アルちゃんが嫌じゃないならお呼ばれしてもいいんじゃないかしら?」
一歩引いた位置で黙って見守っていた人が口を割る。
先生から母親の顔に戻っていた。
「えーっと、ミルクじゃなくて紅茶を出してくれるなら?」
母上の言葉に背中を押されておずおずと答える。
紅茶を、と念押しするのを忘れなかった。
逆に言えば母上の了承を得た今、応じるのを躊躇する理由はそれくらいしか見当たらない。
「なんだ、アルトはミルクが苦手なのか?」
パッと照明が灯ったようにレオンの顔が明るくなり、的外れな事を問われる。
「好き嫌いは良くないぞ。大きくなれぬからな」
苦手とか好き嫌いだとか、そういう問題じゃないと思う。
小さな身体でふんぞり返っていつもの調子で言葉を重ねるレオンを見て、微笑ましいと思う反面、何とは無しに溜め息が零れ落ちるのだった。
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