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第10章
第66話 うさぎさん
しおりを挟む「それでどうするのだ?」
短気なレオンが結論を急ぐように俺に訊ねる。
それに従うように全員の視線が俺に集まった。
「えっと、俺が決めていいの?」
「いいんじゃないかな?」
「イルメラちゃんを助けてあげて、アルトくん」
「うむ、余が許可する」
確認する俺に、皆が思い思いの言葉で是と答える。
最後に母上に視線を向けると静かに、だけどしっかりと頷きを返してくれた。
責任重大だ。
だけど寄せられる期待はそれだけ皆から信頼されているという事でもある。
「そうだな。あんまり大事にするのも良くないから、皆でイルメラちゃんのところに押し掛けるんじゃなくて少人数の方がいいかな。ディーと俺と……。後は何かあった時の為に母上にお願いしてもいいかな?」
「ええ、勿論よ。イルメラちゃんも私の大事な生徒なんですからね」
「アルト、先生。イルメラを宜しくお願い致します」
いつもはしまりのない雰囲気のディーが顔を引き締め、真摯に頭を下げる。
改まった口調の彼の表情はこれまで一度も見た事の無いものだった。
それでとりあえずの話は纏まった。
選外となったレオンとルーカスに、逐一状況を報告する事を約束させられ、その場でのこの話はお終いとなる。
その日から俺のクラウゼヴィッツ家通いが始まった。
本来こういうのは各家庭の問題で、他家の人間が口を挟むべきではない。
だからこそ堂々と正面から乗り込んでくる俺と母上に対して、クラウゼヴィッツ家の使用人さんたちは当初困惑した様子だったものの、俺たちを歓迎するディーの姿を見て彼らは口を噤んでいた。
ディーの案内で俺と母上はイルメラの部屋の前にやってきた。
右手で四度、ゆっくりとドアを叩く。
レディーの部屋にお邪魔する時はノックするのが常識だからな。
ちなみに二回はこの世界でも『トイレ入っていますか?』の意味なので、このシチュエーションには不適格だ。
「誰?」
木目と淡紅褐色の美しいマホガニー心材製を用いた大きな扉越しに、少しくぐもった声が誰何した。
「俺だよ、アルト」
「帰って!」
そう叫ぶ声は意外にも近い。
ドア板を挟んですぐ向こう側にいるのだろう。
「ここ、開けてくれないかな?」
「帰ってって言ったのが聞こえないの!?」
「聞こえてるけど、俺はイルメラちゃんに会いたいから」
「くだらない事を言っていないで、早く帰って!」
そんなやりとりを堂々巡りで何度も繰り返した。
俺もしつこいとは思うけれど、イルメラだって頑固だ。
俺と彼女を隔てるこのドアはさながら天の岩戸だった。
立て籠もるイルメラと説得を続ける俺。
今日も駄目だったと落ち込みつつも諦めず、百夜通いもかくやという意気込みで連日通い詰める。
最初の数日はヒステリーの波がピークに達する頻度が高く、時折ドアの僅かな隙間から漂う焦げ臭さを感じ取っては、俺の水魔法で火消しをおこなった。
けれどその頻度も日を追うごとに低くなった。
騒ぐだけ騒いで、泣き喚くだけ喚いてすっきりしたのだろう。
それでも出てこないのは多分、あれだけ大騒ぎをした手前、プライドが邪魔をして出にくいからだ。
「今日も可愛い顔を見せてくれないの?」
「何故貴方に見せなくてはならないの?」
刺々しさの中に痛々しさが垣間見えたイルメラの返答は次第にいつもの調子を取り戻していた。
つんとすました顔が目に見えるようだ。
「ご飯はちゃんと食べてる?」
「乙女の食事は殿方と違ってほんの僅かでいいのよ」
「食事は抜いたら駄目だよ。まだ子供なんだから」
「でも運動不足の上にそれでは……」
「美味しそうに食べてるイルメラちゃんが好きだな」
「なっ……破廉恥ですわ!」
これでは俺がまるでイルメラを口説いているようだなんて自分でも思うけれど、まあそちら方面での成果はあまり期待していない。
とりあえず、出てきてくれなくても話し相手になれればと思った。
引っ込みがつかなくなって閉じ籠もっていると、次第にコミュニケーションに飢えてくる。
だけどイルメラは素直じゃないから、せっかく話し掛けてくれた人も追い払ってしまうのだ。
だから俺一人くらい、しつこい方が丁度いいのかもしれない。
目に見えて元気を取り戻しつつあるイルメラの様子に、俺に任せて大丈夫だと判断したのか、このところの母上とディーは俺だけを置いて別室に移動するようになった。
「ねえ、イルメラちゃん? まだ外に出ないの?」
「しつこい殿方は嫌われますわよ」
これは毎日、帰る前のお約束の質問だった。
返される言葉もいつものものだ。
さて、この頑固なお姫様をどうしたものか?
ガードの堅さは難攻不落の要塞そのものだ。
力ずくで無理やり引きずり出す事も不可能では無い。
魔法を使って抵抗をされても俺が得意なのは光・闇・水系統だから、彼女の操る闇と火を打ち消すなど容易い事だった。
だけどそうしないのは、それが方法として誤っていると思うからだ。
それでは何の解決にもならない。
兄妹で仲が良いのは良い事だと思う。
だけどこの先ずっと二人が一緒にいるのは無理な話だ。
それに自分で目隠しをしたままの世界で、たった一つのものに縋るだけなんて悲しい。
それが彼女が魔王化する原因なら、変えなくちゃ駄目だ。
世界の為にも、俺の為にも。
そしてイルメラ自身の為にも。
「外はね、今雪が降っているんだよ。見たくない?」
「雪くらい、私だって見た事がありますわ」
「でも、今日の雪は今日を生きる人にしか見えないんだよ?」
「そんなの当たり前ですわ」
「来年雪が見れないからって、せっかく見る事が出来る今年の雪も見ないの?」
ディーが学園に入学したからといって、この先イルメラと全く会えなくなる訳ではない。
その翌年にはイルメラも俺もきっと同じ学園へ入学するのだから、きっと何度も顔を合わせる事だろう。
だけど今のディーと会えるのは、今の俺たちだけだ。
先を憂えて今を泣いて過ごすのは絶対に違う。
好きな子には今日も明日も明後日も、その先もずっと笑っていてほしい。
願わくば俺の隣で。
「わぁ……」
暇乞いを告げ、母上と一緒に外に出ると一面銀世界が広がっていた。
二の郭に位置するクラウゼヴィッツ家別邸の周辺は、高位貴族とその関係者しか立ち入れない事もあってか人通りが少ない。
積もった雪は汚される事無く輝いていた。
北領に雪が積もるのは珍しくも何とも無かったが城の周辺、中央区では滅多に無い事だ。
白亜の城に降り注ぐ雪がひどく現実離れしたもののように見える。
「母上?」
「ええ、少しだけよ?」
寒さに身を竦める事すら忘れ、子供心を擽られた俺が黄金の目をキラキラと輝かせながら呼ぶと、母上はたおやかな微笑みを浮かべながら許してくれた。
さっと駆け出して白銀の絨毯に小さな足跡を数歩刻み、しゃがみ込む。
ふわっとしたそれを両手で掬うように取ると、冷たい。
紛れもなく、天然の雪だ。
子供特有の高い体温を宿した手の中でみるみるうちに小さくなり、消えていく雪を見つめながら、そういえば魔法で作り出した氷は不思議と冷たくなかったな、なんてぼんやり思い出した瞬間に閃いた。
時間的に雪だるまは難しいだろう。
ならばと考えて、再度雪を掬ってぎゅっと力を入れて半球型に固めていく。
落ちていた木の葉と赤い木の実で耳と目を作れば完成だ。
「……アルト?」
「これ、イルメラちゃんに」
帰った筈の俺がすぐに舞い戻って来たのを見て、怪訝な顔つきをするディーに手の中のものを示す。
「ディートリヒ様!? お待ち下さいませ!」
すると彼は何を思ったのか、屋敷の者がそのままでは寒いからと止めるのも聞かずに外へ飛び出した。
普段は緩慢な動きの彼の素早い行動に呆気に取られながら俺も外へととって返すと、ディーは服が汚れるのも構わずに地に膝を突き、背中を丸めて一心に雪を丸めていた。
「一匹では寂しいだろう」
そう言ってディーが差し出したのは、少し歪な形をした雪うさぎだった。
*****
「っくしゅん!」
「あらあら、これは風邪ね。熱も少しあるようだわ」
大きな音を立ててくしゃみをした俺の額にこつんと自分の額を合わせた母上が言う。
「寒い中、雪などに気を取られて戻ってきて下さらなかったからですわ」
「ごめんなさい」
お帰りを心待ちにしておりましたのにと、どこか拗ねたような口調で耳に痛い事を言いながら氷嚢を差し出すカーヤさんに謝った。
叱られてしまった。
だけど、後悔はしていない。
「母上?」
「今日はお出掛けはダメよ。お家でゆっくり寝ていましょうね」
皆まで言うまでも無く、俺の提案は却下される。
ううっ、イルメラのところに行こうと思ったのに。
夏にようやくルルの姿を捕捉したと思ったら、客引き勝負の翌日にはルルが失踪してしまい、今は今でイルメラとディーがぎくしゃくしてしまって、挙げ句の果てに俺は風邪を引いてしまった。
いまいち、前進しているのかどうなのかよくわからない。
「熱があるから気が滅入っているだけよ。風邪が治れば、また前向きになれるわ」
「いいですか、アルト様。今日一日は……いいえ、風邪が治るまではおとなしく寝ていて下さいね」
ベッドに身体を預けたまま俺が落ち込んでいるのを敏感に感じ取った母上が励ましてくれる。
それに続くようにしてカーヤさんが俺に絶対安静を言い渡した。
あの二匹の雪うさぎが部屋の前で仲良く並んでいるのを見たイルメラが、どんな反応を示したのか今すぐにでも確かめたいというのに、これは生殺しだ。
いや、それ以前にあれが溶けきる前に見てくれたのかどうかも気になる。
結局、その後熱が上がった俺は三日ほど寝込んでしまった。
――ようやく全快し、城へ顔を出したその日。
「今日は遅いのね」
「……えっ?」
幻かと思った。
教室として使っているいつもの部屋に、イルメラがいる。
モコモコと暖かそうな生地で出来た、真っ赤な洋服に身を纏った彼女は装いもばっちりだ。
黒く長い髪が、つやつやと健康的な輝きを放っている。
「貴方がどうしても私に会いたいと言うものだから私、仕方なく出てきて差し上げたのよ。なのに貴方ったら、風邪で休んでいるんだもの」
元気になった彼女の台詞は以前と変わらず高飛車なものだったけれど、そんな事は気にならなかった。
「私の許可無く休んじゃダメよ。……って、貴方聞いているの?」
「うん、ありがとう」
「おかしな人!」
嵐の後には晴れ間が広がる。
その日一日中、俺の頬は弛みっぱなしだった。
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