あなたにたりないもの

コーヤダーイ

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 きゅきゅっと鼻を鳴らして、ビクがアルノーの肩から顔を覗かせた。
「わぁっ、かわいい!」
 サキが顔をほころばせて、ビクを愛でた。

 きゅいきゅいと鳴くビクは、ピョンと飛んでサキの手のひらに乗り、指先で撫でられてご機嫌である。
 皆に愛でられて、満足そうに鼻を鳴らすビクを見ながら、アルノーは口元を手で隠しそっとあくびをかみ殺した。

「お話はまた後でゆっくり聞かせてもらいましょう」
 アルノーに気づいたスルールが言えば、サキがそうだった、二人は疲れているよねと謝った。



 案内された客間は、シンプルだがとても居心地のよい部屋で、教えられた浴室の使い方に驚きながらも、アルノーは旅の汚れを落とした。

 用意してくれた部屋着に袖を通して、バルドゥイーンが浴室に入ったのを待つうちに、部屋のソファーで寝てしまったらしい。
 気づけばベッドに横になっていて、隣にはバルドゥイーン。
 二人の顔の真ん中に、ビクが丸くなって寝息を立てていた。

 アルノーが起きると、大抵バルドゥイーンもすぐ目を覚ますから、こんな風に寝顔を見る機会はあまりない。
 普段は精悍なイメージのバルドゥイーンだが、こうやってじっくり眺めると、ずいぶん幼い顔をしている気がする。

(バルドゥイーンって、いくつなんだろう)

 たくさんの事を話し合って、獣人と人間との違いに驚くことも多いけれど、そもそもアルノーは犬の獣人で合っているのだろうか。
 お互いの当たり前と思っている常識が、まったく違ったりするのだ。
 一度きちんと確かめた方がいいだろう。

(バルドゥイーンの種族と、年齢をあとで聞くこと……)

 起きたら聞こう、とアルノーはもう一度目を閉じた。
 寝返りをうったバルドゥイーンが、寝ぼけているのかアルノーに腕を回し、ぐいと引き寄せて腕の中に抱き寄せた。
 ちょっとお腹が空いたな、と思いつつアルノーはバルドゥイーンの身体の暖かさに包まれて、すぅっと眠りに落ちていった。
 一度は起こされたビクも、二人の頭の上の方でもう一度丸くなり、すぐに寝息を立て始めていた。



 トントン、と軽いノックの音が聞こえて意識が浮上した。
 お客さんかな、と思って目が覚める。
 はーい、と返事をし、目をこすりながら起きようとして、ここが家ではなかったことに気づく。

「失礼いたします、バルドゥイーン様、アルノー様。よろしければご夕食をいかがでしょうか」
「……あっ、す、すぐ行きますっ。ありがとうございます」
「着替えの必要はございませんので、そのままいらしてくださいませ」
 扉の向こうで声を掛けてくれたのは、この部屋へ案内してくれた男性だろう。

 アルノーは深く眠っているらしいバルドゥイーンを揺すって起こし、はねた髪を姿見でサッと撫でつけると、バルドゥイーンと一緒に部屋を出た。

 案内の男性は夕食をとる部屋の扉の前で控えてくれていた。
 こちらです、と開けてくれた扉を入れば、先ほど挨拶をした人々が和やかに席についていた。

 アルノーたちが待たせた詫びの言葉を言う前に、サキが疲れは少しとれた? と柔らかく聞いてきた。
「はい、おかげさまで」
 アルノーの横に座ったバルドゥイーンは、くわぁ、と大きなあくびをしている。

 そういえば、バルドゥイーンが熟睡しているを見たのは、初めてである。
 アルノーの家でもそうだし、旅の間はやはり何かしらの緊張を強いられるものなのだろう。
 アルノーは改めて、この家に招待してくれたサキたちに感謝のことばを述べたのだった。

 夕食を終え、部屋を変えて食後のお茶を飲みながら、様々なことを話し聞いた。
 アルノーにとっては、一生分の勉強を急激に吸収しているような心地である。
 アルノーの職業が薬師である、と聞いたサキは楽しそうに目を輝かせて、アルノーの話を聞きたがった。
 サキは薬草にも精通しており、アルノーの目の前に次々と生きた薬草を取り出しては、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。

 翌日、薬草を採りに森へと行く約束をすると、サキはムスタに促されて部屋を出ていった。
 部屋に残っているのは、アルノーとバルドゥイーン、そしてスルールだけである。

 お疲れではありませんか? と柔らかな微笑みで尋ねてくるスルールに、先ほど部屋で少し眠りましたので、と返事を返すとスルールは頷いた。

「明日薬草を摘みに行くのでしたら、これを」
 スルールもサキのように、魔法を使えるのだろう、空間から取り出したブレスレットや指輪を数個、茶器のテーブルに乗せた。
「どれも同じ性能を持つ魔導具です、お好きなものをお二人でどうぞ」

 魔導具と言われなければ、高価な宝飾品にしか見えないそれらを手に取って、アルノーはしげしげと眺めた。
「私には魔力がないのですが、使えるのでしょうか?」
「えぇ、使えますよ。魔石を媒体にしているので誰でも使えるのです」
「この綺麗な宝石が、魔石? この大きさでは一度の使い切りなのですか?」

 ふふふ、と笑ってスルールが説明をしてくれた。
 魔石の魔力を空にして、凝縮した新たな魔力を込めることができるのだと。
 そうすることで、見た目では想像もできないほどの膨大な魔力を、小さな魔石一つに込められる方法があるのだと。
「そんなことが……できるんですね」

 驚くアルノーを見て、ふふ、とスルールはイタズラが成功した子どものような顔で笑う。
「それから、アルノー。あなた魔力がないわけでは、ありませんよ」
「……えっ?」
「制御できていないだけで、多い魔力とは言えませんが」
「……魔力が、わかるんですか」
「えぇ、視えるんです」

 訓練すれば多少の魔法を使えるだろう、と言われて喜ばない人間がいるだろうか。
 ちょっと試してみましょうか、と提案されてアルノーは即座に頷いた。
 向かい合ったスルールの両手の上に、アルノーは言われた通り自分の両手を乗せた。

「魔力の循環をさせます、何か感じたら教えてください」
「はい、お願いします」
 合わせた左手の指先から、何か押し込まれるような感覚があった。
「……ン」

 アルノーの口から、一言漏れただけだった。
 素早く立ち上がったバルドゥイーンが、アルノーとスルールの手を払うように邪魔をした。
 横からアルノーを抱き込んで、スルールに威嚇する。

「スルール、言ったはずだ」
 アルノーの尻尾が膨らみ逆立っている。
「へぇ、バルも大人になったねぇ」
 スルールの尻尾が、一度だけユラリと揺れる。
「僕に勝つ気?」
「知らねえよ、俺は守るだけだ」

 バルドゥイーンの言葉を聞いて、スルールの表情が柔らかくなった。
 一瞬ふっと口許だけで笑い、張り詰めていた空気は消えてなくなる。
「ごめん、アルノーはバルの大事な人なのに、配慮が足りなかったね」

 スルールは積み上がった魔導具の中から、少し考えて二つの指輪を取った。
 一つをバルドゥイーンに、一つをアルノーに渡して、使い方を説明する。
 明日は楽しんで、と挨拶を残してスルールは部屋を出て行った。

 互いの手に指輪を持ったまま、与えられた部屋に戻ったバルドゥイーンとアルノーは、ベッドの端に腰掛けた。
 手の中で指輪を転がしていたアルノーは、あっと声を上げた。

「バル、この指輪の魔石、見て」
 視線を上げたバルドゥイーンの顔の横に、指輪の魔石を並べて、アルノーは嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり。……この魔石、バルの瞳と同じ色してる」

 言われて自分の手にある指輪を確認したバルドゥイーンは、その魔石の色がアルノーの瞳と同じことに気づいた。
 嬉しいが、気にくわない。
 アルノーが身につけるものは、できれば自分が用意したものを、やりたかったのだ。

 バルの瞳と同じ色だなんて、嬉しい。
 そう言って顔をほころばせるアルノーを見ているうちに、バルドゥイーンも嫉妬していたことなど、気にならなくなっていった。
 息を吐いて肩から力を抜けば、アルノーの膝に乗っていたビクが、きゅいっと鳴いてバルドゥイーンの肩に飛び乗った。

 互いの瞳の色をそなえた揃いの指輪をはめて、アルノーは満足そうなため息をついて、ベッドへ横になった。
 ビクがすかさず、アルノーの顔の横へと飛び、丸くなる。
「旅っていいものだねぇ、バル」
「旅は……楽しいか?」

 自分の生まれ育った場所を出たこともないアルノーを、旅に連れ出したのはバルドゥイーンだ。
 アルノーが危険に巻き込まれないよう、常に細心の注意をはらってきた。
 安全を優先することで、アルノーには窮屈な思いをさせていたかもしれない、という自覚がバルドゥイーンにはあった。

「とっても楽しい。知らない場所、見たこともない食べ物。いつも刺激があって、だけど……」
 今は別の刺激が欲しい、とアルノーがバルドゥイーンの頬に手を伸ばした。
 一瞬で変わった空気に、バルドゥイーンの全身がぶるりと期待に震える。

「明日、薬草を摘みに行くんだろう?」
 キスの合間に尋ねれば、甘くねだるようにアルノーが答えた。
「ん……、だから……少しだけ……」
「……少しだけか」
「バルと……気持ちいいこと、したい……」
 閉じていた瞳を薄くひらいた、アルノーのグレーの瞳を見て、バルドゥイーンはマズいと思う。
 このまま身体を重ねたら、今夜は少しだけで、止められそうもない。

 自分の快楽を追うことは諦めて、アルノーが一度達したら、今夜はもう休もう。
 健気にもそう決めたバルドゥイーンは、アルノーの脇腹を優しく唇でたどっていった。
「……バル、……バルッ……」
 アルノーがひそめた声で上げる甘い響きを、背中に押し付けた耳で感じ取る。

 自分の身体の前に、アルノーを抱き込むようにして、バルはアルノーを愛撫していた。
「……もっ、……イってしまう、からっ」
「アル、アルノー……俺の手でされるの、気持ちいい?」
「うん、うん……気持ち、いい……ぁっ」
 しごく手を早めてやれば、アルノーはあっという間に達していた。
 背中から伝わってくる鼓動の早さに、バルドゥイーンもたまらず閉じたアルノーの足の間に、自らの勃起したものを差し込んでいた。
 アルノーの腰を押さえて、そのまま腰を打ち付ければ、溜まっていたソレはアルノーの足の間で、すぐに解放された。

 白濁で汚れていない方の手でアルノーをなだめ、一度ではおさまらない自分を、どうにかおさめる。
 濡らした布で汚れを清めるうちに、アルノーはすぅっと寝入ってしまった。
 やはり旅疲れであろう、今夜は無理をさせずによかった、とバルドゥイーンは安堵した。



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