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知らない場所のはずなのに
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知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。
俺の暮らす村から荷物と一緒に荷馬車で揺られて一週間かかる町だ、こんな都会に出てくることさえ初めてなんだから、気のせいだろうと首を振って荷物を抱え直し、歩き出した。
きっとプブリオから町での仕事について聞いたときに、自分で想像してさも知っているかのように感じただけだろう。
プブリオというのは、本当は今この町にいて仕事をしているはずの男だ。
年に一度の町での祭りへ出店するはずだったのに、山で家畜を追っていて足をケガしてしまったのだ。
村からの移動は野宿もあるし、店番やら荷物の積み卸しやら、けっこうな力仕事ばかりだからプブリオの奥さんじゃ無理な話だ。
結局村ですぐに動ける独り者の男のうち、俺に白羽の矢が立った。プブリオの家族にはいつも良くしてもらってるから、代わりに店を任されることは迷惑じゃない。
そう、同行人がこの男じゃなければ。
「ラウル、大丈夫か? すまん、荷物が重すぎたかな」
「いや、これくらい問題ない。サビーノ」
俺の倍の荷物を肩に担いで前を歩くサビーノは、村でも身体の大きい男で、サビーノより大きな男はサビーノの父親と兄貴しかいない。
一方の俺は、背はそこそこあるし一日の半分は山の中で過ごしているから、筋肉だってついている。
だけどこの顔が村の女よりも女っぽい、ってだけでサビーノはいつも俺をケガでもした余所者みたいに扱う。
確かに俺は姉さんに連れられて村へ居着いた余所者だ。
けどそれは10年以上も昔の話で、今じゃ姉さんは村の男と一緒になって子供もいるし、俺だって成人した村の男として、いっぱしの働きはしているはずだ。
(いっそ俺が女だったらな)
夏の短い寒さの厳しい村には女が少ないから、結婚したくてもできない男が余っている。
遠くの町や村で女を見つけても、俺たちの暮らすような田舎の村へ来てくれる未婚の女は、ごく限られていた。
俺は小さかったからあまり覚えていないが、夏に村を訪れた姉弟を、村人は歓迎してくれた。
特に姉さんはすぐに求婚されてそれに応じたから、俺たち姉弟は村に受け入れられた。
姉さんと似た顔をした俺は、よくお前が女だったらなと言われて育った。
(だけど、俺は女じゃないんだし)
抱え直した荷物がずり落ちそうになり、慌てて片足で荷物を支えようとして、バランスを崩した。
麻袋に入れてあるが、地面に落とせば中身も形が崩れたり、土がつくかもしれない。
荷物は祭りの出店とは別に、契約している店に卸すための商品が入っている。俺は両膝をついて荷物を支え、結局荷物の重さにそのまま前に倒れかけた。
「おっと危ない」
俺の襟元をぐっと掴んで、倒れるのを防いでくれた人がいた。
「ありがとう」
礼を言って、立ち上がった俺はそのまま固まった。
姉さんとよく似た顔の男が、そこにはいた。
向こうも驚いているんだろう、男が何か言う前に俺は荷物を抱え直して、サビーノの人混みから一つ飛び出た頭を探すと、そちらへ急いだ。
荷馬車を停めてから、契約している店まではけっこうな距離があった。
俺は初めての町に、祭りのために増えた人混みで、荷物を下ろすころにはすっかり人酔いしてしまった。
サビーノに半ばかつがれるようにして荷馬車まで戻り、革袋の水を木のカップに入れて手渡されると、俺は一気に飲み干した。ぬるい水が喉を落ちていき、ようやく息をつく。
「気分はどうだ、ラウル?」
「大丈夫だ。人が多くて驚いただけだから」
「今夜は宿に泊まるか?」
「まさか。そんな余分な金はない」
明日から始まる祭りは、一週間ほど続くのだ。
プブリオから聞いた話によると、祭りの初日から2、3日で出店は終了し、あとは売り上げの金で村の頼まれ物を購入して、荷馬車に積んで帰る予定だ。
村から持ってきた商品だって、目新しい物はない。家畜の毛で編んだ敷物だとか、家畜の乳で作るチーズ、乾燥させた獣肉、木彫りの食器、乾燥させた薬草が何種類か。
全部売れたとしても、宿に泊まるような余裕はないはずだ。
「サビーノ、今まで通り荷馬車で大丈夫だ」
この町に着くまでの一週間だって、サビーノと二人きり、夜は荷馬車で寝て旅をしてきた。
今夜はいくつか荷物を店に卸したから、今までより楽に横になれるはずだ。
ふと思いついて俺はサビーノに言っておく、俺だって野暮な男じゃない。
「気に入った女がいたら、サビーノは宿に泊まっていいからな」
「んん~~~っ」
ガシガシと頭をかき回して、サビーノが赤い顔で俺を睨んだ。
「もし俺がいなかったら、ラウルはどうする気だ」
「俺? 俺は荷馬車で寝るから」
俺のことは気にするな、と言おうとして、サビーノに荷馬車の奥まで押し込まれた。
腕一本で肩を押さえつけられ、口を塞がれて、俺はそれだけで身動きができない。
「ここは平和な村じゃない。祭りの間は特に盗人も出るし、危険だ」
俺は口をきけないから、黙ったまま首を振った。
「ラウルなんて、一瞬で盗人にやられちまうだろう。俺がいなくて、どうする気だ」
サビーノの言うことは、もっともだった。俺たちには荷馬車と荷物を守る義務がある。
俺はいつのまにか知らない町で浮かれていたのか。
サビーノにもいい嫁がくればいいと思ったのだが、夜に荷馬車の番をするには、自分一人では心もとない気がしてきた。
「ごめんサビーノ。やっぱり夜は荷馬車で一緒に寝てくれるか?」
ふぅ、と大きく息を吐いて、サビーノが当たり前だろう、と言って拘束を外した。
祭りは明日からだが、すでに屋台がひしめきあい、美味しそうな肉の焼ける匂いがしていた。
俺たちは贅沢をするわけにいかないから、村から持ってきた乾燥肉と野菜を刻んで乾燥させたものを、水と一緒に鍋に入れて火に掛けた。
日持ちするパンは今日までの分を用意してあったから、硬くなったパンをサビーノにちぎってもらい、鍋に入れてしまった。
漂ってくる肉の焼ける匂いをおかずに、とろみのついたスープで空腹を満たして、俺たちは明かりすらもったいないから寝てしまおう、と荷馬車に乗った。
幌つきの荷馬車は、後ろの布をきっちりしめれば、それだけでかなり暖かくなる。
もうすぐ夏がくるとはいえ、夜は霜が降りるほど冷える。
これまでの一週間がそうだったように、荷馬車のなかで古毛布を敷き横になった俺を毛布でくるみ、さらに包み込むみたいにぴったりと身体を合わせてサビーノが横たわる。
サビーノの体温と、サビーノの毛布も半分は俺に掛かっているから、非常に暖かい。
野宿した初日は後ろから抱きしめられて、さすがにびっくりして叫んだ俺だったが、凍え死ぬのとどっちがいいんだと言われれば、納得するしかなかった。
実際明け方に毛布から出ていた頭が寒くてもぞもぞしていたら、サビーノが黙って俺の頭の上まで毛布を引き上げてくれた。
それ以来ずっと身体を寄せ合って寝ているし、朝にはなぜか俺はサビーノの胸に抱き込まれるようにして寝ていた。
これも暖かいから仕方ない、凍え死ぬよりはマシだ。
「おやすみ、サビーノ」
と言えばいつものように、おやすみラウルと低い声が俺のつむじのあたりで響いた。
俺の暮らす村から荷物と一緒に荷馬車で揺られて一週間かかる町だ、こんな都会に出てくることさえ初めてなんだから、気のせいだろうと首を振って荷物を抱え直し、歩き出した。
きっとプブリオから町での仕事について聞いたときに、自分で想像してさも知っているかのように感じただけだろう。
プブリオというのは、本当は今この町にいて仕事をしているはずの男だ。
年に一度の町での祭りへ出店するはずだったのに、山で家畜を追っていて足をケガしてしまったのだ。
村からの移動は野宿もあるし、店番やら荷物の積み卸しやら、けっこうな力仕事ばかりだからプブリオの奥さんじゃ無理な話だ。
結局村ですぐに動ける独り者の男のうち、俺に白羽の矢が立った。プブリオの家族にはいつも良くしてもらってるから、代わりに店を任されることは迷惑じゃない。
そう、同行人がこの男じゃなければ。
「ラウル、大丈夫か? すまん、荷物が重すぎたかな」
「いや、これくらい問題ない。サビーノ」
俺の倍の荷物を肩に担いで前を歩くサビーノは、村でも身体の大きい男で、サビーノより大きな男はサビーノの父親と兄貴しかいない。
一方の俺は、背はそこそこあるし一日の半分は山の中で過ごしているから、筋肉だってついている。
だけどこの顔が村の女よりも女っぽい、ってだけでサビーノはいつも俺をケガでもした余所者みたいに扱う。
確かに俺は姉さんに連れられて村へ居着いた余所者だ。
けどそれは10年以上も昔の話で、今じゃ姉さんは村の男と一緒になって子供もいるし、俺だって成人した村の男として、いっぱしの働きはしているはずだ。
(いっそ俺が女だったらな)
夏の短い寒さの厳しい村には女が少ないから、結婚したくてもできない男が余っている。
遠くの町や村で女を見つけても、俺たちの暮らすような田舎の村へ来てくれる未婚の女は、ごく限られていた。
俺は小さかったからあまり覚えていないが、夏に村を訪れた姉弟を、村人は歓迎してくれた。
特に姉さんはすぐに求婚されてそれに応じたから、俺たち姉弟は村に受け入れられた。
姉さんと似た顔をした俺は、よくお前が女だったらなと言われて育った。
(だけど、俺は女じゃないんだし)
抱え直した荷物がずり落ちそうになり、慌てて片足で荷物を支えようとして、バランスを崩した。
麻袋に入れてあるが、地面に落とせば中身も形が崩れたり、土がつくかもしれない。
荷物は祭りの出店とは別に、契約している店に卸すための商品が入っている。俺は両膝をついて荷物を支え、結局荷物の重さにそのまま前に倒れかけた。
「おっと危ない」
俺の襟元をぐっと掴んで、倒れるのを防いでくれた人がいた。
「ありがとう」
礼を言って、立ち上がった俺はそのまま固まった。
姉さんとよく似た顔の男が、そこにはいた。
向こうも驚いているんだろう、男が何か言う前に俺は荷物を抱え直して、サビーノの人混みから一つ飛び出た頭を探すと、そちらへ急いだ。
荷馬車を停めてから、契約している店まではけっこうな距離があった。
俺は初めての町に、祭りのために増えた人混みで、荷物を下ろすころにはすっかり人酔いしてしまった。
サビーノに半ばかつがれるようにして荷馬車まで戻り、革袋の水を木のカップに入れて手渡されると、俺は一気に飲み干した。ぬるい水が喉を落ちていき、ようやく息をつく。
「気分はどうだ、ラウル?」
「大丈夫だ。人が多くて驚いただけだから」
「今夜は宿に泊まるか?」
「まさか。そんな余分な金はない」
明日から始まる祭りは、一週間ほど続くのだ。
プブリオから聞いた話によると、祭りの初日から2、3日で出店は終了し、あとは売り上げの金で村の頼まれ物を購入して、荷馬車に積んで帰る予定だ。
村から持ってきた商品だって、目新しい物はない。家畜の毛で編んだ敷物だとか、家畜の乳で作るチーズ、乾燥させた獣肉、木彫りの食器、乾燥させた薬草が何種類か。
全部売れたとしても、宿に泊まるような余裕はないはずだ。
「サビーノ、今まで通り荷馬車で大丈夫だ」
この町に着くまでの一週間だって、サビーノと二人きり、夜は荷馬車で寝て旅をしてきた。
今夜はいくつか荷物を店に卸したから、今までより楽に横になれるはずだ。
ふと思いついて俺はサビーノに言っておく、俺だって野暮な男じゃない。
「気に入った女がいたら、サビーノは宿に泊まっていいからな」
「んん~~~っ」
ガシガシと頭をかき回して、サビーノが赤い顔で俺を睨んだ。
「もし俺がいなかったら、ラウルはどうする気だ」
「俺? 俺は荷馬車で寝るから」
俺のことは気にするな、と言おうとして、サビーノに荷馬車の奥まで押し込まれた。
腕一本で肩を押さえつけられ、口を塞がれて、俺はそれだけで身動きができない。
「ここは平和な村じゃない。祭りの間は特に盗人も出るし、危険だ」
俺は口をきけないから、黙ったまま首を振った。
「ラウルなんて、一瞬で盗人にやられちまうだろう。俺がいなくて、どうする気だ」
サビーノの言うことは、もっともだった。俺たちには荷馬車と荷物を守る義務がある。
俺はいつのまにか知らない町で浮かれていたのか。
サビーノにもいい嫁がくればいいと思ったのだが、夜に荷馬車の番をするには、自分一人では心もとない気がしてきた。
「ごめんサビーノ。やっぱり夜は荷馬車で一緒に寝てくれるか?」
ふぅ、と大きく息を吐いて、サビーノが当たり前だろう、と言って拘束を外した。
祭りは明日からだが、すでに屋台がひしめきあい、美味しそうな肉の焼ける匂いがしていた。
俺たちは贅沢をするわけにいかないから、村から持ってきた乾燥肉と野菜を刻んで乾燥させたものを、水と一緒に鍋に入れて火に掛けた。
日持ちするパンは今日までの分を用意してあったから、硬くなったパンをサビーノにちぎってもらい、鍋に入れてしまった。
漂ってくる肉の焼ける匂いをおかずに、とろみのついたスープで空腹を満たして、俺たちは明かりすらもったいないから寝てしまおう、と荷馬車に乗った。
幌つきの荷馬車は、後ろの布をきっちりしめれば、それだけでかなり暖かくなる。
もうすぐ夏がくるとはいえ、夜は霜が降りるほど冷える。
これまでの一週間がそうだったように、荷馬車のなかで古毛布を敷き横になった俺を毛布でくるみ、さらに包み込むみたいにぴったりと身体を合わせてサビーノが横たわる。
サビーノの体温と、サビーノの毛布も半分は俺に掛かっているから、非常に暖かい。
野宿した初日は後ろから抱きしめられて、さすがにびっくりして叫んだ俺だったが、凍え死ぬのとどっちがいいんだと言われれば、納得するしかなかった。
実際明け方に毛布から出ていた頭が寒くてもぞもぞしていたら、サビーノが黙って俺の頭の上まで毛布を引き上げてくれた。
それ以来ずっと身体を寄せ合って寝ているし、朝にはなぜか俺はサビーノの胸に抱き込まれるようにして寝ていた。
これも暖かいから仕方ない、凍え死ぬよりはマシだ。
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