もう随分昔の話

コーヤダーイ

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宿泊客には朝食がつく

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 宿泊客には朝食がつくのだと言って、サビーノが支度を終えた俺の手を引いて、階段を降りた。



 部屋を開けるための鍵、というやつにくっついている、木札に彫られた花模様と同じ花模様を描いてあるテーブルに座るのが、規則らしい。

 サビーノと俺が椅子に腰掛けると、俺たちより上等な服を着た人が、絵を描いてある皿に食べ物をのせて、テーブルに置いてくれた。



 かごに入ったパンは、ふかふかと柔らかくて、手でちぎろうとしたら指が沈んだ。

 上等な皿にのっているのは卵と肉で、はじっこの方にあったきれいな果物を口に入れたら、驚くほど甘かった。

 果物が甘いと言えば、サビーノがそれは野菜だという。

 こんなに甘い野菜があるなら、うちの村でも作れたらいいのにな、と言ったら、一応苗を買って帰るかとサビーノが提案してくれた。







「おや、奇遇だね。おはよう、サビーノくん……だったかな」



 シルヴァーノ、と名乗った姉さんに似た男だった。

 この宿に宿泊していたんだろう、テーブルに案内される途中のようだった。



「君も、おはよう」



「おはよう、ございます」



「私はシルヴァーノ、君の名前も聞いてもいいかい」



 サビーノを見ると、仕方ないって顔をしたので、俺はラウルと名乗った。

 シルヴァーノは自分のテーブルへ行く気がないのか、立ったまま俺たちに話しかけてきた。



「この町で暮らしているわけじゃないんだね。ラウルの住まいはどこに?」



 シルヴァーノがにこにこと話しかけてくるのは、俺一人だ。

 姉さんに似てるから気になっていたけど、なんかどうでも良くなってきた。



 こんな顔、探せばどこにでもいるんだろう。

 俺は面倒くさくなって、シルヴァーノを無視してサビーノに、もう行こうとだけ言った。







「君はアルベルティーナって女性を知っているかい?」



 さっさと席を立って歩き出した俺たちの背中に、シルヴァーノが言葉を投げた。



「それともアルビーナ、とかアルダって、名乗ってる?」



 アルダ、と聞こえたところで、俺の身体が姉さんの名前にピクリと反応してしまった。



 後ろから歩いてきていたシルヴァーノに追いつかれて、結局俺たちはもう一度テーブルに着くはめになった。



「アルベルティーナは、私の大切な妹だったんだ」



 皿まで付いたコップで優雅にお茶を飲みながら、シルヴァーノは一人で話した。



 私のアルベルティーナは今どこにいるの、と聞かれて、なんとなく気味悪く思った俺はずっと黙っていた。



「私の愛する妹に、君は本当によく似ているね」



 遠慮なく伸びてきた手が、俺の頬をかすめて、俺は思わず顔を背けた。

 伸びた首筋を指先ですっとなでて、無粋なことをする、とシルヴァーノがサビーノをキツい目で見た。



「俺のものなんで、印つけとかないと」



 なんのことかわからないが、サビーノも強い目でシルヴァーノを見ていた。



「それで君はアルベルティーナの何だい? 一体どこの馬の骨と子作りしたのやら」



 ため息をはくように姉さんの悪口を言われて、俺はカチンときた。



「姉さんは、そんな人じゃない!」



 叫んだ俺に驚いた顔をしたシルヴァーノが、ニタリ、と笑った。



「ラウル、君はいくつになる」



「え、22だけど」



 それを聞いて、ひどく嬉しそうな顔をしたシルヴァーノが、声を上げて笑った。



 やったぞ、と言ったり、あの一度きりでそうか、と言ったり、気でも狂ったのかと思っていると、サビーノが無言で椅子から立ち上がった。



「もういい、行こう。ラウル」



「え、あ、うん」



 一人で笑っているシルヴァーノを、置いて出て行こうとすると。



「どこへ行く。ラウルは私の息子だ、置いて行け」



 笑っていたのとは別人のように冷たい声で、シルヴァーノが言った。

 まるで命令するようだった。



 サビーノが舌打ちをして、眉間にしわを寄せた。



「サビーノにはわかるの? どういうこと?」



 サビーノの腕をつかむと、あとで説明してやるから、今は黙ってろと言われた。



「私はシルヴァーノ=プローディ。いくら田舎者でも、プローディの名は知っているな?」



「知ってるか、ラウル」



 黙ってろと言ったサビーノが、聞いてきたんだから、知らないと答えていいんだろう。

 俺は正直に答えた。



「いや、知らない」



「だとさ。悪いな、俺たちは田舎者なんで、そろそろ田舎に帰らないと」



「は? 知らない、だと? お前たちっ、アルベルティーナはどこにいるっ!」



 俺は正直に答えた。



「アルベルティーナという女は、いない」



「……は? 嘘をつくな」



「嘘じゃない。俺の姉さんは、まだ30を越えていない」



 嘘だとわめいてうるさいシルヴァーノを置き去りにして、俺たちは今度こそ宿を出た。







 歩きながらサビーノに、どういうことか説明してほしいと言えば、おおかたあの男の勘違いだろうと答えが返ってきた。

 勘違いのまま、あの男の息子とやらに、おさまりたかったかと聞かれて、いや全然興味ないと答えれば、サビーノが吹いた。



「あいつ、金持ちそうだったぞ」



「サビーノだって、金持ちだろう」



「俺が?」



「うん。昨日の夜、金貨持ってただろ?」



「あぁ、もう持ってないけどな」



 立ち止まったサビーノが、ラウルは金貨を持ってる男が好きか、と尋ねたので、そもそも別に俺は男が好きなわけじゃないと答えれば、サビーノがそれもそうかと、また吹いた。



 俺もふと思いついて、サビーノに聞いてみる。



「サビーノは、男だから俺を好きになったのか?」



 サビーノが目をパチパチさせた。

 ほんとに驚いたときのサビーノの癖だ。



「俺は、何回生まれ変わっても、お前を探し出す。お前がお前であり続ける限り、俺はお前を愛す」



「……いったい何の話だ?」



 こてんと首をかしげた俺の頭を、サビーノがぐしゃぐしゃにかき回した。



「何でもない。そのくらい、ラウルだから好きだってことだ」



「ふ~ん?」



 再び歩き出しながら、そういえばと思い出したことも聞いておく。



「なぁサビーノ。さっきあいつに言ってた、印ってなんのこと?」



 サビーノが上から俺を見下ろし、ちょっと目線がズレた気がした。



「別に。ラウルはもう、俺のものだろ? 他のやつに俺のものだって、示しとかないとな」



「ふ~ん?」



 結局、印が何のことはわからないまま、俺たちは荷馬車に戻った。

 今日もたくさん売って、買い物もたくさんして、村に帰らないといけないのだ。



 俺はよし、がんばろうと叫んで、台の土埃を払いはじめた。









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