嘘はいっていない

コーヤダーイ

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35首輪

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 星森から出立するときに短く切った白っぽい髪をなびかせて、ルカーシュは走った。その足はヴァスコーネス王国をまっすぐに目指している。半獣人であるルカーシュは見た目は人間で、金瞳だけが獣人の虹彩を放っている。かぎ爪は出ないが星森の獣人たちと訓練はしてきたから、武術は身についているし体力もある。

 休憩をとるたびにルカーシュの手は、昨夜星森の次代カシュパルに付けられた番の証を撫でていた。純血の獣人ほど回復が早くはないが、すでに血は止まっている。自分の目で番の噛み痕を目にすることができないのが辛いが、カシュパルの願いは自分が叶えなければならない。

(カシュパル様……)
 
 昨夜の激しかったカシュパルの淫行を思い出し、ルカーシュは陰茎を硬くする。道なき道を少し外れた木の陰でカシュパルを想ってルカーシュは一人その昂りを慰める。星森ではいつでも男を受け入れられるようにと調教された身体であるが、今日は長距離を走るためと使い込まれた木の張り型を抜いているので、尻の穴が淋しさに疼く。

 いつもならば星森の誰かを咥え込むのだがあいにく連れはいない、本格的な冬の到来前に先を急ぎたいから木の張り型でもって慰めるわけにもいかない。
 しばし我慢と己の手へ放った精液を舐めとって、ルカーシュはカシュパルの望みを叶えて星森へと戻り、その喉元へ消えぬ自分の歯型を刻みつけて正式に番となる日がくるのを夢見てうっそりと笑った。



 ヴァスコーネス王国へとあと少しというところでルカーシュは旅を頓挫させられた。
 
 ずっと徒歩か駆け足で道を急いで来たのだが、ルカーシュの見た目では街道の脇の簡易野営所で野宿の際声を掛けられることも少なくなかった。
 金を払うからお前の尻に突っ込ませろと言われたルカーシュは、これが金になるのかと驚いた。寝るときには木の張り型を入れるようにしていたから、よく解れた尻の穴はすぐに見知らぬ人間の男根を咥え込み何度も精液を搾り取った。

 こうしてたまに声を掛けられれば尻の穴を貸し、代わりに金を受け取るようになった。人間の男は獣人ほどしつこくないので旅するのに何ら支障はない、ルカーシュは足取りも軽く目指す場所へとまっすぐに進んでいた。

 いつものように野営地で声を掛けられ、いつものように見知らぬ男根を慣れた尻の穴へと咥え込んだ。機械的に跨った男の上で腰を振り精液を搾り取る。尻だけを剥き出しにしたルカーシュの股間を男が撫で、ルカーシュは反射的にその手を払った。

「俺だけじゃなくててめぇも気持ちよくしてやろうってんだろ」

 人間にしては力の強い男に尻の穴を犯されたまま逆に組み敷かれて、ルカーシュは服を乱され股間をまさぐられた。

「きれいな顔してんじゃねぇか、あ?」

 喉ごと顎を掴まれて、火を近づけて顔を覗きこまれる。ひげ面の男の汚れた顔といやらしく笑ったときに見えた欠けた歯の黄色が目に飛び込んでくる。

「お前珍しい色の瞳じゃねぇか、いいねぇ高く売れそうだ」

 何を言っている、と言おうとしたとき掴まれていた喉に冷たい金属が当たった。かちりと音を立ててルカーシュは自分の何かが替えられたのに気づいた。

「おら、突いてやるからてめぇのを自分でしごいてイッてみせろ」

 馬鹿を言うなと言おうとして何も言葉が出て来なかった、正常位で乱暴に突かれて逃げようとしたら首が締まった。男は息が吸えずに顔を赤くしたあと青ざめたルカーシュを見て、声をあげて笑う。

「おら、逆らうと苦しむだけだ。さっさとしごいてイけ」

(隷属の……首輪……)

 噂では聞いたことがあった、いまだに攫った人間に首輪をつけて奴隷にする奴隷商人と呼ばれる者たちがいると。ルカーシュは警戒を怠った自分を呪ったがもう遅い。思考の止まった頭でのろのろと手を運び自ら陰茎をしごいた。閨の技術を叩きこまれて育ったルカーシュは何も考えずとも手は動き、すぐに精液を出す。

「あっ、はあっ、はあっ」
「ふん、喘ぎも上等じゃねぇか。こりゃあいぃ上物だ」

 言葉は話せないようだが、口から音が出ないわけではないらしい。男がそばに転がった木の張り型を手に取って声をあげて笑う。

「なんだ、お前そっちの本物だったか。わりぃな商売駄目にしちまってよぉ」

 ルカーシュが男を睨みつけると、尻の穴を犯す男の男根がぐんと膨れ上がって硬さを増した。

しつけの必要もねぇし、仕上がりも上々だ。せいぜい客に可愛がってもらえよ?おらっ」

 自分勝手に乱暴に動かれてルカーシュは口を閉じて声をあげるまいとした。嬌声を耐えれば、ぱんっと耳ごと頬をはたかれ緩んだ口に指を突っ込まれる。

「ほら、いい声あげて啼けよ。客をもっと悦ばせな」

 叩かれた耳がぐわんぐわんと響き耳の奥がじくじくと痛む、自分から出る呻き声と男が吐く荒い息が頭の中で大きく響いていた。しばらくして男がルカーシュの中に精液を吐き出すと、男の男根を拭った汚れた布巾を投げつけられた。

 気になった耳に触れた手を見ると、夜目の利くルカーシュの金瞳には手についた血が見えた。耳の中がまだじくじくと痛いが、ルカーシュは薬草など持ちあわせていない。
 首を触ってみる、金属がルカーシュの体温を奪って暖かい。その下にあるはずの次代カシュパルにつけられた噛み痕を想ってルカーシュは痛みに耐えた。



「ふっざけんじゃねぇよ!俺に手間かけさせんなっつってんだろうがっ」

 どさりと地面に投げ落とされて、痛む耳の奥にきーんと金属を叩いたような音が響いた。ルカーシュは男が寝ている明け方に逃げようとしたのである。しかし首輪に何の仕掛けがあるのか、走って逃げた先で急に首輪が締まり息が苦しくなった。
 地面にうずくまるルカーシュの元へ昇ってきた太陽を背に受けた男が、大股でまっすぐに向かってくる。

(逃げても居場所まで、わかるのか……)

 ルカーシュの金瞳には絶望しかない。無言でルカーシュを肩の上に荷物のように担いだ男が、野営地まで戻るとその身体を投げ落としたのである。
 顎を掴まれて無理やり上を向かされる。太陽の光で確認するようにルカーシュの首を右に左に動かして、男は手を離した。自分の背負い袋をごそごそ漁り小さな袋から乾いた草をいくらか取り出すと、男が振り返ってルカーシュの痛む耳と口にそれぞれ草を突っ込んだ。

「痛むか」
「………」

 少し、と言おうとして口を開けるがもちろん言葉は出ない。それを見た男は大きく息を吐いて頭をぐしゃぐしゃ掻くと、草食っちまえとだけ言った。
 言う事を聞かないと首が締まる、学習したルカーシュはもぐもぐと草を噛んで飲み込んだ。草は薬草の一種だったようで耳の痛みはじきになくなったが、そちらの耳は音を拾えなくなってしまった。



 ルカーシュはヴァスコーネス王国へ行くはずだったのに、どうやら男はその国には立ち寄らないらしかった。それどころか大きく迂回するように移動を始められてルカーシュは焦った。首輪が外れない限り自由はない、男は自分を売り物だと言っていた。どこかで誰かに売られてしまえば、一生同じ場所に縛り付けられるかもしれない。

(売られなければいい)

 この男に取り入って、自分を手放せなくなるように仕向ければいいのだ。星森では息をするようにずっとしてきたことだから、ルカーシュにとってそれはたやすい事だった。

 案の定男はルカーシュの嘘の優しさと愛情に溺れた。何度か金のために貸し出され尻の穴を見知らぬ男たちに掘られたが、望まれても男は決してルカーシュを手放さなかった。それどころか男の元へ戻ってくると、金のために抱かれたルカーシュの身体を中まで必死に清めまるで匂い付けのように自分で犯した。

 ルカーシュはまるで番のようにかいがいしく世話をする男に優しく微笑みかけ、男に対して欠片も持ちあわせない愛情に見える行動を与えた。



 男を完全に己の意のまま操るのに一年以上掛かってしまった。ルカーシュと男は今ヴァスコーネス王国にほど近い小さな町で小さな長屋の一室を借りて暮らしている。もうルカーシュが男娼として金のために貸し出され他の男たちに尻の穴を掘られることはない。

 首輪はついているが男が町での仕事に出ている間、ルカーシュには束の間の自由が与えられている。
 小さな町ではあるが買い物をしたり首輪の範囲内であれば薬草を摘みに行くこともできる。星森で育ったルカーシュは薬草に目が利くので、摘んで乾かした薬草は小さな町の商店へと卸せばいくらかの金になった。男のために料理を作り家で待ってやれば、仕事を終えて戻った男は嬉しそうに欠けた白い歯を見せる。
 
 あるとき膝枕をしてやり、口を開けさせて歯の汚れを薬草の一つを使って丁寧に落としてやれば、男は気に入ったのか度々膝枕をせがむようになった。ただ昼寝をするときもあるし耳を棒で掻いてくれというときもある。
 膝枕をした顔をルカーシュの股間に埋めて、そのまま延々と男根を舐めしゃぶられることもある。飴でもなし、甘くも美味くもないだろうに嬉しそうに股間で顔を動かす男に、ルカーシュは優しく微笑んでみせる。



 そろそろ頃合いであろうと、かねてより準備していた薬草の一つを手に取る。すり潰して水と練り首輪の内側に塗り付ける。そのまましばらく置けば、やがて首輪の触れている部分が腫れてきた。水で薬草をよく洗い流し水分をよく拭っておく。

 男が仕事を終えて戻るころには、首輪の部分がひどく腫れてただれ、膿から黄色の汁が垂れるまでひどくなっていた。当然痒みもあるからルカーシュは容赦なく首を掻きむしったため、爪の痕からは血がにじんでいる。

 男は首を掻きむしって泣いている様子を見ると、慌ててルカーシュが備えている薬草を持ってきて端から試していったのだが、薬草はすべてただの乾いて潰した草と変えてあるから効くはずがない。
 洗い流したり冷やしてみたり、一晩中無駄な手当てを施した男は目の下を黒くして朝を迎えていた。ルカーシュは辛そうに首を掻きむしりながら、ようやく疲れて眠ってしまった。

 今日とて男には仕事がある、だがこの可哀そうな状態の愛するルカーシュをそのままにしておくことができなかった。半刻悩んで男は小さな鍵を取り出してきた、鍵を回せば首輪は外れる。

 男は悩んだ、隷属の首輪である。外れてしまえばルカーシュはきっといなくなってしまうだろう。だがもしかしたら、と男は期待する。
 出会いはひどいものだったかもしれないが、一年以上一緒に暮らし今ではルカーシュからは確かな愛情を感じていた。それに、と男は考える。ルカーシュと話してみたい、筆談ではなく直接声を聞いてみたいと男は長いこと思っていた。

 男は意を決して首輪を外してテーブルへと置くと、仕事へ向かった。日中は仕事どころではなかったが何とか一日を乗り切り、祈るような気持ちで長屋へと帰宅した。
 簡素な玄関扉の隙間からは、いつものように柔らかな光が漏れていた。扉を開ければいつものようにルカーシュがいて男を見て微笑んだ。

「おかえり」
「……た、だいま」

 ほっとして緩んだ男の元にルカーシュがやって来て、首に手を置いてありがとうと言った。

「首輪を外してくれてありがとう」

 男はルカーシュの細い首に手を添えた。長いことつけていたから首輪の金属がよくなかったのだろうか、今朝まではひどく腫れていたルカーシュの首はすっかり綺麗な肌色に戻っていた。
 今まで首輪で見えなかった首筋に顔を埋めて舌を這わせれば、ルカーシュが気持ち良さげに顎を反らした。

「お腹は空いていないの?」

 優しく微笑んでルカーシュが男をたしなめるが、男の股間はすでに張りつめてルカーシュの細腰へと硬いものを擦り付けているから気づいているはずである。

「先にお前を食べたい、ルカーシュ」

 首筋に顔を落としたまま聞こえる方の耳に言えば、耳元で仕方ない男と笑いを含んだ声が聞こえた。

 いつもよりさらにねっとりとしつこいまでにルカーシュを愛せば、昨夜は寝られなかったルカーシュもさすがに疲れたのか今は寝台で寝息を立てている。露わになった首筋に獣にでも噛まれたのか古い傷が残っているのが見えた。なぜだかそれが獣の所有印のようで面白くない、重ねるように傷跡に強く吸いつき痕を残した。

 男はいつものようにルカーシュの身を清めてやると、同じ寝台へとその身を横たえた。目を閉じる前に夕食を食べ損ねたことに気づいたが、男とて昨夜はルカーシュの看病で一睡もしていないのだ。諦めて目を閉じればすぐに深い眠りに落ちていった。



 朝いつものように目を覚ました男は、寝台の横が冷たくなっていても気にせず起き上がった。ルカーシュは毎日男より早く起きて朝食を用意するのが常だからだ。着替えて部屋を出れば暖炉には火が入っており、温めたスープとパンの香りが漂ってくるはずである。
 いつものように扉を開けた男は冷え冷えとした空間に頭が真っ白になった。

 いつもならばルカーシュが優しく微笑んで朝食を並べてくれるはずであるのに、そこには誰もいなかった。暖炉は薪もくべられておらず、まだ春には少し遠い季節であるから家全体が薄ら寒い。
 
 ぶるりと震えてテーブルを見れば、昨日の朝外して置いた隷属の首輪がなくなっていた。

「ルカーシュ」

 呼んでみたがもちろん返事はない。すべての扉を開けて確認してもルカーシュはどこにもいない。
 何一つ荷物を持たずに、男の前からルカーシュは姿を消してしまったのだった。
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