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37成人
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「おめでとう、サキ」
「おめでとうございます、サキ」
「サキ兄さまおめでとうございます」
「おめでとう、ようやく大人の仲間入りだね」
「ありがとうございます」
秋晴れの今日はサキの誕生日である、そして15歳を迎え成人と認められることになる記念すべき日だ。
派手なパーティは好まないから、いつもの身内だけで美味しい甘いものを食べようと集まっている。アフタヌーンティー形式に仕立てて並んでいるなかには去年ひろきに教えてもらった王城の森で、今年も拾ってきた木の実を使ってサキが作ったものもある。砕いたクルミを入れたパウンドケーキ、蜂蜜に漬け込んだ木の実を乗せたタルト、チョコレートに焼いた木の実を乗せたものまで様々作ってみた。
ショートケーキに甘くないサンドウィッチ、気楽に手でつまめるお菓子ばかりを用意し、お茶も多種多様である。
自邸の談話室に王様や王子様のいる空間にも慣れて、すでに身内扱いだ。一緒に木の実拾いを手伝ってくれたのはキーラで、もちろんイェルハルドが同行した。自分の拾った木の実を加えて焼いたクッキーを嬉しそうにイェルハルドへ差し出すキーラを見て、サキも頬が緩む。
ひろきがパウンドケーキを手で割って半分こしよ、とフロイラインの口へ運んでいる。フロイラインはされるがままに口を開け、パウンドケーキを食べている。ひろきも食べてとフロイラインが小さく割ったパウンドケーキを口元へ運べば、ひろきも嬉しそうにぱくりと食べた。結婚17年目とは思えぬ仲の良さに、自分たちもこうありたいと願うサキである。
ひろきもいつまでも若々しいが、ラミも相変わらずだ。ゆるくカールした薄茶色の髪をふわふわさせながら、季節の果実を生で挟んだクリームたっぷりのケーキを頬張っている。唇の端についたクリームをラミの顎をくいと上げて指先で拭ってやるのはマティアスの仕事だ。拭った指先を舐めて甘いと眉を寄せればラミは唇の端をぺろりと舐めて、ありがとマティアスと微笑んでいる。
「僕こんなに幸せでいいのかしら」
サキは幸せすぎて時々不安になる。何もかも満たされて、全てが幸せなんてことがあるだろうか。たまに考える、一人の一生分幸せの分量が決まっているとするならば、幸せを使い切ったらどうなるのか。
以前ムスタに話してみたことがある、そのときムスタはこう言った。もしそうなったら、わしの分の幸せをサキに全部やろう。サキがそれで幸せになればわしも幸せになる、だとすると幸せの分量があらかじめ決まっているなどと考えるのは可笑しな話だの。
「幸せの中にいても、自分は不幸せだって思ってる人間だっているよ。ようは気持ちの持ちようだろ」
そう言ったクラースが、皿に乗せたタルトを手で持ち上げて豪快にかぶりついた。
(なるほど、そうかあ)
「じゃあ幸せに気づいた僕は、やっぱりものすごく幸せってことかなあ」
「ははっ、前向きだなぁサキは」
サキとクラースは幸せならいいか、と菓子を食べながら笑ったのだった。
(そうだ、あのときムスタからピアスをもらったんだっけ)
ムスタから成人の祝いに何が欲しいか尋ねられたサキは、一対の金のピアスをねだっていた。あの日の朝誕生と成人を祝う言葉をくれたムスタから、甘いキスと一緒にピアスをつけてもらったのだ。マティアスの造った結界のピアスの反対側には長いこと同じデザインのレプリカをつけていたのだが、代わりに金のピアスをひとつ通した。
対のピアスの片方はムスタの耳へと通されて、サキとムスタとでお揃いを身につけることになった。もちろんただのピアスではない。もしもの時のためにピアスによって、互いの居場所がわかるようになっている。
青年に腕を取られて歩きながら、そんなことを思い出してサキは首をかすかに揺する、両耳にはまだピアスがついている。サキは落ち着いて深呼吸をした、大丈夫みんながいる。ムスタもマティアスも絶対に僕を探し出してくれる、僕だって絶対に諦めない。
サキは首にかかる冷たい金属の感触をなるべく考えないようにして、どうやって逃げられるか、何ができて何ができないのか確かめなくてはならないと頭を回転させた。
ギルドからサキへと直接伝魔通信の魔導具で連絡が入ったのは昼前のことだった。いつもならばギルド長エフから連絡がくるのに今日は外へ出ているため、代理ですみませんと相手は話した。星森から獣人が一人来ていて宗主の番について話を聞きたいと騒いでおりまして、と相手が声を小さくした。
ムスタは今日は朝からエーヴェルトに呼び出されて出かけている、遅くなりそうだと話していたからすぐには無理だ。少し悩んだサキはわかりました、僕が行きますと魔導具を切った。
執事のネストリに伝魔通信の魔道具で連絡を入れ、ギルドで問題が起こったようなので呼び出されたと伝えておく。白いマントを着たまま、同僚に同じことを伝えるとサキは魔法研究室から直接転移でギルドへと向かった。
ギルドの扉をくぐれば見たことのない青年が、サキを待ちかまえていたのか近づいてきた。サキが口を開く前にサキさんですねこちらへお願いします、とギルド受付横の無人の個室へと案内される。こんな職員見たことがないと思いながらも、サキの担当はいつもギルド長エフであったから仕方ないかと思い直す。
わざわざ来ていただいてすみません、どうぞと促されてソファーへと腰掛ける。ではあちらを連れてまいりますのでお待ちくださいと一礼して下がろうとした青年が、あれと声を上げてソファーの後ろで足を止めた。
「失礼ですがサキさん、お首と髪のところに何かついているように見えますが」
「……え?何かくっついている?」
サキが振り向こうとすると、危ないからと青年が慌ててサキの動きを止めた。
「見た感じ毛虫かと思いますが、刺されれば危険です。私が髪に触ってとっても?」
「あ、はい。お願いします」
「では少しだけ、……じっとしていてくださいね」
サキの後ろから青年の手が回り、首のところに何か冷たいものが当てられた。それが何か考えるより前にかしゃりと聞こえた金属音、サキは自分の何かが替えられたのに気づいた。
はっとして首に手をやれば冷たい金属が付いていた。目の前の青年が敵なのだと気づきソファーから立ち上がると、一瞬で魔力を練り上げる。
「俺に攻撃するのは止めておけ」
言われて急に首が締まった、魔力を練るのを止めれば再び息が吸えるようになる。
「座れ」
立ったままでいれば、また首が締まる。青年を見据えたままソファーへ座れば息は吸えた。
(隷属の首輪……なぜ……)
かつて、ひろきの伴侶フロイラインも付けられたという隷属の首輪が、なぜここにありサキに嵌められたのか全くわからなかった。明らかに青年はサキ一人を狙ってここへと呼び出している。
(行き先は伝えて出たけれど、いつ気づいてもらえるかだな)
サキとてもう子供ではない、普段は城下街へ降りるのも一人で行動している。サキの帰りが遅いとなった時点で気づくとしても、まだ数刻はかかる。隷属の首輪を外す方法は鍵で開けるか、首輪の所有者が第三者に殺されるかのどちらかだ。
誰かに伝えようにもサキはすでに制されてしまった、この青年が一体誰なのかも皆目見当がつかない。
(さて、どうしようか……うん?)
サキは目の前の青年の金瞳に非常に見覚えがあった。耳は人間のものだし尻尾もないが瞳は獣人のものである、それもムスタとよく似ている。
「君は豹の獣人と同じ瞳だ、君自身が星森の人なんだね」
不遜な視線をサキへと向けた青年は、サキが話したことに一瞬驚き、へぇと口角を上げた。
「さすが宗主様の番ってだけある、首輪を付けられても慌てないし頭が回るんだ」
「……何のために僕を狙ったの?」
「俺と同じ目に合わせて、宗主様の番を貶めようと思ってさ」
「……!?」
「ここじゃなんだから、移動しようか。俺から離れたら苦しいだけだから暴れずにちゃんと付いて来てね」
腕をとって促されサキと青年はギルドを出た。ギルドの受付には職員が何人かおりサキたちをちらりと見たのだが、サキがギルド長エフと個室を使うのはよくあることだし、見知らぬ青年とサキが連れ立って出ていったので特に不審に思う者もいなかった。
ギルドを出た青年はサキの腕をとったままずんずん歩く。白いマントのサキは時たま小さな魔法師さんと昔の呼び名で町の人々から声を掛けられるのだが、青年はそれを知らないのか目もくれず進んでいく。サキが声のした方へ少しだけ顔を向ければ青年はぐいと腕を引っ張り、サキは少し小走りになって連れていかれた。
サキが消えた石畳の脇から一人の男が出てきた、石畳から少し離れた屋台の女性もじっとその方向を見ている。二人はそっと近づき頷き合った、城下街で見たことのない男にサキが連れて行かれた。声を掛けてサキが無視したことなどこれまで一度もない、あれは何か理由があって無下にできず助けを呼ぶ視線であったと見守り隊員は考えた。
男が素早くサキの消えた方向へと動き、屋台の女性は伝魔通信の魔導具を持つ一番近い家へと走った。見守り隊の行動は素早く、すぐさまクラースへと連絡が入り、クラースからマティアスへ、マティアスからエーヴェルトと共にいたムスタへと連絡が入った。
サキは初めて歩き回る界隈だったが青年は慣れているのか迷うことなく入り組んだ石畳を進んで行く。やがてサキが連れ込まれたのはヴァスコーネス王国兵団第五支部、と小さく書かれた看板のある門であった。
(兵団の第五支部っていうと入国警備と城下街の警備だっけ、てことは寮か何か……)
門から入ってすぐ脇に逸れ大きな建物の横を通ると、奥の建物の陰にある石造りの小さな建物へと押し込まれた。元の用途は不明だが今では古くなったが処分の難しい備品類の置き場、といった古い倉庫のような建物である。掃除はしてあるのか埃っぽさはないし入るときに一瞬見えた床は、きれいに掃き清められていた。
木の箱を置いた場所を指して座ればと青年が言う、座らねば首が締まるのであろうとサキは黙っていうこと聞いた。もうひとつの木箱に腰掛けて青年が口を開いた。
「俺はルカーシュ、あんたが宗主様の番だろ?」
「………」
「なぁあんた、しゃべれるんだろ?隷属の首輪付けて何で話ができんだよ」
「………」
「……ちっ」
サキの顔をじっと見た後でルカーシュが目を逸らし、靴のかかとで自分の座る木箱を蹴った。
「……なぜ僕なんですか、君は何をしたいの?」
「俺はっ!カシュパル様の望みを叶えて差し上げたいだけだ」
「カシュパル様、たしか星森の次代様……」
「そうだよ、ムスタファ様がいつまでも宗主様を辞めないから、あの方はいつまでも次代様のままだ」
「占星が認めないのだ、と聞いていますが違うんですか?」
かっと頭に血が上ったらしいルカーシュがきつい目でサキを睨むがサキは怯まない、こんなところで青年一人に脅えている場合ではない。もしかしたら星森で何かが起こりムスタの命が狙われているのかもしれないのだ。
青年は国の兵団の中へと何の躊躇もせずに入った、国へと呼び込む内部に通じた人間がおり既に何らかの作戦が遂行されているかもしれない。場所的に単独犯という可能性は低いのではないかとサキは予測した。だとしたら自分がどうなろうとムスタを守らなくてはならない。
「ムスタファ様にはどうあっても宗主様の任から降りてもらう」
「18年前に降りたはずと本人は常に言っています」
「カシュパル様が番を認められないのに、ムスタファ様にだけ番がいるなんておかしいだろう?」
「……何の話を………」
「俺はカシュパル様に噛んで貰った、でもまだ番じゃないんだよ。ムスタファ様だけ幸せなんて許せない」
自分の首筋を指でなぞってルカーシュが噛み痕を見せた、そこには獣に噛まれたような傷痕が残っている。
「それが……獣人の番なの?」
黒瞳を瞬かせたサキに、ルカーシュが近づき首筋を指で撫でた。
「はーん、お前まだムスタファ様に噛まれていないのか。それで番とはねぇ」
「僕、知らな、」
「獣人は互いに噛み痕をつけて初めて番うんだ」
「………」
「奪ってやろうか」
いきなりルカーシュがサキの服に手を掛けて、止めた。サキは肩をすくめて逃げようと胸の前に手をやった姿勢のまま、そっと目を開けた。
「おめでとうございます、サキ」
「サキ兄さまおめでとうございます」
「おめでとう、ようやく大人の仲間入りだね」
「ありがとうございます」
秋晴れの今日はサキの誕生日である、そして15歳を迎え成人と認められることになる記念すべき日だ。
派手なパーティは好まないから、いつもの身内だけで美味しい甘いものを食べようと集まっている。アフタヌーンティー形式に仕立てて並んでいるなかには去年ひろきに教えてもらった王城の森で、今年も拾ってきた木の実を使ってサキが作ったものもある。砕いたクルミを入れたパウンドケーキ、蜂蜜に漬け込んだ木の実を乗せたタルト、チョコレートに焼いた木の実を乗せたものまで様々作ってみた。
ショートケーキに甘くないサンドウィッチ、気楽に手でつまめるお菓子ばかりを用意し、お茶も多種多様である。
自邸の談話室に王様や王子様のいる空間にも慣れて、すでに身内扱いだ。一緒に木の実拾いを手伝ってくれたのはキーラで、もちろんイェルハルドが同行した。自分の拾った木の実を加えて焼いたクッキーを嬉しそうにイェルハルドへ差し出すキーラを見て、サキも頬が緩む。
ひろきがパウンドケーキを手で割って半分こしよ、とフロイラインの口へ運んでいる。フロイラインはされるがままに口を開け、パウンドケーキを食べている。ひろきも食べてとフロイラインが小さく割ったパウンドケーキを口元へ運べば、ひろきも嬉しそうにぱくりと食べた。結婚17年目とは思えぬ仲の良さに、自分たちもこうありたいと願うサキである。
ひろきもいつまでも若々しいが、ラミも相変わらずだ。ゆるくカールした薄茶色の髪をふわふわさせながら、季節の果実を生で挟んだクリームたっぷりのケーキを頬張っている。唇の端についたクリームをラミの顎をくいと上げて指先で拭ってやるのはマティアスの仕事だ。拭った指先を舐めて甘いと眉を寄せればラミは唇の端をぺろりと舐めて、ありがとマティアスと微笑んでいる。
「僕こんなに幸せでいいのかしら」
サキは幸せすぎて時々不安になる。何もかも満たされて、全てが幸せなんてことがあるだろうか。たまに考える、一人の一生分幸せの分量が決まっているとするならば、幸せを使い切ったらどうなるのか。
以前ムスタに話してみたことがある、そのときムスタはこう言った。もしそうなったら、わしの分の幸せをサキに全部やろう。サキがそれで幸せになればわしも幸せになる、だとすると幸せの分量があらかじめ決まっているなどと考えるのは可笑しな話だの。
「幸せの中にいても、自分は不幸せだって思ってる人間だっているよ。ようは気持ちの持ちようだろ」
そう言ったクラースが、皿に乗せたタルトを手で持ち上げて豪快にかぶりついた。
(なるほど、そうかあ)
「じゃあ幸せに気づいた僕は、やっぱりものすごく幸せってことかなあ」
「ははっ、前向きだなぁサキは」
サキとクラースは幸せならいいか、と菓子を食べながら笑ったのだった。
(そうだ、あのときムスタからピアスをもらったんだっけ)
ムスタから成人の祝いに何が欲しいか尋ねられたサキは、一対の金のピアスをねだっていた。あの日の朝誕生と成人を祝う言葉をくれたムスタから、甘いキスと一緒にピアスをつけてもらったのだ。マティアスの造った結界のピアスの反対側には長いこと同じデザインのレプリカをつけていたのだが、代わりに金のピアスをひとつ通した。
対のピアスの片方はムスタの耳へと通されて、サキとムスタとでお揃いを身につけることになった。もちろんただのピアスではない。もしもの時のためにピアスによって、互いの居場所がわかるようになっている。
青年に腕を取られて歩きながら、そんなことを思い出してサキは首をかすかに揺する、両耳にはまだピアスがついている。サキは落ち着いて深呼吸をした、大丈夫みんながいる。ムスタもマティアスも絶対に僕を探し出してくれる、僕だって絶対に諦めない。
サキは首にかかる冷たい金属の感触をなるべく考えないようにして、どうやって逃げられるか、何ができて何ができないのか確かめなくてはならないと頭を回転させた。
ギルドからサキへと直接伝魔通信の魔導具で連絡が入ったのは昼前のことだった。いつもならばギルド長エフから連絡がくるのに今日は外へ出ているため、代理ですみませんと相手は話した。星森から獣人が一人来ていて宗主の番について話を聞きたいと騒いでおりまして、と相手が声を小さくした。
ムスタは今日は朝からエーヴェルトに呼び出されて出かけている、遅くなりそうだと話していたからすぐには無理だ。少し悩んだサキはわかりました、僕が行きますと魔導具を切った。
執事のネストリに伝魔通信の魔道具で連絡を入れ、ギルドで問題が起こったようなので呼び出されたと伝えておく。白いマントを着たまま、同僚に同じことを伝えるとサキは魔法研究室から直接転移でギルドへと向かった。
ギルドの扉をくぐれば見たことのない青年が、サキを待ちかまえていたのか近づいてきた。サキが口を開く前にサキさんですねこちらへお願いします、とギルド受付横の無人の個室へと案内される。こんな職員見たことがないと思いながらも、サキの担当はいつもギルド長エフであったから仕方ないかと思い直す。
わざわざ来ていただいてすみません、どうぞと促されてソファーへと腰掛ける。ではあちらを連れてまいりますのでお待ちくださいと一礼して下がろうとした青年が、あれと声を上げてソファーの後ろで足を止めた。
「失礼ですがサキさん、お首と髪のところに何かついているように見えますが」
「……え?何かくっついている?」
サキが振り向こうとすると、危ないからと青年が慌ててサキの動きを止めた。
「見た感じ毛虫かと思いますが、刺されれば危険です。私が髪に触ってとっても?」
「あ、はい。お願いします」
「では少しだけ、……じっとしていてくださいね」
サキの後ろから青年の手が回り、首のところに何か冷たいものが当てられた。それが何か考えるより前にかしゃりと聞こえた金属音、サキは自分の何かが替えられたのに気づいた。
はっとして首に手をやれば冷たい金属が付いていた。目の前の青年が敵なのだと気づきソファーから立ち上がると、一瞬で魔力を練り上げる。
「俺に攻撃するのは止めておけ」
言われて急に首が締まった、魔力を練るのを止めれば再び息が吸えるようになる。
「座れ」
立ったままでいれば、また首が締まる。青年を見据えたままソファーへ座れば息は吸えた。
(隷属の首輪……なぜ……)
かつて、ひろきの伴侶フロイラインも付けられたという隷属の首輪が、なぜここにありサキに嵌められたのか全くわからなかった。明らかに青年はサキ一人を狙ってここへと呼び出している。
(行き先は伝えて出たけれど、いつ気づいてもらえるかだな)
サキとてもう子供ではない、普段は城下街へ降りるのも一人で行動している。サキの帰りが遅いとなった時点で気づくとしても、まだ数刻はかかる。隷属の首輪を外す方法は鍵で開けるか、首輪の所有者が第三者に殺されるかのどちらかだ。
誰かに伝えようにもサキはすでに制されてしまった、この青年が一体誰なのかも皆目見当がつかない。
(さて、どうしようか……うん?)
サキは目の前の青年の金瞳に非常に見覚えがあった。耳は人間のものだし尻尾もないが瞳は獣人のものである、それもムスタとよく似ている。
「君は豹の獣人と同じ瞳だ、君自身が星森の人なんだね」
不遜な視線をサキへと向けた青年は、サキが話したことに一瞬驚き、へぇと口角を上げた。
「さすが宗主様の番ってだけある、首輪を付けられても慌てないし頭が回るんだ」
「……何のために僕を狙ったの?」
「俺と同じ目に合わせて、宗主様の番を貶めようと思ってさ」
「……!?」
「ここじゃなんだから、移動しようか。俺から離れたら苦しいだけだから暴れずにちゃんと付いて来てね」
腕をとって促されサキと青年はギルドを出た。ギルドの受付には職員が何人かおりサキたちをちらりと見たのだが、サキがギルド長エフと個室を使うのはよくあることだし、見知らぬ青年とサキが連れ立って出ていったので特に不審に思う者もいなかった。
ギルドを出た青年はサキの腕をとったままずんずん歩く。白いマントのサキは時たま小さな魔法師さんと昔の呼び名で町の人々から声を掛けられるのだが、青年はそれを知らないのか目もくれず進んでいく。サキが声のした方へ少しだけ顔を向ければ青年はぐいと腕を引っ張り、サキは少し小走りになって連れていかれた。
サキが消えた石畳の脇から一人の男が出てきた、石畳から少し離れた屋台の女性もじっとその方向を見ている。二人はそっと近づき頷き合った、城下街で見たことのない男にサキが連れて行かれた。声を掛けてサキが無視したことなどこれまで一度もない、あれは何か理由があって無下にできず助けを呼ぶ視線であったと見守り隊員は考えた。
男が素早くサキの消えた方向へと動き、屋台の女性は伝魔通信の魔導具を持つ一番近い家へと走った。見守り隊の行動は素早く、すぐさまクラースへと連絡が入り、クラースからマティアスへ、マティアスからエーヴェルトと共にいたムスタへと連絡が入った。
サキは初めて歩き回る界隈だったが青年は慣れているのか迷うことなく入り組んだ石畳を進んで行く。やがてサキが連れ込まれたのはヴァスコーネス王国兵団第五支部、と小さく書かれた看板のある門であった。
(兵団の第五支部っていうと入国警備と城下街の警備だっけ、てことは寮か何か……)
門から入ってすぐ脇に逸れ大きな建物の横を通ると、奥の建物の陰にある石造りの小さな建物へと押し込まれた。元の用途は不明だが今では古くなったが処分の難しい備品類の置き場、といった古い倉庫のような建物である。掃除はしてあるのか埃っぽさはないし入るときに一瞬見えた床は、きれいに掃き清められていた。
木の箱を置いた場所を指して座ればと青年が言う、座らねば首が締まるのであろうとサキは黙っていうこと聞いた。もうひとつの木箱に腰掛けて青年が口を開いた。
「俺はルカーシュ、あんたが宗主様の番だろ?」
「………」
「なぁあんた、しゃべれるんだろ?隷属の首輪付けて何で話ができんだよ」
「………」
「……ちっ」
サキの顔をじっと見た後でルカーシュが目を逸らし、靴のかかとで自分の座る木箱を蹴った。
「……なぜ僕なんですか、君は何をしたいの?」
「俺はっ!カシュパル様の望みを叶えて差し上げたいだけだ」
「カシュパル様、たしか星森の次代様……」
「そうだよ、ムスタファ様がいつまでも宗主様を辞めないから、あの方はいつまでも次代様のままだ」
「占星が認めないのだ、と聞いていますが違うんですか?」
かっと頭に血が上ったらしいルカーシュがきつい目でサキを睨むがサキは怯まない、こんなところで青年一人に脅えている場合ではない。もしかしたら星森で何かが起こりムスタの命が狙われているのかもしれないのだ。
青年は国の兵団の中へと何の躊躇もせずに入った、国へと呼び込む内部に通じた人間がおり既に何らかの作戦が遂行されているかもしれない。場所的に単独犯という可能性は低いのではないかとサキは予測した。だとしたら自分がどうなろうとムスタを守らなくてはならない。
「ムスタファ様にはどうあっても宗主様の任から降りてもらう」
「18年前に降りたはずと本人は常に言っています」
「カシュパル様が番を認められないのに、ムスタファ様にだけ番がいるなんておかしいだろう?」
「……何の話を………」
「俺はカシュパル様に噛んで貰った、でもまだ番じゃないんだよ。ムスタファ様だけ幸せなんて許せない」
自分の首筋を指でなぞってルカーシュが噛み痕を見せた、そこには獣に噛まれたような傷痕が残っている。
「それが……獣人の番なの?」
黒瞳を瞬かせたサキに、ルカーシュが近づき首筋を指で撫でた。
「はーん、お前まだムスタファ様に噛まれていないのか。それで番とはねぇ」
「僕、知らな、」
「獣人は互いに噛み痕をつけて初めて番うんだ」
「………」
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いきなりルカーシュがサキの服に手を掛けて、止めた。サキは肩をすくめて逃げようと胸の前に手をやった姿勢のまま、そっと目を開けた。
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