嘘はいっていない

コーヤダーイ

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39卵

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「カシュパル様……」

 力なく星森の次代の名前を呼んでルカーシュは項垂れた。自分が慕っていた男にただ利用されたのだと気づいて、ルカーシュは自分は今まで一体何をしていたのかわからなくなってしまった。
 星森でカシュパルの横で幸せになりたいのだと、ずっと思っていた。カシュパルの傍にいれば他の獣人たちは近づかないし、守ってもらえるのだと。

 だがカシュパルがルカーシュのことをどう思っていたのかはわからない、思い起こせばカシュパルがルカーシュに笑って話して聞かせた話はすべてがムスタファについてであった。ムスタファの強さ、美しさ、優しさ、すべて揃ってこその宗主なのだと嬉しそうに話すカシュパルを見て、ルカーシュは幼い頃からそれが自分の幸せだと思っていた。

 身体の大きな獣人に無理を強いられ泣きながら行けば、眉を下げて部屋へと入れてかくまってくれた。成長したルカーシュが好意を口にしても、カシュパルはいつも眉を下げて笑うばかりで。
 カシュパルの口からルカーシュへの好意を聞いたことはない、だが肌を合わせればきちんと抱いてくれたし首を噛んでくれた。
 
 あのとき確かにカシュパルは言ったではないか、私とお前とは首を噛んでも番にはなれないと。

 絶望を感じるはずであった、自分の幸せだと思い込んでいたものが脆く崩れ去ってしまったのだ。だがルカーシュは混乱しているが、感じているのは絶望ではなかった。先ほどサキを助けに来た者たちを見て、サキを羨ましいと思った。自分のためにそんなことをしてくれる人は一人もいない。

 目の前で木箱に腰掛ける美しい黒髪に目を向ければ、両脇から鋭い視線が突き刺さる。

(ちょっと見ただけじゃないか。俺とこいつの、一体何が違うっていうんだよ)



「ルカーシュ、ごめん。君の言う幸せの意味が僕にはよくわからない」

 サキはルカーシュと目が合うと一瞬不快そうに眉を歪めた。

「君は大人なのに誰かに守ってもらいたいの?傍で守られるだけが幸せなの?」
「別にいいだろっ、俺がどんな幸せを願ったって、」
「君は……自分の幸せをだけを、願っているんじゃない?」
「え?」
「君は、誰かの幸せを自分の幸せより優先したことはある?」

 ルカーシュはサキの言っている意味が理解できなかった。自分が自分の幸せを求めて何がいけないのだろうか、自分の幸せなしに他人の幸せなどないだろう。

「僕はね、身体は君に穢されたけれど、だからといって君のいるところへ堕ちたりはしない」
「!?」
「僕は怒ってるんだよ、腹を立ててる。君は何もわかってない」
「な、なんだよ。どういうことだよっ、」



 一瞬空間が歪み、マティアスが現れた。後にクラースがいて痣だらけで顔の形の変わった男を連れていた。
 ひゅっと息を飲んだルカーシュが縛られたまま動こうとして木箱から落ちた。男は目を上げて床に這いつくばるルカーシュを目にした後、黒髪の流れるサキに気づくと黙って深々と頭を下げた。

「鍵はこれだ、フロイライン頼む」

 マティアスが手渡した鍵でサキの首輪が外された。サキは自由になった首を指先で触れて確認した。

「こいつらはとりあえず地下牢に入れておく、聞くべきことはもうないな?」

 マティアスの問いにフロイラインが頷く、ムスタは難しい顔をしているが一度頷いて了承を示した。鮮やかなもので腕の一振りでルカーシュと奴隷商人の男は消えた。

「事実確認もだが、その前に報告がある。隷属の首輪が他にもあるかもしれぬし国の周りをうろちょろされては困る。フロイラインは悪いがこのまま私とエーヴェルトのところへ、クラースはルカーシュを連れ込んだ兵団の方を頼む」

 マティアスがサキの前で膝を着いた、無表情ではあるが頬を撫で頭を撫でてやる。

「サキはしばらくムスタと一緒に休め、いいな」
「………」

 こくりと頷けばマティアスが片頬を上げて、いいこだと褒めた。いいこだと褒められたことはない、サキは思わず顔を上げたがマティアスはすでに立ち上がり、その顔は無表情にムスタを向いていた。

「サキを頼む」
「あぁ」

 ムスタに幾重にも結界魔法を掛けて、マティアスはサキに声を掛けた。

「サキ、ムスタとあちらへ行くんだ」
「……はい」

 マティアスのいうあちらが花畑なのはわかっている、サキはゆっくり立ち上がってフロイラインを向いて頭を下げた。

「フロイライン様ありがとうございました」
「気にするな」

 マティアスを向いて胸に抱きつく、背の高いマティアスではサキの身体はまだすっぽりと納まってしまう。昔のようにぎゅっと抱きしめれば腕の中のサキはまだ華奢で柔らかい身体をしていた。

「父さん、大好きだよ」
「あぁ知っている、私もだ」

 片頬を上げてマティアスが促せば、サキは離れてマティアスの手にコートを返した。

「ムス」

 片手を差し出せば、ムスタが傍にやってきて優しく握り返された。

「じゃあ、行ってきます」

 花畑へと向かう歌を歌い、サキとムスタは消えた。



 サキの手前どうにか抑え込んでいたマティアスとフロイラインの怒りが抑えきれず、周囲へと溢れた。石造りの小屋の壁がぴきっと軋み、二人が小屋の扉を出ればそのまま石は小屋の形を保てずがららと崩れ落ちていた。

「今すぐ飛んで国一つ壊しても構わないだろう」
「私もそう思うが、一応兄の意見は聞いておこう」

 マティアスとフロイラインは一旦怒りを治め、エーヴェルトの執務室へと直接飛んだ。

 人払いをし結界を張った執務室で話を聞いたエーヴェルトは深々と息を吐いた。今年に入ってようやく北が落ち着いたと連絡が入ったばかりである、次は星森かとエーヴェルトの顔には珍しく笑顔がない。

「ムスタはね、18年前から言っていることなんだけれど、星森はもう国自体が終わりなんだってわかっているんだって」
「そうか」
「だけどそこに生きている人々がいる限り、国は終わりって訳にもいかないからね」
「それはそうでしょうね」
「どうにか新しい国として再生できないかって旧体制は全部壊して、自分は手を引いたらしいんだけどねー」

 ままならないものだよねー、と執務室の机に頬杖をついてエーヴェルトはため息をついた。

「占星は年一度儀式を行うと聞いたが、それを何とかできれば古の呪いから解放されるのではないか」

 マティアスが顎に手を当てて発言すれば、フロイラインも頷く。

「しかし国の最奥に祀られているものを、一体どのようにして……」
「んー、そこはやっぱりムスタに何とかしてもらうしかないよね」
「もちろんその時には私も行こう」
「そうしてもらえると助かる、マティアス」

 エーヴェルトの顔にはようやく笑顔が戻った。

「サキはあっち?大丈夫そう?」
「あぁ花畑は特殊だ、あそこではすべてが中和されてしまう」
「ムスタは平気なのかい?」
「サキが結界を忘れなければ。忘れればムスタはそれまでだ」
「わぁひどい、今回のことはムスタのせいではないのに。こわい義父だね」
「うるさい。数日はもつだけ結界は重ねてある」

 ふふっと面白そうに笑ってエーヴェルトは話を戻した。ムスタが戻り次第星森をどうするか、何しろ星森はヴァスコーネス王国よりも古の国なのである。対応を誤らぬよう慎重に事を進めなければならない。執務室から大きな部屋へと移動して参加する人数も増やし、大掛かりな作戦が動き始めていた。





 花畑へと飛んだサキはムスタと手を繋いだまま所在なくぐるぐると歩き回っていた、ムスタは優しく手を繋いだまま何も言わずサキと歩みを同じくする。とはいえ行けども同じ景色である、そのうち歩くことも諦めてサキはムスタに向き直った。

「ムス、ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「………僕、星森の人が暴れてるからってギルドから連絡受けて、何も考えずに行っちゃって……」
「わしが留守にしていたからか……すまなかった、サキ」
「僕、ムス以外の人に汚されちゃった」

 サキの黒瞳からぽろぽろと涙が零れた。

「サキは決して汚れてなどおらぬ」

 ムスタが強く抱き寄せれば、サキは大人しく胸に抱かれている。

「僕のこと嫌いになってない?」
「そのようなことはありえない。サキ、愛している」
「僕も。ムス、愛してる」

 サキが涙の跡をつけたまま顔を上げる、サキは辛い目にあったばかりというのに黒瞳が潤んたサキを見たムスタの胸がずくりと音を立てた。

「ムスが嫌じゃなかったら今すぐして」

 すがるように強請られてムスタが止まれるはずなどなかった。噛み付くように口づけを落とせばサキの舌が深く強く絡んできた。ついぞないほどに熱く責めてくるサキに、ムスタの普段は理性で抑えている獣人の習性がむくむくと頭をもたげていた。キスの合間に首筋を舐めきつく吸って、そのまま耳たぶをピアスごと口に入れ舐めしゃぶる。耳の中へも舌を探り入れ吐息を吐けばサキが甘い声を上げる。
 牙を剥いてサキの首筋に噛み付こうとして、はっとムスタは我に返った。

「いいよ」

 サキがムスタの耳に手を触れて指の間に毛並みに添って何度も耳を通して愛撫する。もう片方の手で尻尾の付け根をぐっと握ってやわやわとしごかれれば、ムスタの理性は吹き飛んでいた。

「そのまま噛んで、ムスタの痕を僕にちょうだい」

 強請られるままにムスタは目の前に晒された番の首筋に牙を立てた。白くて細い華奢なうなじに深く噛み付いてその血を啜れば、感じたことのない甘さが口に広がりあまりの甘美さに全身へと震えが走った。
 流れる血を啜りながら番の邪魔な衣服をかぎ爪で乱暴に裂き剥ぎ取っていく。やや乱暴にしかし番の身体を少しも傷つけることなく、撫でさすり揉み込み愛撫を続けていればやがて番の口からは甘い息が上がり始めた。ムスタは己の身体にまとわりつく邪魔な衣服も剥ぎ取って、やがて二人は裸のまま花畑のなかで横たわり繋がっていた。

 血が止まらないのはわかっている、だがここは花畑だ。血が流れ出る分、次々と止まることなくサキの中へは純粋な魔素が注ぎ込まれてくる。いつしか流れ出る血と入ってくる魔素と、それを吸い続けるムスタの間に不思議な循環機能ともいうべきものが生まれていた。

 サキはムスタでムスタが花畑で、花畑はまたサキであった。出来上がった新しい循環する世界のなかでサキとムスタは時間を忘れて長いこと睦み合った。

 ゆるゆると心穏やかにサキは目覚めた、首筋に手をやれば血はすでに止まっている。いつもの花畑である、だがサキは裸で横向きに寝ていた。背後にはムスタが同じように裸でサキを胸に抱きしめて眠っており、そしてサキの体内にはまだムスタが残っていた。少し身じろぎすれば体内のムスタがぴくりと動き、寝ているはずのムスタがゆるりと腰を押し付けてきた。

「ふぁっ」

 一度ゆるりと腰を押し付けた、ただそれだけでサキの足先から脳天までをびりりと極上の快感が走り抜けた。サキが声を上げればムスタが目覚め、そのままごろりとうつ伏せに覆いかぶさりその屹立でもってサキの内部を優しく宥めた。ただただ優しくさらに高められてサキはムスタと共に精を放った。

「ど、してずっと中、に?」
「種が零れぬよう蓋をしている」
「僕、男なんだけど……」
はらめ、サキ。わしとサキの愛をその身に孕め」

 金瞳で孕めと貫かれ、サキはぞくりと震えた。再びサキの中で硬さを取り戻したムスタが、サキの中で動かずにじっと存在を示していた。初めは小さな卵で生まれた、とマティアスに聞いている。サキとキーラの生まれた時の話である。
 ムスタと番ったサキが子のことを心配したのは、自分が半分魔族の血を受け継いでいるからであった。マティアスによれば魔族と人間の魔力量の差が不妊の原因であろうとの事だったので、サキとムスタでは魔力量に差が大きいからおそらく子はできぬだろうとの話だった。

(だけど今は……)

 こぽりこぽりとサキの体内で何かが変わっていた。身に覚えのない何かがどこからともなくせり上がってきて、サキは慌ててムスタに栓をされていた後孔を屹立から抜いて解放させた。こぽりと音を立ててたくさんの透明の液が流れ出てきた、それは体内に出されたはずのムスタの精液とは異なり小さな白い花の、この花畑の香りがした。透明の液と一緒に小さな白い卵が一つ、零れ落ちてきた。

「これが……卵……」
「サキから生まれたのか……」
「うん、僕もキーラも最初は卵で生まれたって、」

 まだ柔らかい小さな白い卵を拾って手のひらに乗せれば、あたたかなそれはふるりと動いた。生まれた卵がどのように人間の赤ん坊になるのか聞いていなかったのだが、卵は二人で見ているうちに大きくなっていきやがて腕に抱えるほどの大きさになると成長を止めた。

「詳しい話は聞いてないんだけど、どうしよう?」

 卵を抱えたサキがおろおろすれば、落ち着いたムスタがサキを卵ごとそっと抱きしめた。

「愛している、サキもこの子も愛している」
「う、うん。もしかしてムスタはこの事知ってた?」
「さぁ、どうであろうの」
「ずるいよ、教えてくれないなんて」

 花畑にいる間は時間の概念が消えてしまう、時間が無限なわけではないが時間の流れを感じなくなってしまうのである。サキはムスタの結界が弱まっていることに気づき、重ねて掛け直す。

(そろそろ数日経つってことかな、戻らないとだけど卵はどうしよう……)

 特にすることもないので二人で卵を眺めていると、卵が光って消え中からは赤ん坊が現れた。

(肌が白いだけのムスだあ、耳も尻尾も小っちゃいムス、かわいいっ)

 ムスタの金瞳にいつか視た幻影そのままの子がまだ赤子としてすやすやと眠る姿と、それを抱く愛する番が映っていた。
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