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動き出す運命の歯車
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王太子一行は、満開の桜で彩られた校舎へ続く並木道を歩く。
花びらが風に舞い、朝日を受けて淡く光るその道を、美男美女が揃った九名が並んで通る光景は――まさに壮観であった。
通りすぎる度に、生徒たちは思わず足を止め、羨望の眼差しを向ける。
だがロベリアたちにとってはそれも日常の一部で、慣れたものだ。
彼らは騒ぎを意に介する様子もなく、談笑しながら校舎へと向かっていく。
一方そのころ――
広大な学園敷地内で、ひとり迷子になっている少女がいた。
彼女の名はミア・サンフィールド。
今日から異能学園に通う編入生である。
鮮やかなカーマインレッドの髪が人目を引き、少女には珍しいショートヘア。
片側だけにつけた花の形のヘアピンが愛らしいアクセントになっている。
「迷わないよう早く来たのに……この学校、無駄に広すぎ~~!」
ひーん、と泣き笑いの声を上げながら、大きな鞄を肩に提げ、すでに一時間近く学園内を彷徨っていた。
「パンフレットの地図の通り歩いてきたはずなんだけど……どここれ……?」
地図を片手に睨みながら歩いていると、前方から大きな歓声が聞こえてきた。
何やら人だかりができている。
ミアの目がぱあっと明るくなる。
「……見つけた!」
ニヤリと笑うと、ミアはその人だかりへと歩き出した。
「え、えっと……あの……」
近くにいた女生徒に声を掛けようとしたが、その女生徒はミアの存在に気づかない。
視線は一点――人だかりの中心に夢中だ。
ミアは困ったように眉を下げ、もう一度勇気を出す。
「すみません! 道に迷ってて、ちょっとお聞きしたいんですが――きゃっ!」
ミアの声は喧騒に完全に掻き消された。
それどころか、新たに押し寄せる人々の波に飲み込まれた。
背の低い彼女は、あれよあれよという間に前列へ押し流されてしまった。
気がつけば、ミアの視界いっぱいを埋め尽くしていたのは――
舞い散る桜の花びらと、その向こうに立つ王太子一行だった。
彼らが近付くにつれ、周囲の喧騒はさらに大きく膨れあがり、人口密度はもはや“壁”のようになっていた。
「きゃあっ!」
その時、背後から押されたミアはバランスを崩し、列の外へ飛び出してしまった。
手に持っていたパンフレットや書類、大きな鞄までもが四散し、ミアは両膝と両手をつき、地面に倒れ込む。
突然の飛び出しに、ラドヴァンは瞬時に反応した。
ロベリアを守るように片手で彼女の肩を制し、
同時に、五名の側近たちが反射的にラドヴァンの前へ出る。
訓練された動きだった。
一歩たりとも無駄のない、“護衛の壁”。
転んだのが女生徒一人だと分かり、一行は一様に安堵する。
ロベリアはすぐに駆け寄ろうとしたが、再びラドヴァンに制され、代わりに側近の一人、ミハイルが片膝をついてミアへと手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「やば……スチル絵より圧巻だし……全員えぐかっこいいんだけど……」
ミアは頭上から見下ろす王太子一行の顔ぶれに、
両手で口元を押さえ、感極まった表情で固まっていた。
初対面にもかかわらず漏れたミアの呟きに、ラドヴァン含め側近全員が「?」という顔をする。
ミアはそこで正気に返り、慌ててミハイルの手を取った。
「あ、ありがとうございます! だ、大丈夫です!」
ミアは勢いよく立ち上がり、笑顔で頭を下げた。
「貴方、見ない顔ですわね」
ロベリアが静かに言った。
彼女は学園全体の生徒と教員の顔をほぼ把握している。
それは、婚約者であるラドヴァンの身を守るためでもあり、不審者を即座に見分ける必要があるからだ。
「あ、はい。今日からこの学園に通うことになりました、ミア・サンフィールドと申します! 時間より早く着いたので校舎へ向かっていたんですけど……どの建物も大きくて迷ってしまって……」
ミアは頬を染め、照れたように頬を掻いた。
「編入生が来ると聞いていましたが……君のことですか。それならば、私が職員室まで案内しましょう」
カミルが一歩前に出て提案した――その時。
「いたいた! ここにいたのか!」
人垣をかき分けて現れたのは、校門へ向かったはずのイヴァルとセオドアだった。
「門番さんに聞いたら、もう校舎に向かったって言うからさ! 本気で焦ったよ」
「ほんと。この学園、無駄に広いからな。迷子になってなくてよかったぜ」
二人は息を切らしつつ、ミアを見つけて心底安心したように胸を撫で下ろした。
「きゃあああ! 特待生のイヴァル様とセオドア様よ!!」
周囲の歓声はさらに爆発する。
イヴァルは姿勢を正すと、ラドヴァンへ深く礼をした。
「ラドヴァン殿下、登校中に失礼いたします。彼女の案内は担任より仰せつかっておりますので、ここからは私たちが責任を持ってお連れします」
「そうか。委員長の君がついているなら心配ないな。頼むよ」
ラドヴァンは信頼の色をにじませながら微笑んだ。
その一言に、イヴァルの目がぱっと嬉しそうに開かれる。
「それじゃあ、二人ともまた教室で。……君も、またすぐ会えるのを楽しみにしているよ」
ラドヴァンは友に向けるような柔らかな調子でイヴァルとセオドアに声を掛ける。
そしてミアへと視線を向けると、爽やかな笑みを浮かべた。
それを合図に、王太子一行は再び歩き出す。
九人は自然と歩調を揃え、桜吹雪の中を校舎へ向かって進んでいく。
――その“動き出しの一瞬”すら、まるで一枚の絵画のようだった。
ミアは、ただただ見惚れていた。
王太子と、その傍らに立つ美しい令嬢。
それを守るように歩く精鋭たち。
胸が熱くなる。
視界の奥がじんと滲む。
「私も……この日を、どれほど楽しみにしていたことか……」
小さくこぼれた囁きは、吹き抜けた春風と喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
ただ一人――ミア自身の胸の中だけに、強く、深く刻まれた。
花びらが風に舞い、朝日を受けて淡く光るその道を、美男美女が揃った九名が並んで通る光景は――まさに壮観であった。
通りすぎる度に、生徒たちは思わず足を止め、羨望の眼差しを向ける。
だがロベリアたちにとってはそれも日常の一部で、慣れたものだ。
彼らは騒ぎを意に介する様子もなく、談笑しながら校舎へと向かっていく。
一方そのころ――
広大な学園敷地内で、ひとり迷子になっている少女がいた。
彼女の名はミア・サンフィールド。
今日から異能学園に通う編入生である。
鮮やかなカーマインレッドの髪が人目を引き、少女には珍しいショートヘア。
片側だけにつけた花の形のヘアピンが愛らしいアクセントになっている。
「迷わないよう早く来たのに……この学校、無駄に広すぎ~~!」
ひーん、と泣き笑いの声を上げながら、大きな鞄を肩に提げ、すでに一時間近く学園内を彷徨っていた。
「パンフレットの地図の通り歩いてきたはずなんだけど……どここれ……?」
地図を片手に睨みながら歩いていると、前方から大きな歓声が聞こえてきた。
何やら人だかりができている。
ミアの目がぱあっと明るくなる。
「……見つけた!」
ニヤリと笑うと、ミアはその人だかりへと歩き出した。
「え、えっと……あの……」
近くにいた女生徒に声を掛けようとしたが、その女生徒はミアの存在に気づかない。
視線は一点――人だかりの中心に夢中だ。
ミアは困ったように眉を下げ、もう一度勇気を出す。
「すみません! 道に迷ってて、ちょっとお聞きしたいんですが――きゃっ!」
ミアの声は喧騒に完全に掻き消された。
それどころか、新たに押し寄せる人々の波に飲み込まれた。
背の低い彼女は、あれよあれよという間に前列へ押し流されてしまった。
気がつけば、ミアの視界いっぱいを埋め尽くしていたのは――
舞い散る桜の花びらと、その向こうに立つ王太子一行だった。
彼らが近付くにつれ、周囲の喧騒はさらに大きく膨れあがり、人口密度はもはや“壁”のようになっていた。
「きゃあっ!」
その時、背後から押されたミアはバランスを崩し、列の外へ飛び出してしまった。
手に持っていたパンフレットや書類、大きな鞄までもが四散し、ミアは両膝と両手をつき、地面に倒れ込む。
突然の飛び出しに、ラドヴァンは瞬時に反応した。
ロベリアを守るように片手で彼女の肩を制し、
同時に、五名の側近たちが反射的にラドヴァンの前へ出る。
訓練された動きだった。
一歩たりとも無駄のない、“護衛の壁”。
転んだのが女生徒一人だと分かり、一行は一様に安堵する。
ロベリアはすぐに駆け寄ろうとしたが、再びラドヴァンに制され、代わりに側近の一人、ミハイルが片膝をついてミアへと手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「やば……スチル絵より圧巻だし……全員えぐかっこいいんだけど……」
ミアは頭上から見下ろす王太子一行の顔ぶれに、
両手で口元を押さえ、感極まった表情で固まっていた。
初対面にもかかわらず漏れたミアの呟きに、ラドヴァン含め側近全員が「?」という顔をする。
ミアはそこで正気に返り、慌ててミハイルの手を取った。
「あ、ありがとうございます! だ、大丈夫です!」
ミアは勢いよく立ち上がり、笑顔で頭を下げた。
「貴方、見ない顔ですわね」
ロベリアが静かに言った。
彼女は学園全体の生徒と教員の顔をほぼ把握している。
それは、婚約者であるラドヴァンの身を守るためでもあり、不審者を即座に見分ける必要があるからだ。
「あ、はい。今日からこの学園に通うことになりました、ミア・サンフィールドと申します! 時間より早く着いたので校舎へ向かっていたんですけど……どの建物も大きくて迷ってしまって……」
ミアは頬を染め、照れたように頬を掻いた。
「編入生が来ると聞いていましたが……君のことですか。それならば、私が職員室まで案内しましょう」
カミルが一歩前に出て提案した――その時。
「いたいた! ここにいたのか!」
人垣をかき分けて現れたのは、校門へ向かったはずのイヴァルとセオドアだった。
「門番さんに聞いたら、もう校舎に向かったって言うからさ! 本気で焦ったよ」
「ほんと。この学園、無駄に広いからな。迷子になってなくてよかったぜ」
二人は息を切らしつつ、ミアを見つけて心底安心したように胸を撫で下ろした。
「きゃあああ! 特待生のイヴァル様とセオドア様よ!!」
周囲の歓声はさらに爆発する。
イヴァルは姿勢を正すと、ラドヴァンへ深く礼をした。
「ラドヴァン殿下、登校中に失礼いたします。彼女の案内は担任より仰せつかっておりますので、ここからは私たちが責任を持ってお連れします」
「そうか。委員長の君がついているなら心配ないな。頼むよ」
ラドヴァンは信頼の色をにじませながら微笑んだ。
その一言に、イヴァルの目がぱっと嬉しそうに開かれる。
「それじゃあ、二人ともまた教室で。……君も、またすぐ会えるのを楽しみにしているよ」
ラドヴァンは友に向けるような柔らかな調子でイヴァルとセオドアに声を掛ける。
そしてミアへと視線を向けると、爽やかな笑みを浮かべた。
それを合図に、王太子一行は再び歩き出す。
九人は自然と歩調を揃え、桜吹雪の中を校舎へ向かって進んでいく。
――その“動き出しの一瞬”すら、まるで一枚の絵画のようだった。
ミアは、ただただ見惚れていた。
王太子と、その傍らに立つ美しい令嬢。
それを守るように歩く精鋭たち。
胸が熱くなる。
視界の奥がじんと滲む。
「私も……この日を、どれほど楽しみにしていたことか……」
小さくこぼれた囁きは、吹き抜けた春風と喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
ただ一人――ミア自身の胸の中だけに、強く、深く刻まれた。
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