王太子殿下は、悪役令嬢の私を手放す気がない

茶埜

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運命の日の日常

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 王立アストラル異能学園。
 名が示す通り、異能力を持つ者たちが集う王都最大の学園都市である。
 全寮制で十三歳から十八歳までの五年制。貴族・平民を問わず、才能さえあれば誰でも門戸が開かれていた。

 ロベリアとラドヴァンは十四歳へと成長し、現在は学園の三年生だ。
 季節は春、朝の陽光が学園塔を淡く照らしていた。

「おはようございます、ロベリア」
「ロベリア、おはよっ!」

 寮の扉を出た瞬間、聞き慣れた二つの声が響く。
 浅葱色の髪を肩に流し、柔らかな雰囲気を纏う少女――セリーヌ・ファルサ。
 その隣には、紺色のストレートの髪にきりりと上がった目尻、腰には木剣を差した少女――リリアン・アルベール。

「ごきげんよう、セリーヌ、リリアン」

 ロベリアが微笑むと、二人も自然に表情をほころばせた。
 三人は幼いころからの幼馴染であり、今では替えの利かない親友である。

 セリーヌはロベリアと同じ公爵令嬢で、宰相を務める父を持つ才女。
 かつてはロベリアと同じくラドヴァンの婚約者候補に名が挙がっていたが、いまは年上の幼馴染と正式に婚約している。
 優しく穏やかな性格と、冷静な判断力を併せ持ち、周囲からの信頼も厚い。

 一方のリリアンは伯爵家の令嬢であるものの、その家格は並の公爵家にも引けを取らない。
 祖父は王国すべての騎士団を統括する大騎士長、父は中央騎士団団長。
 三人の兄はそれぞれ王族直轄部隊、王都警護隊、そして辺境騎士団に所属し、いずれも隊長職に就いている。

 まさしく“根っからの騎士の家系”であった。
 代々、当主が爵位に関心を示さないため、伯爵位のままではあるが、その実力と人望は誰もが認めるところである。

「今日の授業、異能史だっけ? 先生、また長話するかなぁ」
「その分、内容は面白いでしょう? 私は好きですけれど」

 リリアンとセリーヌが楽しげに会話を交わす中、ロベリアは二人を見つめながら、静かに歩みを進めた。

「きゃあああぁぁっ!」

 少し離れた男子寮の方から、甲高い黄色い声が上がった。

「王太子殿下の一行よ!」
「朝から殿下のお姿を見られるなんて幸せすぎる!」
「はぁ……眩しすぎて直視できない……」
「急ぎましょう、急ぎましょう!」

 騒ぎを聞きつけた女生徒たちが、ざわめきの方へ吸い寄せられるように走っていく。

「相変わらず、凄い人気ですわね……」
「モテる婚約者を持つのは大変だね~。牽制とか、しておいた方がいいんじゃない?」

 セリーヌがおっとりと呟き、リリアンが悪戯っぽくロベリアを覗き込む。

「今後の王国を担う御方に民の支持があるのは、喜ばしいことですわ。それに――騒ぎの中心は殿下だけではありませんもの」

 ロベリアは冷静に返す。

「エミリオ様ァ!面倒見がよくて頼れるお兄様みたいなところが素敵なのよ!」
「何を言っているの!アーロン様こそ、男性も憧れる兄貴分よ!あの腕で抱きしめられたら……っ」
「貴女こそ何を言ってますの!殿下の右腕で頭脳派、十四歳であの落ち着き……カミル様が一番でしょう!」
「落ち着きと言えばミハイル様!あの優しい笑顔、能力もその性格を完璧に体現されてるんだから!」
「私は断然ヴァイス様!あの影とミステリアスな雰囲気、たまらないわ!」

 聞こえてくる熱狂の声に、ロベリアたち三人は思わず顔を見合わせて苦笑した。

「……私たち、揃いも揃って苦労人ですわね」

 セリーヌが片手を頬に当てて嘆息する。

「まあ、もう慣れたけどね」

 リリアンが肩をすくめ、ロベリアも小さく頷いた。

「それも、そうですわね」

 ロベリアは学園入学前に正式にラドヴァンの婚約者となった。
 そしてセリーヌとリリアンにもそれぞれ婚約者がいて、いずれもラドヴァンの側近――五名の中枢メンバーだ。

「はあ~、今朝もすげぇな。よく毎朝あんなに騒げるよな。殿下たち、嫌にならないのかね~」
「おいセオドア、そういう言い方はやめろよ。……というか、お前の方が女子にキャーキャー言われて調子に乗ってるだろ」
「なんだよイヴァル。嫉妬か?男のジェラシーほど見苦しいもんはねぇぜ?」
「お前なぁ~~!」

 賑やかなやり取りが耳に入り、三人は思わず振り向いた。
 クラスメイトのイヴァル・サレンとセオドア・フォンティーヌが、朝から寸劇のように戯れている。

「イヴァル様、セオドア様、ごきげんよう」
「おはようございます」
「おはよ~。二人とも朝から元気だねぇ」

 ロベリア、セリーヌ、リリアンの挨拶に気づき、イヴァルはきちんと姿勢を正した。

「ロベリア嬢、セリーヌ嬢、リリアン嬢。おはようございます」
「おっはよ~ございますっと。いやぁ、朝から学園美姫の三人に会えるなんて幸せ者だなぁ、俺は」

 ふらりと距離を詰めようとしたセオドアの襟首を、イヴァルが無言で掴んで引き戻す。

「調子に乗るな」
「いってぇ! 朝から厳しすぎだろ、イヴァル!」

 そのやり取りに、ロベリアたちは微笑ましく笑った。
 ふとロベリアは、彼らの手に荷物が一切ないことに気付き、首を傾げる。

「お二人は、どこかへ向かわれる途中でしたの?」
「これから校門まで、委員長として転入生を迎えに行くところだったんですよ」
「俺はその付き添い」

 ロベリアの問いにイヴァルが答え、セオドアは彼の肩に肘を乗せながら軽口を叩いた。

「そう言えば、転入生の方が今日いらっしゃるのでしたわね」

 セリーヌがおっとりと思い出す。

「途中編入って珍しいよね。貴族でも平民でも門戸は開かれてるけど、試験は難しいし……イヴァルとセオドアみたいな特待生ってわけでもない」

 リリアンが指を折りながら続ける。

「今回の編入生は、学園側から“要請して”来ていただくことになったって噂だよ。裏で先生方が慌ただしかったしね」

 リリアンは一見大雑把に見えて、実は情報網がずば抜けて広い。
 平民とも分け隔てなく接する彼女は友人が多く、噂話から裏事情まで学園中の情報が自然と集まってくる。

「学園側から要請……ということは、特異系能力者の方なのでしょうか?」
「通例通りなら、その可能性が高いですわね」

 セリーヌが頷きながら答える。

 基本、十三歳で入学試験を受け合格した者が王立アストラル異能学園に在籍できる。
 だが――特異系能力者だけは別である。
 国から能力の特殊性を認められた者は、試験免除で学園へ入学することができ、発覚が遅れた場合はごく稀に編入という形が取られるのだ。

「そろそろ行かなくちゃ。校門までは距離がありますし、転入生をお待たせするわけにはいきませんから」
 イヴァルは慌てた様子で礼をし、早足で校門の方へ向かっていく。

「またな、御三方!……おい、待てよイヴァル!」

 セオドアは三人に軽く手を振ってウィンクをし、そのままイヴァルの背を追って駆けていった。

「転入生……どんな方でしょうか。楽しみですわね」
「平民の子だって聞いたよ!」
「どんな方であろうと、初日は不安でいっぱいでしょうから……わたくしたちも、学園に馴染みやすいようお手伝い致しましょう」

 ロベリアが柔らかく微笑むと、セリーヌとリリアンも賛同するように力強く頷いた。

 ――その時、再びひときわ大きな歓声が、学園の空気を震わせた。

「殿下だわ!!」
「きゃああ、側近の皆様まで揃ってる!!」
「朝からこんなの見られるなんて……今日は幸運すぎる……!」

 ロベリアたちが振り返ると、男子寮からロベリアたちへ続く道に、生徒たちの列が自然と左右に割れていた。

 そこへ、ゆっくりと歩を進めてくる六人の影。

 先頭に立つのはもちろん、王太子ラドヴァン・アストレイド・レグナリア。
 十四歳にして、凛とした威厳と落ち着きを備えた若き王子。
 周囲の喧騒すらどこか遠くに感じさせるほどの存在感を放っている。

 その背後に並び立つ五名の側近――“ラドヴァンの盾”。

 若くしてラドヴァンの警護隊副隊長の任命されたアーロン・バルグレイ。稀代の発明家エミリオ・ランス。
 二人はロベリアたちより一つ歳上の四年生。

 そして同学年の三名。
 右腕であり相談役のカミル・ドレイク。
 治癒士としてラドヴァンの体調管理を担うミハイル・ロズレン。
 さらに、代々情報部を司る家系に生まれ、リリアンよりも正確かつ深い情報網を持つヴァイス・クレイン。
 それぞれが独自の能力を誇り、王国中で名を知られている。

 陽光が差し込み、六人のシルエットがまるで後光のように輝いた。

「ラドヴァン様、ごきげんよう」
「おはよう、リア」

 ロベリアが挨拶すると、ラドヴァンは自然と表情を和らげ、笑顔で返す。

「「おはようございます、殿下」」
「セリーヌ嬢、リリアン嬢もおはよう」

 セリーヌとリリアンも続けて挨拶すると、ラドヴァンは丁寧に応じた。

「皆様もおはようございます」

 ロベリアたちは側近五名へも挨拶をし、それぞれから爽やかな返事が返ってくる。

「あら、エミリオ様。襟元に何を付けていらっしゃいますの?」

「ふっふっふ、セリーヌ。よくぞ聞いてくれた! これは通信機だ! このバッジに向かって話せば、同じものを付けた相手へ音声を飛ばせるんだよ! 離れていても秘密の会話ができる! どうだ、すごいだろう! 君にも一つあげよう!」

 エミリオは胸を張り、得意満面でセリーヌに同じバッジを差し出した。

「まぁ……ありがとうございます。ですが、音声はどこから聞こえますの?」
「もちろん、このバッジからだとも!」
「まぁ! ということは、エミリオ様との会話が周囲に丸聞こえではございませんか」
「……っ!! しまった! これでは秘密の会話ができないではないか!!」

 エミリオは頭を抱え、絶望したように肩を落とす。
 セリーヌはくすりと笑い、彼の隣へそっと寄った。

「ふふふ。発想自体はとても素晴らしいですわ。これが完成しましたら、大発明でございましょうね。もしお手伝いできることがありましたら、どうぞお申し付けくださいませ」

 励ますように微笑むセリーヌに、エミリオは一瞬で顔を上げて輝いた。

「またやってるよ。あれのどこが頼れるお兄様なのか、ほんと分かんない……」

 そんな二人の様子を眺めていたリリアンが、呆れ半分で溜息を落とす。

「ん? なんか言ったか、リリー」

 すぐ隣にいたアーロンが問いかけると、リリアンは彼を見上げて言った。

「アーロンとエミリオさんってさ……兄貴分っていうより、どちらかと言うと手のかかる弟分だよねって思っただけ」
「エミリオはそうだろうが、俺がリリーの弟分はねぇな。小さいころ俺の後を必死で追いかけてきては迷子になって、見つけたら泣きながら抱きついてきた小娘がよく言うもんだ」
「わあああっ!! その話は忘れてって言ったでしょ! それに、一歳しか違わないじゃん!」

 顔を真っ赤にして抗議するリリアンを、アーロンは豪快に笑い飛ばした。

「皆さん。婚約者殿とイチャイチャしていないで早く登校しますよ。すでに二分四十秒も時間を無駄にしています」

 カミルが眼鏡をくい、と押し上げながら淡々と告げる。

「毎朝賑やかだねぇ。うん、みんな元気でいいことだよ」

 ミハイルが柔らかな髪を跳ねさせながら笑顔を向ける。

「……僕は早く校舎に入りたい。直射日光がきつい……」

 ヴァイスはフードの端を引っ張り、顔に光が当たらぬよう俯きながらぼそりと言った。
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