2 / 39
1.全ての始まり
しおりを挟む***
昔々……。
海に囲まれたとある小さな島国に、一人のお姫様が暮らしていました。
お姫様の名前はジルといいます。
その姿はとても美しく、その心はとても優しく清らかで……。
そんな彼女は、国中の誰からも慕われていました。
そして愛する家族や友人たちに囲まれながら、ジル姫は毎日をとても、とても幸せに過ごしていたのです。
……そう。
ジル姫の運命を大きく変える、22歳の誕生日を迎えるまでは。
「誰か! 誰かジルを救える者はおらぬのか!」
22歳の誕生日。
ジル姫は突然、原因不明の高熱に倒れてしまったのです。
父である国王は、たいそう可愛がっている娘を何とか救おうと、国中から医者という医者を呼び集めました。
しかし、誰一人として治す事はおろか……原因さえも分からなかったのです。
このままではジル姫は亡くなってしまうと言われ、国王は困り果ててしまいました。
そうしている間にも、ジル姫の容態は悪くなる一方です。
陽が暮れる頃には、息をするのも辛いのか……浅い呼吸を繰り返すばかり。
もはやジル姫が永遠の眠りにつくのは時間の問題だと、口にせずとも誰もが思ったことでしょう。
「誰でもよい! 誰でもよいからジルを……!」
しかし、国王は諦めません。
諦められるわけがありません。
「……あぁそうじゃ!」
動揺し混乱しながらも、国王はある噂を思い出しました。
その噂とは……迷いの森に住む、魔女の噂です。
その魔女は様々な秘薬を持っており、どんな病も治す事ができると言われているのです。
もちろん、それはただの噂に過ぎません。
しかし今、この噂にすがりつくしか道は残されていませんでした。
「魔女ならば、この病を治す薬を持っているかもしれん。さぁ、急いで連れてきてくれ!」
国王の命令に、城の家臣が慌てて身を翻した、その時。
「それには及びません、ワシはここにいますぞ」
その場にいた誰もが驚きました。
それもそのはず。
一体いつからいたのか……黒いローブを着た魔女は、誰にも気づかれることなく、部屋の隅に立っていたのです。
「……確かにワシの持つ秘薬を使えば、姫様の命は助かるでしょう」
「おぉ……! よ、良かった……!」
魔女のその言葉に、国王だけでなくその場にいた誰もが喜びました。
ジル姫は助かるのです。
……しかし、魔女は続けて信じられない言葉を口にしました。
それは、
「だが、姫様はこのまま死んだ方がきっと幸せでしょう」
到底理解できない……残酷な言葉だったのです。
「何をバカなことを…! いいから今すぐジルを助けてくれ! これは国王命令だ!」
まだ22歳になったばかりの、若く美しいジル姫。
死んだ方が幸せだなんて、国王にはとても信じられません。
だから魔女にジル姫を救うよう、理由も聞かぬまま強く命令します。
「……仰せのままに」
国王の命令は絶対です。
魔女はそれ以上何も言えず、命令に従うしかありません。
「これを飲ませれば、じきに回復するでしょう」
懐から淡い緑の液体が入っている小瓶を取り出すと、魔女はそれを国王に差し出します。
そして、
「忠告はしましたぞ」
魔女は最後にそう念をおすと、秘薬を手渡すなり、部屋から出て行きました。
「…………」
そんな魔女に眉をひそめるのは、国王のすぐ隣に立っていた、ジル姫のただ一人の兄だけです。
兄は、すぐに瀕死のジル姫に秘薬を飲ませようとする国王の手をつかみ、首を横に振りながら止めます。
「父上、忠告を聞いたでしょう! 魔女の薬など信用なりません。どんな副作用があるか……」
「副作用? そんなものがなんだ! ジルをこのまま死なせろとでも言うのか!?」
「しかし父上!」
国王は聞く耳を持ちません。
兄の制止を無視すると、秘薬をジル姫に飲ませてしまったのです。
……するとどうでしょう。
血の気のなかったジル姫の顔に、みるみる赤みがさしていったのです。
苦しそうだった浅い呼吸も、あっという間に穏やかで規則正しいものへと落ち着きました。
そして……
「……私は……?」
ジル姫はまるで何事もなかったかのように、静かに目を覚ましましたのです。
ジル姫は助かったのです。
「おぉっ……ジル! ジル!」
「あぁ姫様……良かった!」
国王をはじめ、誰もがジル姫の回復を心から喜びました。
魔女はああ言いましたが、特別ジル姫の体に異常はなさそうです。
……こうしてジル姫は、22歳の誕生日を無事迎える事ができました。
いいえ。
この時はまだ、そう思っていました。
『姫様はこのまま死んだ方がきっと幸せでしょう』
魔女がそう忠告した理由を知るのは
……これより、数年後のこと。
***
「お父様、お話があります」
「何だ、改まってどうしたんだ?」
国王の部屋をノックして入ってきたのは、22歳の誕生日に魔女の薬により命を救われた、ジル姫です。
あれから数年が経ちました。
今ではあの不治の病が嘘のように、ジル姫は病気一つしない健康で幸せな暮らしを送っています。
……しかしジル姫は、いつからか自分の体の異変に気づき始めていました。
衰えも病も知らない、体……。
22歳のあの時から、自分の体はまるで時が止まっているような、そんな気がしてならないのです。
「お父様、私の体は一体どうしたのでしょう……?」
しかし不安なジル姫に対して、国王はさほど心配はしていないようです。
「いつまでも若く美しく見える者は世の中に沢山いるではないか。何も気にする事などないよ」
確かに国王の言う通りかもしれません。
考えすぎなだけでしょうか。
そんなある日の事です。
ジル姫はいつものように、部屋のテラスで大好きな花の手入れをしていました。
「……お父様の言う通り、ただの思い過ごしなら良いのだけど……」
そんな事をボンヤリ考えていたからでしょうか。
「痛ッ……」
手入れの最中に、あやまって花のトゲで指を深く切ってしまったのです。
もちろん、ジル姫の白い指からは真っ赤な血が流れる……はずでした。
しかし、
「……え?」
ジル姫は目を疑います。
それもそのはず。
指の傷はみるみるふさがり、あっという間に癒えてしまったのですから。
「傷が……」
異変は、やはり思い過ごしではなかったのです。
どんな傷でもたちまち治ってしまい、老いる事なく時が止まってしまった体……。
そうです。
魔女の薬により一命をとりとめた代償とは、
【不老不死】という
……生き地獄だったのです。
『姫様はこのまま死んだ方がきっと幸せでしょう』
今頃魔女の言葉の意味に気づいたところで、もはやどうする事もできません。
どうにかできる者がいるとすれば……それは、きっと魔女だけでしょう。
「魔女に、ジルの体を元に戻してもらわねばならん」
秘薬の呪いを知った国王は、魔女を城に連れて来るよう兵士達に命じます。
もちろん、ジル姫の呪いを解いてもらうためです。
しかし……何日、何週間と迷いの森を探しているにも関わらず、魔女は見つかりません。
迷いの森だけでなく、国中のありとあらゆる所を探させても。
それでも魔女は、見つからないのです。
そして……。
魔女が見つからないまま、さらに数十年という月日が流れました。
……時間の流れに逆らうことなく老いてゆく、周りの人々の姿。
そんな皆の姿を、22歳で時が止まってしまったジル姫は、ただただ羨ましく思いました。
それと同時に……いずれ必ず訪れる、悲しい別れ……孤独。
それらを考えるだけで、怖くてたまりませんでした。
ジル姫を支えてくれたのは、家族や城に仕える人々です。
皆がいなかったら、すでに気がおかしくなっていたに違いありません。
「ジル……本当にすまなかった。私のせいで、お前に死よりも苦しい思いをさせてしまった……」
国王は老衰で亡くなる前、うわごとのように何度もそう繰り返しました。
「お父様……! 私は恨んだりしていません、お父様を愛しています……!」
それはジル姫の本心でした。
これは、誰のせいでもないと分かっているのです。
「ありがとう……」
国王はジル姫の言葉に、涙を流しながら微笑みました。
そして、愛する父は、長い長い眠りについたのです。
国王が亡くなって、わずか数日後
あとを追うように、母である王妃も、安らかな眠りにつきました。
最期まで、ジル姫の身を案じながら……。
ジル姫は一人取り残されていく事に、絶望します。
支えてくれた両親はもういません。
兄も孫のいる身、いつまでもそばにいる事はできません。
「……ジルはまた、部屋にこもっているのか」
「はい。……食事をとらずとも、死にはしないと」
食事の席に姿を見せないジル姫に、兄は心配そうな表情を浮かべます。
両親を失ってから、ジル姫は次第に心を閉ざしていきました。
今は食事の席だけでなく、一日中部屋にこもる日が続いています。
……人との関わりを避けたいのです。
人と関わりを持てば、必ず悲しい別れがやってくる事に、自分だけが残されていく事に……ジル姫は耐えられなかったのです。
そんなある日。
「ジル、見せたいものがあるんだ。着いておいで」
「見せたいものって……?」
「着いてからのお楽しみだ」
ずっと部屋にこもっていたジル姫は、久しぶりに兄に城の外へと連れ出されました。
見せたいものとは、一体何なのでしょうか。
「……あぁ、あれだよジル」
「……!」
ジル姫は言葉を失います。
いつの間に造ったのか。
着いた先で目の前に広がるのは、色とりどりの花々が咲き乱れる、美しい庭園だったのです。
「閉じこもってばかりだと体に良くないからね。ここは一部の者しか知らないから、人に会わなくて済む」
「ありがとうお兄様……」
ジル姫は兄に、心から感謝しました。
自分を心配し、わざわざ人目につかない場所へ立派な庭園を造ってくれたのです。
この日以来、ジル姫が部屋に閉じこもる事はなくなりました。
大好きな花の世話をしに、毎日庭園へと足を運ぶようになったからです。
そして兄にこれ以上心配かけないよう、食事の席に姿を見せるようにもなりました。
しかし……やはり兄以外の人間と関わる事は、ありません。
22歳の誕生日から数十年経った今……。
城にいる者ですら、ジル姫の存在を知る者はほんのわずかとなりました。
ジル姫の要望により、彼女は離れにある建物でひっそりと暮らすようになったからです。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる