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2.騎士との出会い
しおりを挟むそれから更に、数年の時が経ちました。
「……ハッキリ言ってくれ。私はもう、長くはないのだな?」
ベッドで横になる兄の質問に、主治医は小さく頷いて答えます。
「……そうか」
ついに、恐れていた日がやってきたのです。
兄もすでに齢六十過ぎ。
いつ病に倒れても、確かに不思議ではありません。
国のことは、息子に任せて問題ないでしょう。
……しかし、ジル姫の事だけが気がかりで仕方ありませんでした。
「私がいなくなったら、ジルは本当の孤独になってしまう……」
息子や孫。
血の繋がりはありますが、彼らはジル姫の事を良く思っていません。
『呪われた姫』
そう、忌み嫌っているのです。
自分がいなくなれば、ジル姫には話し相手すらいなくなる事でしょう。
自ら人との関わりを断っている理由は、痛いほど分かります。
それでも、やはりこのままジル姫を残して逝く事はできません。
魔女の捜索は変わらず続けています。
それ以外に、自分がジル姫にしてやれる事はないのでしょうか。
そして考えた末、
「……騎士ライトをここへ」
兄は、一人の騎士を自分のもとに連れてくるよう、命じます。
「お呼びでしょうか」
しばらくして部屋にやってきたのは、国に仕える一人の若い騎士でした。
金に近い茶髪に甘い顔立ち。
何よりも、優しげな瞳が印象的な騎士の名は――ライト。
名実ともに認められる騎士ライトは、数少ない、信頼のできる人物です。
兄は彼に、ジル姫の事を任せたいと思ったのです。
「こんなことを頼める者は、他にいないのだ。どうか、離れに住むジル姫の話し相手になってもらえないか……?」
「ジル姫……ですか?」
騎士ライトは、初めて聞く姫の名に不思議そうな表情を浮かべます。
「ジルは訳あって人との関わりを避けているから、お前が知らないのも無理はない……。……実は……」
……兄は真実を言うべきか迷い、口ごもりました。
何も知らない方が、ジル姫に対して自然に接してくれると思ったからです。
そんな兄の心情を何かしら察したのか、
「それがあなた様の願いならば、喜んで」
騎士ライトは何も聞かず、微笑んで了承してくれたのです。
「ありがとう……ライト」
「礼には及びません」
騎士ライトは、兄を昔から尊敬していたのです。
ですから理由が何であれ、こうして頼られた事を嬉しく思いました。
それと同時に、少しばかりの不安を胸に抱きます。
というのも……幼い頃から騎士になるための訓練ばかりしてきたため、女性と何を話せばいいのか、さっぱり分からなかったのです。
もちろん、女性と全く話した事がない訳ではありません。
けれど、大抵は騎士ライトが聞き役に徹しているだけで女性は満足しているようでした。
「ちゃんと話し相手がつとまるといいが……」
尊敬する人からの頼みとあらば、何とかするしかありません。
騎士ライトは挨拶をするため、さっそくジル姫の住むという離れへと向かいました。
そして、
「これじゃあまるで、隔離されているようだ……」
レンガ造りの塔を見上げながら、騎士ライトは疑問に思います。
塔は城から距離がある上、“姫”という高貴な身分の者が住むには……あまりに素朴な建物だったのです。
騎士ライトは一旦深呼吸をすると、塔の入口のドアをノックします。
……しかし、しばらく待ってみましたが誰も出てくる様子はありません。
どうやら留守のようです。
「出直すか……」
騎士ライトはあらためて来ることにし、来た道を引き返します。
その途中、来る時には気づかなかった庭園が遠目に見えました。
「……素晴らしいな」
何気なく興味を持って庭園に足を踏み入れた騎士ライトは、その美しさに思わず感嘆の声をあげます。
――まるで花畑にいるような、そんな錯覚を覚えるほど……。
庭園は、美しい色とりどりの花々で埋め尽くされていたのです。
細かいところまで手入れが行き届いており、その一輪一輪が大切に育てられているのだと、花に疎い騎士ライトにでも分かります。
……騎士ライトが花に目を奪われていると。
ーーサァァ……
何か小さな音が、庭園の奥の方から聞こえてきました。
「……水の音?」
騎士ライトはその音にひかれるよう、庭園の奥へと向かってみます。
少し歩いたところで、騎士ライトの目に、ふわふわとした長い髪の女性の後ろ姿が映りました。
どうやら、花に水やりをしている音だったようです。
このまま立ち去るのもどうかと思い、女性に声をかけようとした……その時でした。
「……ッ!」
騎士ライトに気づいて、女性がパッと振り返ったのです。
そして女性と目が合い……騎士ライトは、言葉を失います。
なぜならその女性が、あまりにも美しかったからです。
長いまつげにパッチリとした大きな目、艶やかでふっくらとした桃色の唇……。
息をのむ美しさに、騎士ライトは一瞬にして心を奪われました。
現在、国で一番美しい女性はリナ姫だと言われています。
しかし、彼女の美しさはリナ姫のそれとは比にならないとさえ感じました。
……儚げに咲く、一輪の花。
今にも散ってしまいそうな、そんな儚い雰囲気をまとっている気がしました。
どこか憂いを帯びた表情のせいでしょうか。
「……もしかして、あなたが騎士ライト様ですか?」
騎士ライトは女性に話しかけられ、ハッと我に返ります。
そう、この女性がジル姫だったのです。
そう気づくなり、騎士ライトはジル姫の前にひざまづきます。
そしてソッと手をとると、その甲へと触れるだけのキスをしました。
これは、王族の女性へする当然の挨拶……だというのに。
ジル姫はというと、みるみる頬を赤く染めてしまいました。
(可愛らしい人だ)
恥ずかしそうにうつむくジル姫を見て、素直にそう思いました。
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