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3.兄との別れ
しおりを挟む「も、申し訳ありません、ジル姫」
やましい事は何もないのですが、慌てて手を放して謝ります。
何だか自分まで恥ずかしくなり、騎士ライトは頬が熱くなるのを感じました。
すると、そんな騎士ライトに、ジル姫がほんの少しだけ柔らかく微笑んで。
「……ッ、」
その微笑みに、騎士ライトの胸は高鳴ります。
(ダメだ、この方は仕えるべき姫なんだぞ)
そう……。
ジル姫は、恋をしてはいけない相手。
騎士ライトは、芽生えたばかりの淡いこの気持ちを、封印しなければならないのです。
***
さて。
ジル姫の話し相手を騎士ライトに頼んだ兄はというと、今更ながら少し後悔をしていたのです。
というのも、ジル姫は今、体だけでなく心さえも成長が止まってる状態。
ジル姫が騎士ライトに心を開いたとして……恋をしてしまったら?
もちろんそれは喜ばしい事ではありますが、ジル姫の呪いのことを考えると、そうも言っていられません。
今のままでは、辛い別れが必ず訪れるのですから。
「ライト。ジルとは話せたか?」
ジル姫と騎士ライトが初対面を済ませた翌日、兄は尋ねてみました。
すると、意外な反応をされます。
普段はあまり表情を変えない騎士ライトが、頬を赤く染めているではありませんか。
「あの……はい。とても綺麗で可愛らしい方でした」
どうやら兄の心配をよそに、恋に落ちたのは騎士ライトの方。
その分かりやすい態度に、思わず笑みをこぼしてしまいます。
「そうか。お前の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ。確かに、ジルほど美しい女性は周りにいないからな」
兄の言葉に、さらに騎士ライトは赤くなってしまいました。
(ライトならばジルの呪いを……解いてくれるかもしれない)
何故か分かりません。
何故か分かりませんが、確かにそう、感じました。
「……一つ、伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
ジル姫の話し相手になってほしいと頼まれた時、騎士ライトはその理由をあえて聞きませんでした。
しかしジル姫に会い、何故身をひそめるように生きているのか、気になって仕方ないのです。
ジル姫の事を知りたいのです。
「ジル姫は何故……」
ーートントン
騎士ライトの言葉よりも先に、部屋をノックする音が響き渡りました。
「おじいさま、失礼します。……あぁライト様、やっと見つけました!」
部屋に入ってきたのは、肩まである髪をクルクルに巻いた、人形のような顔立ちの女性……兄の孫娘である、リナ姫です。
どうやら騎士ライトを探していたようです。
「リナ姫。私に何かご用でしょうか?」
騎士ライトはひざまづき、差し出された手の甲に挨拶のキスをします。
(……ジル姫の手は、ずいぶん華奢だったな)
ふと昨日の事を思い出し……少しだけ胸が締め付けられました。
「えぇ。今日も乗馬の練習に付き合ってくださらない? ライト様は教え方が丁寧で分かりやすいんですもの」
「リナ。しばらくライトは私の用事で忙しくなるだろう。他の者に頼むといい」
そう、兄がリナ姫に答えました。
「……そうですか。おじい様の用事なら仕方ありませんね……」
リナ姫は残念そうに言うと、部屋から出ていきます。
騎士ライトに好意を持っているのは、誰の目から見ても明らかでした。
……当の騎士ライトを除いては。
そして再び兄と二人になった騎士ライトですが、もう訓練の時間が迫っています。
「私も訓練があるので、そろそろ失礼します」
「あぁ、では話はまた明日聞こうか」
ジル姫のことを聞きたかったのですが、それはいつでも聞けること。
騎士ライトはそう思い、部屋をあとにしました。
そして、訓練を終えて。
騎士ライトはそわそわした気持ちを落ち着かせながら、今日もジル姫に会いに向かいます。
「姫。やはり庭園でしたか」
ジル姫は先日と同じく、庭園で花に水やりをしていました。
胸の高鳴りを必死に抑えながら、騎士ライトは何か話さなければ、と口を開こうとします。
しかしそれより先に、ジル姫は軽く会釈をすると、すぐに視線をそらして水やりを再開しました。
昨日は挨拶をしてすぐに立ち去ったので気づきませんでしたが……
(嫌われてるのか……?)
どうやら、ジル姫に避けられているようです。
騎士ライトはショックを隠せません。
(昨日……何か気に触る事でもしただろうか?)
無意識でした。
気づいたら手を伸ばし、ソッとジル姫の美しい後ろ髪に触れていたのです。
「……え?」
ジル姫はもちろん驚いた顔をして、振り返りました。
そしてようやく、騎士ライトは自分が何をしているのか気づいたのです。
「あ……あの、髪にゴミが」
慌てて手を引っ込める騎士ライトに、ジル姫は静かに微笑みかけました。
「……ありがとうございます、ライト様」
そんなジル姫の微笑みに、騎士ライトは胸が熱くなります。
そして……この気持ちを封印する事などできないと気づいたのです。
(……想うだけなら、構わないだろうか?)
そばで見守るだけでいいのです。
それ以上は、何も望みません。
ジル姫にどんな理由があり、このような生活をしているかは分かりません。
しかし、どんな理由があったとしても……。
***
しばらく、騎士ライトは水やりをするジル姫を黙って眺めていました。
何か話をしたいのですが、良い話題が何も浮かばないのです。
(……参ったな)
こんな事なら話のネタを考えてから来るべきだった、と騎士ライトが反省していると。
「……ライト様!」
突然、リナ姫の叫びに似た声が聞こえてきたのです。
そして、息をきらしながらやってきたリナ姫は、騎士ライトに抱きつきます。
「リナ姫? 一体どうし……」
「お、おじい様が……! 急に具合が悪くなってしまって……」
ーーカタンッ
今にも泣き出しそうなリナ姫の言葉を聞いて。
……ジル姫は真っ青になり、手に持っていたジョウロを落としてしまいます。
「……お兄様」
ジル姫は震えた声でそうつぶやくと、慌てて城へと駆け出しました。
「ジル姫!」
騎士ライトとリナ姫も、ジル姫のあとに続いてかけだします。
「……ライト、父上は君に話があるそうだ」
三人が部屋の前にたどり着くと、兄の息子である現国王が、深刻そうな表情で言いました。
おそらく……もう残された時間はわずかなのでしょう。
「……はい」
騎士ライトが部屋に入る直前目にしたのは。
……泣くのを必死にこらえるように歯を食いしばる、ジル姫の姿でした。
「失礼します」
部屋の中に入ると、兄以外には誰もいません。
どうやら二人きりのようです。
……先ほど会った時とは打って変わり、兄は息をするのも辛そうな状態でした。
「ライト、お前に話しておかねばならない事がある……」
それはジル姫の事だと、すぐに分かりました。
騎士ライトは黙ってうなずき、兄の言葉を待ちます。
そして……。
「すべての始まりは……もう四十年も前になる……」
――真実を。
全てを、聞きました。
ジル姫が何故、人との関わりを避けるような生活をしていたのか。
……それは、騎士ライトの想像を遥かに超えた理由があったのだと、知ったのです。
ジル姫はこの数十年、どれほどの悲しみと戦ってきたのでしょうか。
どれほどの恐怖と戦ってきたのでしょうか。
「ライト……。どうか、ジルの呪いを解いてやってくれ……。父も私も……救ってやる事ができなかった」
「……必ず。必ず私が、ジル姫の呪いを解いてみせます。
ですから、どうか安心して下さい」
騎士ライトはそう、迷いなく誓います。
これは安心させるための、口先だけの言葉ではありません。
真実を知ったところで、ジル姫への想いに変わりはなかったのです。
心から、ジル姫を救いたいと思ったのです。
「ありがとう……恩にきるよ」
騎士ライトの曇りのない眼差しに、兄は安心したような表情を見せました。
「……お兄様……」
騎士ライトと入れ替わりに部屋に入るジル姫は、今にも溢れそうな涙をこらえながら、最愛の兄に精一杯の微笑みを向けます。
「ジル……。私がいなくなっても、決して絶望しないでほしい……。いつか必ず……何か良い方法が見つかるはずだ」
「……はい」
ジル姫は兄の手を握りしめ、小さく頷きました。
刻一刻と迫る、別れの時。
ジル姫の手は恐怖で震え、止まりそうにありません。
「……大丈夫だ。これからはライトが……私の代わりに力になってくれる」
「……え?」
「彼ならばきっと……お前の呪いを……」
そこまで口にして、兄はまるで眠るように、ゆっくりと目を閉じたのです。
握りしめていたその手が、力なくベッドに沈み。
……ジル姫は、小さく息をのみます。
「……お兄様?」
いくら待っても兄が二度と目覚める事はないのだと、気づきました。
もう、息をしていないのです。
「ッ……」
ジル姫は両親、そしてたった一人の兄の最期までも……看取る事となったのです。
「い、嫌ぁ……! お兄様! お兄様!!」
この瞬間がおとずれることは、分かっていました。
分かっていましたが……。
ジル姫の泣き叫ぶ声に、騎士ライトたちが部屋へとやってきました。
しかし、ジル姫は眠りについた兄から離れようとしません。
「私を一人にしないで……! 私も連れて行って……!! お願い……お兄様……」
死を願うその姿に、その場にいた誰もが口を閉ざします。
どんな言葉を投げかければよいのか、分からないのでしょう。
「ジル姫、」
そんな彼女を見ていられず、騎士ライトは歩み寄ると……強く、ジル姫の体を後ろから抱きしめました。
そして、
「……泣きたいだけ泣いてください」
「ライト様……!」
ジル姫はその腕の中でずっと……ずっと、泣き続けました。
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