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番外編
夢の中で5
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「……シェイド……?」
花畑の中……
ドサリ、とその場に倒れるシェイドにジル姫は息をのみます。
「シェイド! しっかりして……! 一体どうし……」
ジル姫が慌ててしゃがみこんで、シェイドの体に触れようとした
……その時。
--サアアアア……
シェイドの体が、まるで砂のように、サラサラと消え去ってしまったのです。
「……え……?」
これは、夢なのでしょうか。
彼は、ジル姫の願望が見せた、幻だったのでしょうか。
……いいえ。
確かに、シェイドはここにいました。
確かに、存在していたのです。
その証拠に……
彼に触れられた温もりを、ジル姫はしっかりと覚えています。
「ジル姫!」
「……ライト様……?」
戸惑うジル姫の耳に、騎士ライトの声が聞こえてきました。
「大丈夫です、姫。
彼は、シェイドは元の世界に帰ったのです」
駆け寄る騎士ライトが、そう、少し震えた声で話します。
シェイドがいた場所を、どこか優しい表情で見つめながら。
「……元の世界……」
「信じられない話ですが……私が聞いた、彼の世界の話を聞いてくれますか?」
ジル姫もまた、シェイドがいた場所を見つめながら、コクリと頷きました。
目に、涙を浮かべながら。
「……その前に、お願いがあります。姫」
「……はい」
ジル姫には、騎士ライトの願いがなんなのか、すぐにわかりました。
--騎士ライトの血を、一滴でも口にすること。
それが、呪いを解く方法なのだと、シェイドが教えてくれたのです。
「愛しています、ジル姫」
騎士ライトが、とても愛おしそうに、ジル姫の頬を両手で包み込みました。
ジル姫の胸が、うるさいくらいに高鳴ります。
「私も……愛しています」
呪いを解く方法が見つからなかったら……
騎士ライトには、自分のことを忘れて幸せになってほしいと、願っていました。
けれど、本当は。
(……ライト様と……死ぬまで共に生きたい)
……ずっと、ずっとそばにいたいのです。
もし呪いが解けるのなら……
そんなワガママを口にしても、いいでしょうか?
「…………」
騎士ライトが、そっと、ジル姫の唇に自分の唇を重ねてきました。
生まれて初めての口づけは……
血の味が、しました。
***
美しく咲き誇る花畑の中。
騎士ライトとジル姫は、寄り添うように座っています。
ジル姫の目からは、とめどなく涙が流れていました。
棘のある花を持つジル姫の指先からは……赤い血が、塞がれることなくどんどん滲んでいます。
ただただ、その涙が美しいと、騎士ライトは思います。
しかし、やはりジル姫は涙よりも笑顔の方が美しいとも。
「少し……失礼します」
「……え?」
騎士ライトはそうポツリと口にすると
ジル姫の血の滲む指先を、自分の口の中へと入れました。
ビクリ、と驚いて目を丸くするジル姫の頬が、どんどん真っ赤に染まっていきます。
「あ、あ、あの……」
戸惑うジル姫をよそに、騎士ライトはその指先の血を、優しく舐めとります。
そして、
「ん……」
もう何度目かの口づけを、落としました。
呪いが解けた今……
もう、遠慮する必要はありません。
ジル姫は城から追い出され、姫という身分ではなくなりました。
騎士ライトもまた……騎士という身分を捨てるつもりです。
「……姫。一年前の約束を、覚えていますか?」
「約束……?」
長く深い口づけを終えて、ポツリと質問しますが
息を整えるのに必死なジル姫は、ただ潤んだ瞳で騎士ライトを見つめるばかりです。
そんなジル姫に、騎士ライトは愛おしそうな笑みを向けます。
「姫の呪いが解けて元の体に戻った暁には……
どうか私と結婚してほしい、と」
ジル姫は……
ただただ、とても幸せなそうな笑みを浮かべて。
「……もちろんです……!」
涙をポロポロと流しながら、騎士ライトの胸へと飛び込みました。
そんなジル姫の体を、ギュッと強く抱きしめながら。
「幸せにします……。
生まれ変わっても、必ず」
***
シェイドが目を開けると、薄暗い部屋の天井が映ります。
ここがどこなのか、すぐには理解できませんでした。
(……あー……そうか)
長い長い、とても不思議な夢を見ていたのだと気づきます。
まだ夜が明ける前。
時間にしてみれば、ほんの数時間のことでしょう。
……あの夢の続きを思い出し、シェイドは何とも言えない満たされた気持ちになります。
たかが夢。
それでも、ずっと心の奥に引っかかっていたものがなくなり、どこかスッキリとした気がしました。
ゴロン、と隣で寝ているジルの方へと体を寝返りさせてみると、
「……ジル?」
ジルが、涙を流していました。
とても美しい涙に、泣き顔に……シェイドは胸が締め付けられます。
「……どうした? なんか、悪い夢でも見たのか?」
シェイドの問いに、ジルは小さく首を横に振ります。
そして、
「過去……私の呪いが何故か解けていて……
ライト様と生きる夢を見たの……」
そう、ポツリと教えてくれました。
「幸せだったのか?」
「……すごく、幸せだったわ。今と同じくらい……」
今と同じくらい。
当たり前のように言うジルの言葉は、シェイドの抱えていた不安を、あっさりとどこかへ吹き飛ばしてしまいます。
「……まぁ、当たり前か。ライトはオレなんだから」
シェイドの言葉に、ジルはクスリと笑みを浮かべます。
「ふふ、確かにそうね」
二人は見つめ合い、どちらからともなく、唇を重ねました。
そして抱きしめあい、ジルの存在をしっかりとその腕に確認しながら。
「ジル」
「なに?」
「--愛してる」
いつもは照れくさくて言葉にできなかった、この気持ちを……
ジルの耳元で、囁きました。
「……ッ、私もよ、シェイド……!」
ジルは、満面の笑みを浮かべました。
シェイドの好きな、笑顔を。
……あれは、本当にただの夢だったのでしょうか。
シェイドは、夢の中で抱きしめたジル姫の感触を、温もりを今でもしっかりと覚えています。
もしかしたら、あの世界はただの夢ではなく--。
end
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