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三章 抱いた気持ち
(5)同期の気持ち
しおりを挟む翌日。
「おい、真咲。あいつどうにかしろ」
リフレッシュスペースに置かれた自動販売機でコーヒーの抽出を待っていると、荒い足取りで喜田川がやってきた。
「あいつって?」
「久世だよ。あれ本当に隠す気あんのか? 朝からキラキラ四方八方にうざい笑顔振りまいて、プライベートでいいことありましたって顔に書いて歩いてんだろ」
お花飛んでんぞ、と苦々しく顔をしかめる喜田川に私も苦い笑みを返す。
一晩経って実感が出てきたのか、久世は幸福感が抑えきれずにいるらしい。自然と顔が緩んでどうしようもないけど、迷惑かけないように気を付けますねという内容の長文メッセージが今朝になって届いた。
「あは、まぁね……一応周りには仕事がうまくいって機嫌がいいように映ってるみたいだから」
「さいですか」
「昨日は仲良く一緒に帰ったの?」
「おお、仲良く殴り合った」
「え」
「冗談に決まってんだろバァカ。……駅前でちょこっと飲んで別れただけ」
「へぇ」
「……変わってんな、あいつ」
「ひれ伏したくなったか?」
誰がだと軽く肩を小突かれ、自然と笑い合う。完成したペーパーカップを取り出したところで、喜田川も小銭を出して私を同じブレンドのボタンを押した。
「おまえらのことは黙っとくわ」
ポケットに手を突っ込みながら、調子を外した電子音でコーヒーの出来具合をお知らせする機械を眺めて喜田川は言う。
「ありがとう……それから、ケーキも。美味しかった」
「なら、よかった」
「二個あったから、昨日の夜一個食べて、朝も食べてきた」
「上がり込んで俺も一緒に食うつもりだったからな」
「……そうだったんだ。ごめんね、知らなかったとはいえ、もしかしてずっと喜田川に余計なこと言ってたかも」
「別に。──俺が勝手に臆病になってただけだ。気が合ってお互いなんでも話すダチみたいな間柄だったけど、学生でもあるまいし仕事で毎日顔合わすのに、気持ち伝えてギクシャクするのを避けたかった。おまえは谷原さんにずっと惚れてんだろうなって思ってたから、だったら仲のいい同期としてでかい顔しとくか、みたいな。谷原さんに情けなく振られたところにつけこむ作戦だったんだよ」
「普通に彼氏いたときもあったのに、そんな谷原さんしか見えてないみたいに映ってた?」
「俺があの人には勝てねぇから、おまえから話聞くたび勝手にそう思い込んでたのかもな。ただの憧れって言われりゃその通りに思えるし。それに彼氏って、三年くらい前の商社の男だろ? ありゃ周りに焚きつけられて、さほど好きでもないのに条件で選んだ奴だった。おまえは毛並みのいい猫かぶってたみたいだし? だから、すぐ別れんだろうなって。結果、案の定」
確かに案の定だった。
「まぁ、今回は違うっぽいから。どうなるのか見物だな」
カップを片手に喜田川とオフィスに戻れば、目ざとくこちらを向いた久世と目が合った。彼がよくそうしてくれるのを真似て、静かにそっと微笑んで見せると嬉しそうに色の薄い瞳が細められる。
──かわい。
お互い隠さなくてはならない立場なのに、些細なやりとりでこんなふうに気持ちを溢れさせていては先が思いやられる。考えていたより私は重症のようで、年上として上司でもあるのだから気を引き締めなければならない。
まぁ堅いその決意も、週末となって有無を言わせず引きずり込まれた久世の部屋で、ただの女にされてしまっては意味などなかったのだけれど。
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