~戀~ いとしいとしというこころ

あおごろも

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バレンタインの話

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 玄関のドアが閉まる音が、部屋の奥まで響いた。

「……はい」

 少し間を置いて差し出されたのは、小さな紙袋だった。
 中身を確かめなくても、何かはわかる。
 この時期、この関係で渡されるもの。

「……これあげるから」

 合わされない視線は、一瞬、迷子のように宙をさまよった。

「……今日はさ、俺のこと、めいっぱい甘やかしてほしいんだ」

 冗談めいた調子を装っているが、声に張りがない。
 隠しきれない疲れが滲んでいる。
 笑おうとしている、その表情は限界が近い人間のそれだった。
 ずっと無理を重ねてきた、その痕。

 靴を脱ぐと、そのまま床に座り込んだ。
 力が抜けたみたいに、背中を壁に預ける。

 しゃがみ、目線の高さを合わせる。

「今日も一日、おつかれさま」

 腕を回し、抱き寄せる。
 このまま冷たい壁に寄りかかるより、体温がある俺のほうがいいだろう。

「ちゃんとやってることも、いつも頑張ってることも、知ってる」

 背中に当てた手で、ゆっくりと撫でる。

「話してくれるなら聞くよ。話したい気分じゃなかったら、それでもいい。お互い、黙ってても気まずくならないのは知ってるだろ」

 前向きな言葉も、整った態度も、今は必要ない。
 力が抜けるまで、ただ時間を共有するだけ。

 腕の中で、冬の風を含んだコートが、部屋の空気に馴染んでいく。
 冷えがゆっくりと抜けていくのと同時に、張りつめていた空気も溶けていく。
 呼吸も少しずつ緩んでいきーーふたりの体温が、ようやく同じところに落ち着いた頃。
 合図みたいに、腕に手が添えられた。
 それを受け取って、ゆっくりと腕をほどく。

「チョコ、いっしょに食べよう。あったかいの入れるよ」

 少し照れたように頷く様子に、そっと安堵した。

 別に、チョコがなくても甘やかすことくらいする。
 イベントがなくても、隣にいる理由には困らない。
 それでも。
 弱いところを見せるのが苦手なこの人が、2月14日を理由に、弱っている自分を許せるのなら。
 バレンタインデーは、やっぱり大切な日だ。
 そう、思った。
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