影の織り手たち

あおごろも

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【序章】

影のはじまり

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 士官学院は〈選ばれた者〉のための場所だった。

 貴族の子弟、推薦を受けた平民、あるいは資質の異能を見込まれた者たち。
 肩書も素性も混在する中で、彼らはただひとつの共通点ーー〈役立つ存在であること〉を求められる。
 等級、寮、役職、成績。
 あらゆる指標が数値化され、評価に晒され、序列が構築される。
 そのなかで、彼らは兵として、指揮官として、あるいは〈それ以外の存在〉としてふるいにかけられていく。
 能力者の訓練は個別機密扱いであり、演習と試験のすべては意味をもって設計されている。
 裏と表が交錯し、正解のない問いだけが日々突きつけられる場所。

 それが士官学院だった。



 ルクス・フロレンが士官学院に入学したのは、雪の名残が芝の端にかすかに残る、春の初めだった。
 彼は寮棟の一室へ案内された。

「君の部屋はここだ」

 寮監がそう言ってドアをノックする。
 中から応じる声があると、寮監はルクスに中へ入るよう促し、早々にその場を去った。

 ルクスがドアを開けると、中には少年が一人。

 カスパル・レイスーー同い年だが、ルクスより一年早く入学していた上級生。
 制服の着崩しもない端整な装いに、無言で書類をめくる指先は冷たく無機質に見えた。

 ルクスは息を吸い、にこりと微笑んで言った。

「今日からお世話になります。ルクス・フロレンです」

 カスパルは顔を上げなかった。
 そのかわり、手元の書類を閉じ、ゆるく一度だけ頷いた。

「……カスパル・レイス。あとは自分で勝手にどうぞ」

 それきり、彼は再び黙りこくってしまった。
 それでも、ルクスの中で、小さく鳴るものがあった。

ーーこの人は、たぶん、見てる。

 そう思った。



 それからの日々、ルクスは黙々と、生活のリズムを覚えていった。
 朝の点呼、座学、訓練、食堂での静かな食事。
 寮へ戻ればカスパルがいて、必要最小限の言葉と、綺麗に区切られた私物たちがあった。
 ふとした瞬間に交わす会話は、短く、けれど意外と悪くない。

 ある夜。
 まだ眠れずにいたルクスが、ぽつりと呟いた。

「……君って、人と話すの、嫌い?」

 カスパルはベッドから天井を見つめたまま、言葉だけを返す。

「話す相手による。会話が必要ないと思えば、しないだけ」
「僕は、話せるなら話したい方かな」
「なら、話せばいい」

 カスパルの言葉には、無駄がない。
 その分だけ、言わなかった言葉の余白が、妙に深く残る。

 士官学院では、立場や地位が、他者との距離感に影響する。
 カスパルは、すでに特別な存在だった。
 冷静な判断力と、訓練での的確な指示。
 公式な役職が与えられるよりも早く、彼の影は場の空気さえ変える重さを帯びていた。

「カスパル」

 この部屋で名前を呼んだのは、これが初めてだった。

「君は、どうして士官学院に来たの?」

 ルクスの唐突な問いかけに、カスパルは少しの間を置いて、静かに答えた。

「選ばれたから。……それだけだよ」

ーー選ばれたから、か……

 ルクスは、その言葉が少しだけ眩しく思えた。

 自分の中にも、確かに同じ理由があった。

 だからこそ、この学院での居場所を、自分の手で掴まなければならなかった。
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