舞風学園演劇部 1年編 青春の開演

舞風堂

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第一章 始まりの章

第六幕 燃え尽き症候群 

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 部活動PRウィークの初公演を無事に終えた舞風学園演劇部。その日は公演の打ち上げが放課後の多目的室で行われることになっており、ひのりは教室から向かう途中であった。

「本宮さん!」

 声をかけられ振り向くと、A組の女子が友達と一緒に駆け寄ってきた。

「昨日の劇、すごく良かったよ! 感動して泣きそうになった!」

「ありがとう、観てくれてたんだね」

「うん! あんなに本気でやってる演劇、初めて観たかも。舞風の誇りだよ!」

「……そんな大層なものじゃないけど、嬉しい」

 手を振って去っていく背中を見ながら、ひのりはそっと息をついて多目的室へと入っていく。
 
 多目的室の照明は穏やかに灯され、テーブルの上にはコンビニのお菓子やペットボトルのジュース、そして部員たちが持ち寄った差し入れが並んでいた。

「というわけで――演劇部、初公演、おつかれさまでしたー!」

 パチパチパチッ、と控えめながらも賑やかな拍手が響く。

「ささやかだけど、打ち上げよ」と七海が言いながら、ポテトチップスの袋を開けると、すかさず紗里がジュースを持って乾杯の音頭を取った。

「はいはい、じゃあ皆で、かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」

 ペットボトルと紙コップが軽くぶつかる音が響き、思い思いにお菓子をつまみ始める部員たち。

 その中で、ひのりは少し離れた椅子に腰掛け、窓の外をぼんやり眺めていた。

 唯香が持ってきたノートパソコンには、昨日の本番の映像が映っている。
 ナレーションに始まり、ミコリア姫が起き上がる第一幕の冒頭――
 あのときの緊張と高揚が蘇るようだった。

「……こうして見ると、私の声、ちゃんと出てたんだね……」

 みこが映像を見ながら、ポツリと呟く。

「うん。動きも自然だったし、表情も良かったよ」と唯香が答える。

 七海も頷きながら言った。

「ひのりの“なんだこの衣装!?”のとこ、テンション完璧だったわ。観客も笑ってたし」

「サリナの“変な生き物拾った~”も絶妙だったよね~!」

 紗里が自分で言って笑いながら、ポテチを口に放り込む。

 誰もが笑顔で、昨日の舞台の話題に花を咲かせていた。

 ……ただ一人を除いて。

 ひのりは笑わず、映像の中の自分をじっと見つめていた。

「……すごいよね、昨日の私たち。あんなの、本当に自分たちがやったのかな……」

「え? ひのり?」

 紗里が首を傾げる。

「いや、うん。うまくいったのは、わかってるんだけどさ……。なんか、こう……終わっちゃったっていうか。燃え尽きたっていうか……」

 ひのりの言葉に、一瞬だけ、部室の空気が静まった。

「……“燃え尽き症候群”ね」
七海が呟く。
「演劇って、リハも練習も全部が“本番”に向かってるから。終わるとぽっかり空くのよ。しかも私たち一期生だから、先輩の背中も参考にできないし、余計に」

「……うん、そうかも」

 ひのりは笑おうとして、少しだけ口角を上げた。

「今までずっと、“伝説作るぞー!”って、頭の中そればっかで……終わった今、なんか、次に何をしていいかわかんなくなっちゃった」

 唯香が静かに口を開く。

「でもひのり、それって“ちゃんとやりきった”からこそ、感じることじゃない?」

「……やりきった、か」

「うん。だからこそ、次の舞台が必要なのよ。そこに向かって、また動き出せばいい」

 七海が横からチョコクッキーを渡しながら笑った。

「ほら、燃料切れてるなら、糖分補給からどうぞ」

「……ありがと」

 ひのりはチョコクッキーを一枚取って、ぽりりと口に入れた。

 部室に響く笑い声と、画面に映る“昨日の自分たち”。
 そこには確かに、ひのりの“最高の瞬間”が刻まれていた。
 でも――それは“終わった物語”じゃない。
 一期生として、まだ誰も歩いていない道を進む物語のはじまりなんだ。

 テーブルの上では、ポテチやグミの袋が少しずつ軽くなっていた。
 皆が順番に、本番での思い出を口にし始める。

「ねえねえ、私の“起きて~!”のセリフ、客席のみんな笑ってたよね? あれ地味に嬉しかった~」

 と紗里が語ると、みこが「……“起きない~!”って声も聞こえてたよ」と、ぽそっと返す。
「サリナの“神……かな?”ってところ、完全にウケてたじゃない」

 と七海が言うと、紗里はどや顔でピースを決めた。

「でしょでしょ? あそこアドリブに近かったけど、七海ちゃんの脚本がちゃんとしてたから、ちゃんと“返し”ができたんだよ~」

「……演劇って、ほんと“みんなでやるもの”なんだね」

 みこがぽつりと呟くと、誰もが自然と頷いた。

 そして――

「……それって、やっぱりひのりのおかげでもあると思う」

 唯香が、ぽつりと語った。

「一番最初に、“伝説作ろう!”って言ったの、ひのりだったし」

 七海も同意する。

「正直、最初は“無理でしょ”って思ったけど……あの勢いと発想がなかったら、私たち動けなかった。感謝してる」

「私も……ひのりちゃんが引っ張ってくれたから、頑張れたよ……」

 みこが、小さな声で添える。

 紗里も笑いながら、手を挙げた。

「ってことで、今日の主役、ひのり~!」

「えっ……えっ、わたし!?」

 突然の流れに戸惑いながらも、ひのりは周囲を見る。

 みんなが笑っている。

 みんなが、自分を見ている。

 心の奥に、小さな熱がふつふつと戻ってくるのを感じた。

 ――ああ、そうだ。
 私、やっぱり……“演じること”が、好きなんだ。

 ひのりは立ち上がり、胸を張った。

「えへへ……ありがと。でも、あれはほんとにみんなで作った伝説だから。私一人じゃ何もできなかったし!」

「謙遜しすぎ~!」

「……でも、ひのりらしいね」

「じゃあ次は、ひのりの“新たな伝説”に期待だね!」

「えっ、もう次!? はやっ!」

 と笑いながらも、ひのりはまた“何か”が動き出す予感を、胸の奥に感じていた。

 次の舞台、次の物語。

 まだ何も決まってないけど――
 この仲間となら、きっと、また“面白いこと”ができる気がする。

 そして、ひのりは小さく拳を握り、言った。

「よーし……今度こそ、もっとすごい伝説、作っちゃおっか!」

「出た、ひのりの口癖~!」

 部室にまた、笑い声が戻ってくる。

 ひのりはその中心で、ようやく、心からの笑顔を見せていた。

 部室の扉が、コンコンと軽くノックされる音とともに開いた。

「失礼するわね」

 現れたのは――音屋先生。手には紙袋がひとつ。

「先生……!」

「おおっ、女優降臨!」

 紗里が冗談交じりに立ち上がると、先生はにこやかに紙袋を掲げた。

「今日の打ち上げに差し入れ。ノンアルのスパークリングよ。未成年でも安心」

「わぁ~~!」

「ありがとうございます!」

 先生が椅子に腰を下ろすと、七海が問いかける。

「先生……ひとつ、聞きたいことがあるんです」

「なにかしら?」

「どうして、魔女ヴェルダ役を自分でやるって言い出したんですか?」

 その問いに、音屋先生は少しだけ目を細めて、穏やかに語り出す。

「前にも話したけど……昔ね、私も“演じる側”だったのよ。芸術大学で、ミュージカルを専攻してて。舞台女優を目指してたの」

「え……!?」

 思わず、ひのりが声を漏らす。

「でも、ある時ふと、気づいたの。“自分はたぶん、選ばれない側かもしれない”って……夢は諦めて教職の道に進んだのは、そういう理由よ」

「……それで先生に?」

「そう。でも、夢を完全に捨てたわけじゃなかった。“もしも”の気持ちは、ずっとどこかに残ってた」

 先生はそう言ってから、演劇部の面々をゆっくり見渡す。

「あなたたちの練習を見ていて――その“もしも”が、また動き出したのよ。心の奥に眠っていた情熱が呼び覚まされたわ」

「……先生」

 ひのりが、ぽつりと呟く。

「……あの舞台には、たしかに“本物の女優”がいました」

 照れくさそうに笑いながらも、先生は頷く。

「ありがとう。でも本当に主演だったのは、皆さんよ。舞風学園一期生、最初の舞台に立ったあなたたち」

 七海が続ける。
「確かに……“私たちしかやれない舞台”だったと思う。だって、先輩もいない。モデルケースもない。ゼロから作った舞台だもの」

「そうだね! 演劇部の“第1号舞台”だよ!」
紗里がグッと拳を握る。

「……なんか、誇らしい」
みこが小さく呟き、頬を赤らめた。

 先生は頷きながら言う。
「だからこそ、あなたたちが次に何を作るかが大事になる。第一号の伝説は始まったばかりよ」

「それからあともう一つ。……本番前のリハーサルで、誰よりも緊張していたのは、ひのりさん、あなたよ」

「えっ!? バレてた!?」

「目が泳ぎすぎてて、“このままカーテンに隠れるんじゃないか”って思ったくらいよ。でも、その直後、ひのりさんが皆に“楽しもうね!”って言った。その言葉で、空気が変わった」

 七海が微笑んで言う。

「それ、私も思った。“あ、これなら大丈夫だ”って」

「……うん、私も……あれで力もらった」

 ひのりは、照れくさそうに笑う。

「でも実は……公演終わってから、少し燃え尽きてたんだ。……伝説作っちゃったな~、って。なんか、それで満足しちゃって」

 その言葉に、静かに先生が頷いた。

「達成感は大事よ。でも、それが“終わり”ではなくて、“始まり”に変わるとき……演者として一歩、進めるの」

 そして、先生はひのりの目を見つめながら、続けた。

「本宮さん。あなたがこの部を、ここまで引っ張ってくれたの。あなたの“最初の一歩”がなければ、誰も舞台に立てなかったわ」

「……うん」

 ひのりは大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。

「ありがとう、先生。……また、次の物語、作りたいって思えたよ」

 拍手が自然と起こる。

 唯香がスパークリングをみんなに注ぎながら、静かに言う。

「じゃあ、改めて乾杯しましょう。“第一回公演・大成功”と、“次の物語”に」

「かんぱーい!!」

 紙コップが軽やかにぶつかり合う音が、部室の中に響いた。

(私は、舞台が好きだ。演じることが、好きだ。 だから――また、ここからだ)

 カーテンの向こうにある、まだ誰も知らない物語の続きを、ひのりは今、見つめている。

 テーブルの上には、ジュースの空き紙コップとお菓子の袋、そしてスマホで撮った舞台写真がずらりと並ぶ。

「ねぇこれ見て、私のジャンプした瞬間! ちゃんと浮いてない?」

 紗里が画面を拡大して見せると、

「いや、それ“ジャンプ”というより“滑って転びかけてる”でしょ」

七海が即ツッコミ。

「ちょっ、マジで!? あたしの勇姿が~!」

 笑いが広がる中、みこは自分が写っている一枚に目を止める。

「……これ、“どこですか”って言ったときの……」

 そこには、静かに森の中で目覚める“ミコリア姫”の姿があった。見開かれた目と、不安そうな手の動き。その一瞬が、物語の始まりを象徴していた。

 紗里がジャンプ写真で盛り上がり、ひとしきり笑いが起きたあと──

「……ねぇ、そういえばだけどさ」

 七海が紙コップを置き、思い出したようにひのりを見た。

「本番直前のひのり、あれ……マジでやばかったよね」

「えっ!? ちょ、な、なに!?」
 ひのりは椅子から半分浮き上がる。

「鏡の前で、“ひのりん行ける行ける行ける……”って、自分にめっちゃ気合入れてたじゃん。あれ、完全に修行僧だったよ」

「言わないでぇぇぇ!!」

 耳まで赤くして叫ぶひのりを見て、紗里が噴き出した。

「そうそう! あたしも見てた~! なんか全身で“気”を溜めてるのかと思った!」

「……あれで逆に落ち着いたんだけどね……」
 ひのりは小さく呟いたが、声は皆に届いていた。

 唯香がくすっと笑って言う。

「でも、あれが“空気を作った”のよ。ひのりが緊張してるってわかった瞬間、なんか……安心したんだと思う。私たちも同じなんだって」

 みこも、こくりと頷く。

「……うん。あれ見て、“大丈夫……みんな緊張してる……”って思えた……」

「やーめーてー!! 忘れてよその話は~~!!」

 ひのりが両手で顔を覆うと、七海が笑いながら続けた。

 部室に笑い声が広がる。

 それは“伝説を作った瞬間”よりも、ずっと温かくて、人間らしい時間だった。

「みこちゃん、あれめっちゃ良かったよ。空気が変わったもん、あの一言で」

 ひのりが笑顔でそう言うと、みこは少し照れたように俯いた。

「……演じてる時、私、自分でもびっくりするくらい……言葉がすらすら出てきたの。普段じゃ考えられないくらい」

 唯香が、その様子を見守りながら言う。

「役に入り込むことで、自分でも知らなかった自分に会えるのよ。舞台って、そういう場所」

「私も……“ヒノリス”って、ちょっとだけ“なりたい自分”だったかも。普段はさ、空回りすること多いし、みんなに迷惑かけるし……でもステージの上では、ちゃんと“誰かを引っ張る役”になれた気がして……」

「空回りしても、あんたの勢いに救われたとこあるから」

 七海が、ふっと笑って言った。

「そーそー! あたし、ひのりがいなかったら“精霊やります!”なんて絶対言ってないし!」

「うん……ひのりちゃんがいたから、勇気もらえた」

 ひのりは一瞬、言葉に詰まって――

「……ありがと」

 その一言だけが、素直に出てきた。

 唯香が、手に持っていた紙コップをふっと掲げる。

「じゃあ、ここで“次の一手”を宣言してもいい?」

「お?」

「“みんなで、順番に主役を演じる”。つまり――“各自の物語を舞台にする”ってのはどう?」

「えっ、それめっちゃ面白そう!!」

「完全に次回予告じゃん!」

「ねぇねぇ、じゃあ誰から?」

その時、紗里がぴしっとひのりを指差した。

「決まってるでしょ~。“フォーカス・オン・ひのり”! 次回の主演はこの人で~す!」

「えぇぇ!? いきなり私!?」

「順番でしょ。“伝説の始まり”をぶち上げた張本人なんだからさ~」

「しかも今回、“演劇って何?”って悩んでたじゃん。つまり次は、ひのりが“演じる意味”と“自分の過去”に向き合う番ってことよ」

 七海が真面目な顔で乗っかる。

「ちょ、もうみんな勝手に話進めすぎ~~!!」

 ひのりが笑いながら叫ぶ。

 でも、その顔には確かな決意とワクワクがあった。

(また、演じたい――)

(もっと、自分を知りたい――)

 紙コップがもう一度と合わさる。

 その音が、次の“物語の始まり”を静かに告げていた。

 ――続く。
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