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田島の回想 その1
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ピピピピピピピピピピピピピ
目覚ましのアラームが鳴っている。布団から手だけを出し、周囲を探ると、
指先が目覚ましに触れた。スイッチを押してアラームを止める。
細く目を開くと、目覚ましの針は朝の五時半を指していた。
もそもそと布団から這い出て、大きく伸びをする。
ここは駐在所の二階。我が家だ。
壁際のミニテーブルには、恋人だった美香の写真と、彼女に渡すはずだった
結婚指輪が置かれている。
「おはよう、美香」
毎朝通りに美香におはようを言う。「おはよう」と返してくれたりはしないが、
死んでしまっていても、おはようくらい言っていいだろう。
エアコンの暖房を入れて、食パンにジャムを塗り、一人ちゃぶ台で黙々と
食べる。
美香とは高校の同級生だった。高校3年の冬に、俺が告白した。
美香は恥ずかしそうに顔を赤く染め、「よろしくお願いします」と言ってくれた。
高校卒業後、俺は警察学校に入って警官になり、
美香は短大を卒業して札幌の大手食品会社に就職した。
俺は札幌の警察官の独身寮に、美香は札幌市内のアパートに暮らしていた。
俺の誕生日には手作りのケーキを持って、お世辞にも広いとは言えない
独身寮の俺の部屋を訪ねてくれた。
そんな日々が二年ほど続いたある日、美香は困った顔で「ストーカーがいる」
と言ってきた。
美香をストーカーしているのは美香の短大時代の一年先輩で、
告白されて断わったが、しつこく付きまとってくるのだという。
だがその頃俺は仕事が忙しく、あまり美香の相談に乗ってあげられなかった。
美香の誕生日の日、俺と美香は札幌市内の豊平川沿いの公園で待ち合わせをしていた。
俺は給料をつぎ込んで買った結婚指輪をコートのポケットに隠し、
待ち合わせ場所に向かった。プロポーズするつもりだった。
時刻は夜の七時ごろ、公園の街灯が周囲をぽつぽつと照らし、豊平川の向こうに
札幌の中心部の明かりが見えていた。
「仕事が早く終わったから先に待ってるね」とメールが来ていたので、
美香は既に待ち合わせ場所のベンチにいると思っていた。
だが、そこに美香はいなかった。周囲を見回しても、人影は無い。
電話しようとポケットからスマホを取り出したとき、美香から新着のメールが
来た。
「あの男 きた たすけて」
慌てて打ったらしい平仮名だらけのメールを見て、嫌な予感がしたとき、
公園の反対側から、ドサッと何かの落ちる音が聞こえてきた。
慌てて音のした方向に向かうと、豊平川の河川敷に降りる長い階段が続いていて、
その一番下に、美香がうつ伏せで倒れているのが見えた。
「美香!」
階段を駆け下り、美香に駆け寄り、抱き起こした。
「!」
美香の額はぱっくりと裂け、どくどくと血が噴き出していた。
傷口を抑えたが、抑えている手の指の間から、生暖かい鮮血はとめどなく
流れ、俺の手を赤く染めていった。
「美香・・・・・美香・・・・・・美香!」
どんなに呼びかけても、美香は眼を開かなかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
冷たくなっていく彼女の体を抱きしめながら、俺は絶叫した。
いっそのこと狂ってしまいたかった。
狂ってしまったらどんなに楽か。
だが狂えなかった。
目覚ましのアラームが鳴っている。布団から手だけを出し、周囲を探ると、
指先が目覚ましに触れた。スイッチを押してアラームを止める。
細く目を開くと、目覚ましの針は朝の五時半を指していた。
もそもそと布団から這い出て、大きく伸びをする。
ここは駐在所の二階。我が家だ。
壁際のミニテーブルには、恋人だった美香の写真と、彼女に渡すはずだった
結婚指輪が置かれている。
「おはよう、美香」
毎朝通りに美香におはようを言う。「おはよう」と返してくれたりはしないが、
死んでしまっていても、おはようくらい言っていいだろう。
エアコンの暖房を入れて、食パンにジャムを塗り、一人ちゃぶ台で黙々と
食べる。
美香とは高校の同級生だった。高校3年の冬に、俺が告白した。
美香は恥ずかしそうに顔を赤く染め、「よろしくお願いします」と言ってくれた。
高校卒業後、俺は警察学校に入って警官になり、
美香は短大を卒業して札幌の大手食品会社に就職した。
俺は札幌の警察官の独身寮に、美香は札幌市内のアパートに暮らしていた。
俺の誕生日には手作りのケーキを持って、お世辞にも広いとは言えない
独身寮の俺の部屋を訪ねてくれた。
そんな日々が二年ほど続いたある日、美香は困った顔で「ストーカーがいる」
と言ってきた。
美香をストーカーしているのは美香の短大時代の一年先輩で、
告白されて断わったが、しつこく付きまとってくるのだという。
だがその頃俺は仕事が忙しく、あまり美香の相談に乗ってあげられなかった。
美香の誕生日の日、俺と美香は札幌市内の豊平川沿いの公園で待ち合わせをしていた。
俺は給料をつぎ込んで買った結婚指輪をコートのポケットに隠し、
待ち合わせ場所に向かった。プロポーズするつもりだった。
時刻は夜の七時ごろ、公園の街灯が周囲をぽつぽつと照らし、豊平川の向こうに
札幌の中心部の明かりが見えていた。
「仕事が早く終わったから先に待ってるね」とメールが来ていたので、
美香は既に待ち合わせ場所のベンチにいると思っていた。
だが、そこに美香はいなかった。周囲を見回しても、人影は無い。
電話しようとポケットからスマホを取り出したとき、美香から新着のメールが
来た。
「あの男 きた たすけて」
慌てて打ったらしい平仮名だらけのメールを見て、嫌な予感がしたとき、
公園の反対側から、ドサッと何かの落ちる音が聞こえてきた。
慌てて音のした方向に向かうと、豊平川の河川敷に降りる長い階段が続いていて、
その一番下に、美香がうつ伏せで倒れているのが見えた。
「美香!」
階段を駆け下り、美香に駆け寄り、抱き起こした。
「!」
美香の額はぱっくりと裂け、どくどくと血が噴き出していた。
傷口を抑えたが、抑えている手の指の間から、生暖かい鮮血はとめどなく
流れ、俺の手を赤く染めていった。
「美香・・・・・美香・・・・・・美香!」
どんなに呼びかけても、美香は眼を開かなかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
冷たくなっていく彼女の体を抱きしめながら、俺は絶叫した。
いっそのこと狂ってしまいたかった。
狂ってしまったらどんなに楽か。
だが狂えなかった。
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