人食い熊、襲来！

田島の回想 その3

翌日、俺はストーカー男から聞き出した証言を録音したレコーダーを、
捜査本部に提出した。
たとえ脅迫罪で捕まろうとも、あの男が逮捕できればそれでいいと思っていた。
しかしいつまでたっても、捜査本部は動こうとしなかった。

一週間後、俺は札幌中央署の署長に呼び出され、署長室に入った。
そこで署長から聞かされたのは、驚くべき内容だった。
容疑者のストーカー男は、地元の札幌では有名な国会議員の甥っ子だったのだ。
甥っ子が逮捕されたとなれば、その国会議員のイメージに傷がつく。
選挙を間近に控えていたその議員が、自分のイメージに傷がつくのを恐れ、
警察上層部に圧力をかけていたのだ。
捜査本部が動けない理由はそれだったのだ。

理不尽に命を奪われた美香と、その議員の好感度が同じ天秤にかけられ、
天秤は議員の好感度に傾いた。
「田島巡査。残念だが、警察はその容疑者を逮捕することはできない。
諦めてくれ」
署長の声が、どこか遠くで聞こえた気がした。

非番の日、俺はポケットにバタフライナイフを忍ばせ、男のアパートに向かった。
警察が男を裁くことはできない。
なら俺がこの手で罰を与えてやる。

男が帰ってくるのを待ち伏せ、男の喉を切り裂く。
そして俺も美香のところに行こう。

だが、俺は捜査本部の刑事たちに尾行されていたのに気づかなかった。
凶行に走るかもしれない危険人物として、俺はマークされていたのだ。

帰宅してきた男に襲い掛かった俺は、4人の屈強な刑事たちに捕らえられた。
「くそ、離せ！ 離せえええええ！」俺は刑事たちに組み伏せられ、
バタフライナイフをもぎ取られながら、必死に叫んだ。
「そいつは美香を殺したんだ、そいつをぶっ殺して俺も死ぬ！」
だがそれは叶わなかった。
俺は美香のいるところには行けなかった。

きっと殺人未遂で逮捕されるだろうと思っていたが、俺は捕まらなかった。
恋人を殺した犯人を殺そうとして現職警官が逮捕されたりしたら、
騒ぎが大きくなる。
それを恐れた警察は、俺を逮捕せず、すべてを隠蔽することにした。
俺は、札幌から遠く離れたM村の駐在所に異動になった。

この事は、村の誰にも話していない。