19 / 28
19
しおりを挟む
「待って! 待ちなさいよぉぉ!!」
衛兵に両脇を抱えられ、今まさに執務室から引きずり出されようとしていたミミー・ピンキーが、火のついたような悲鳴を上げた。
その形相はもはや「可愛げのある令嬢」の欠片もなく、化粧は崩れ、髪は振り乱されている。
「私は悪くないわ! 全部、全部ジェラルド様が悪いのよ!」
「なっ……なんだと、ミミー!」
同じく連行されかけていたジェラルドが、情けない声を上げる。
ミミーは逃れようともがきながら、汚物を見るような目で王子を睨みつけた。
「そうよ! この人が『金ならいくらでも用意してやる』なんて見栄を張るから! なのに、いざとなったらスコットお姉様に予算を削られて、一銭も出さないんだもの!」
「それは、国庫の状況が……」
「うるさいわよ、この無能! 私が借金取りに追われてるって言った時、貴方はなんて言った!?『愛があればパンがなくても平気だ』!? 笑わせないでよ、パンどころか小麦粉すら買えないわよ!」
ミミーの口から飛び出す罵詈雑言の嵐に、野次馬の貴族たちは呆気にとられている。
「だから私は、バロンに相談したのよ! そうしたら彼が『王子にサインさえさせれば、スコットを追い出して金も手に入る』って……!」
「ミミー、貴女……」
私は冷めた目で彼女を見下ろした。
「バロンに利用されていることにも気づかず、私への私怨で動いたわけか。……非効率極まりない」
「うるさいわよ、効率効率って! あんたがジェラルド様を甘やかすから、こんな中身のない男に育ったんでしょうが!」
「……一理あるな」
ギルバートが隣でボソリと呟く。私は彼の脇腹を肘で突いた。
「とにかく、私はジェラルド様に命令されただけよ! そうよね、バロン!? あんた、そう言ったじゃない!」
連行されるバロンは、冷ややかな笑みを浮かべたまま答えない。
「もういい、連れて行け」
ギルバートが冷酷に言い放つと、衛兵たちが力を込めた。
「嫌ぁぁぁ! 私はまだ若いのよ! 修道院でジャガイモの皮剥きなんて嫌ぁぁぁ!!」
「私は王子だぞ! 離せ! 誰か、国王を呼べぇぇぇ!」
二人の絶叫が廊下の彼方へと消えていく。
その声が聞こえなくなった後、執務室には静寂と、そして「終わった」という安堵の空気が流れた。
私はホワイトボードのマーカーを置き、肩の力を抜く。
「……ふぅ。これで本日のメインイベントは終了だな」
「お疲れ様、スコット。……見事な断罪劇だった」
ギルバートが労うように私の肩に手を置く。
周囲の官僚たちも、ようやく緊張から解き放たれ、一斉に拍手を送ってきた。
「さすがスコット閣下! あの王子相手に一歩も引かないどころか、完膚なきまでに叩き潰すとは!」
「ルーク、記録は完璧か?」
「はい! ミミー嬢の自白、ジェラルド殿下の無能っぷり、バロンの悪だくみ、すべて一言一句漏らさず書き留めました!」
私は満足げに頷いた。
「よろしい。これを即座に清書し、国王陛下への報告書に添付しろ。余計な感情は挟まず、事実のみを淡々と記述するように」
「了解しました!」
部下たちが活気づく中、私は自分のデスクに残された「偽金の山」を見つめた。
「……さて。ギルバート、この鉛のコインだが」
「ああ。鋳潰して重しにでもするか?」
「いや。これ、表面の金メッキの質が意外と良い。剥がして再利用すれば、宰相府の備品の金メッキ修理代が浮くぞ」
「……君はどこまで倹約家なんだ」
ギルバートが呆れたように笑う。
「無駄を嫌うのが私の流儀だ。……さあ、掃除を始めよう。ゴミが消えて、空気が綺麗になったことだしな」
私は窓を開け放ち、王宮に吹き込む風を感じた。
婚約破棄から始まったこの騒動も、ようやく一つの大きな区切りを迎えた。
だが、私の頭の中では既に、この事件によって生じた欠員補充と、新たな予算編成のシミュレーションが始まっていた。
「恋愛より決裁印」
私のモットーに変わりはない。……はずだったのだが。
「スコット」
「なんだ」
「……今夜のディナー、楽しみにしているぞ」
ギルバートが、私の耳元で少しだけ甘い声を出す。
「……五パーセントほど、期待しておこう」
「一〇〇パーセントと言ってほしいものだがな」
私たちは、誰にも見えないところで、小さく指を絡ませた。
最強のパートナーシップは、どうやらまた少しだけ、その深度を増したようだった。
衛兵に両脇を抱えられ、今まさに執務室から引きずり出されようとしていたミミー・ピンキーが、火のついたような悲鳴を上げた。
その形相はもはや「可愛げのある令嬢」の欠片もなく、化粧は崩れ、髪は振り乱されている。
「私は悪くないわ! 全部、全部ジェラルド様が悪いのよ!」
「なっ……なんだと、ミミー!」
同じく連行されかけていたジェラルドが、情けない声を上げる。
ミミーは逃れようともがきながら、汚物を見るような目で王子を睨みつけた。
「そうよ! この人が『金ならいくらでも用意してやる』なんて見栄を張るから! なのに、いざとなったらスコットお姉様に予算を削られて、一銭も出さないんだもの!」
「それは、国庫の状況が……」
「うるさいわよ、この無能! 私が借金取りに追われてるって言った時、貴方はなんて言った!?『愛があればパンがなくても平気だ』!? 笑わせないでよ、パンどころか小麦粉すら買えないわよ!」
ミミーの口から飛び出す罵詈雑言の嵐に、野次馬の貴族たちは呆気にとられている。
「だから私は、バロンに相談したのよ! そうしたら彼が『王子にサインさえさせれば、スコットを追い出して金も手に入る』って……!」
「ミミー、貴女……」
私は冷めた目で彼女を見下ろした。
「バロンに利用されていることにも気づかず、私への私怨で動いたわけか。……非効率極まりない」
「うるさいわよ、効率効率って! あんたがジェラルド様を甘やかすから、こんな中身のない男に育ったんでしょうが!」
「……一理あるな」
ギルバートが隣でボソリと呟く。私は彼の脇腹を肘で突いた。
「とにかく、私はジェラルド様に命令されただけよ! そうよね、バロン!? あんた、そう言ったじゃない!」
連行されるバロンは、冷ややかな笑みを浮かべたまま答えない。
「もういい、連れて行け」
ギルバートが冷酷に言い放つと、衛兵たちが力を込めた。
「嫌ぁぁぁ! 私はまだ若いのよ! 修道院でジャガイモの皮剥きなんて嫌ぁぁぁ!!」
「私は王子だぞ! 離せ! 誰か、国王を呼べぇぇぇ!」
二人の絶叫が廊下の彼方へと消えていく。
その声が聞こえなくなった後、執務室には静寂と、そして「終わった」という安堵の空気が流れた。
私はホワイトボードのマーカーを置き、肩の力を抜く。
「……ふぅ。これで本日のメインイベントは終了だな」
「お疲れ様、スコット。……見事な断罪劇だった」
ギルバートが労うように私の肩に手を置く。
周囲の官僚たちも、ようやく緊張から解き放たれ、一斉に拍手を送ってきた。
「さすがスコット閣下! あの王子相手に一歩も引かないどころか、完膚なきまでに叩き潰すとは!」
「ルーク、記録は完璧か?」
「はい! ミミー嬢の自白、ジェラルド殿下の無能っぷり、バロンの悪だくみ、すべて一言一句漏らさず書き留めました!」
私は満足げに頷いた。
「よろしい。これを即座に清書し、国王陛下への報告書に添付しろ。余計な感情は挟まず、事実のみを淡々と記述するように」
「了解しました!」
部下たちが活気づく中、私は自分のデスクに残された「偽金の山」を見つめた。
「……さて。ギルバート、この鉛のコインだが」
「ああ。鋳潰して重しにでもするか?」
「いや。これ、表面の金メッキの質が意外と良い。剥がして再利用すれば、宰相府の備品の金メッキ修理代が浮くぞ」
「……君はどこまで倹約家なんだ」
ギルバートが呆れたように笑う。
「無駄を嫌うのが私の流儀だ。……さあ、掃除を始めよう。ゴミが消えて、空気が綺麗になったことだしな」
私は窓を開け放ち、王宮に吹き込む風を感じた。
婚約破棄から始まったこの騒動も、ようやく一つの大きな区切りを迎えた。
だが、私の頭の中では既に、この事件によって生じた欠員補充と、新たな予算編成のシミュレーションが始まっていた。
「恋愛より決裁印」
私のモットーに変わりはない。……はずだったのだが。
「スコット」
「なんだ」
「……今夜のディナー、楽しみにしているぞ」
ギルバートが、私の耳元で少しだけ甘い声を出す。
「……五パーセントほど、期待しておこう」
「一〇〇パーセントと言ってほしいものだがな」
私たちは、誰にも見えないところで、小さく指を絡ませた。
最強のパートナーシップは、どうやらまた少しだけ、その深度を増したようだった。
1
あなたにおすすめの小説
後に悪の帝王となる王子の闇落ちを全力で回避します!
花見 有
恋愛
どうして私は主人公側ではなく、敵国のルイーザ・セルビアに転生してしまったのか……。
ルイーザは5歳の時に前世の記憶が蘇り、自身が前世で好きだったゲームの世界に転生していた事を知った。
ルイーザはゲームの中で、カルヴァ王国のレオン国王の妃。だが、このレオン国王、ゲームの中では悪の帝王としてゲームの主人公である聖女達に倒されてしまうのだ。そして勿論、妃のルイーザも処刑されてしまう。
せっかく転生したのに処刑ないんて嫌!こうなったら、まだ子供のレオン王子が闇落ちするのを回避して、悪の帝王になるのを阻止するしかない!
木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜
温故知新
恋愛
剣と魔法を王族や貴族が独占しているペトロート王国では、貴族出身の騎士たちが、国に蔓延る魔物ではなく、初級魔法1回分の魔力しか持たない平民に対して、剣を振ったり魔法を放ったりして、快楽を得ていた。
だが、そんな騎士たちから平民を守っていた木こりがいた。
騎士から疎まれ、平民からは尊敬されていた木こりは、平民でありながら貴族と同じ豊富な魔力を持ち、高価なために平民では持つことが出来ないレイピアを携えていた。
これは、不条理に全てを奪われて1人孤独に立ち向かっていた木こりが、親しかった人達と再会したことで全てを取り戻し、婚約者と再び恋に落ちるまでの物語である。
※他サイトでも公開中!
貧乏令嬢ですが、前世の知識で成り上がって呪われ王子の呪いを解こうと思います!
放浪人
恋愛
実家は借金まみれ、ドレスは姉のお下がり。貧乏男爵令嬢のリナは、崖っぷち人生からの起死回生を狙って参加した王宮の夜会で、忌み嫌われる「呪われ王子」アレクシスと最悪の出会いを果たす。
しかし、彼の孤独な瞳の奥に隠された優しさに気づいたリナは、決意する。
「――前世の知識で、この理不尽な運命、変えてみせる!」
アロマ石鹸、とろけるスイーツ――現代日本の知識を武器に、リナは次々とヒット商品を生み出していく。
これは、お金と知恵で運命を切り開き、愛する人の心と未来を救う、一人の少女の成り上がりラブストーリー!
婚約破棄されたけど、白い結婚のおかげで人生最高ですわ!
ふわふわ
恋愛
「君のような冷たい女とは結婚できない!」
王都の夜会で婚約者にそう断罪された瞬間、
公爵令嬢カチュアの人生は終わり――ではなく、始まった。
婚約破棄の翌日、彼女は辺境の地に“罰として”嫁がされる。
相手は寡黙で無骨な辺境伯ライナルト。
周囲は哀れむが、カチュア本人は思う。
> 「お菓子を焼いて、紅茶を飲んで、昼寝して……あら、最高ではなくて?」
干渉しない“形式上の結婚”――そう言われて始まった二人の関係は、
やがて小さな微笑みと紅茶の香りから変わりはじめる。
しかし平穏な日々の中、王都から届いた一通の王命。
新たな聖女リオナがこの地を訪れ、
「この領地は神に返還されるべきですわ」と宣言する。
彼女の裏にあるのは“王家の思惑”。
けれど、元婚約破棄令嬢カチュアは笑う。
> 「淑女の復讐は、笑顔でこそ輝きますの」
紅茶の香りとともに紡がれる、静かで上品なざまぁ劇。
干渉しない夫が、いつしか“寄り添う伴侶”となるまで。
そして、追放された令嬢が“幸福の象徴”になるまでの物語。
――ざまぁの先にあるのは、甘く穏やかな日常。
辺境の春風が運ぶ、紅茶と愛のスローライフ。
---
🌹キャッチコピー案(サイト掲載サブ文)
> 婚約破棄は、人生を壊す呪い――ではなく、
“最高の朝寝坊と紅茶の時間”への始まりでした。
元婚約令嬢×辺境伯の、静かで甘い再生物語。
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
半妖の狐耳付きあやかし令嬢の婚約事情 ~いずれ王子(最強魔法使い)に婚約破棄をつきつけます!~
百門一新
恋愛
大妖怪の妖狐「オウカ姫」と、人間の伯爵のもとに生まれた一人娘「リリア」。頭には狐耳、ふわふわと宙を飛ぶ。性格は少々やんちゃで、まだまだ成長期の仔狐なのでくしゃみで放電するのもしばしば。そんな中、王子とのお見合い話が…嫌々ながらの初対面で、喧嘩勃発!? ゆくゆく婚約破棄で、最悪な相性なのに婚約することに。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
※ベリーズカフェに修正版を掲載、2021/8/31こちらの文章も修正版へと修正しました!
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜
黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。
しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった!
不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。
そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。
「お前は、俺の宝だ」
寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。
一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……?
植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる