殿下、私の名前わかりますか?婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

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「待って! 待ちなさいよぉぉ!!」

衛兵に両脇を抱えられ、今まさに執務室から引きずり出されようとしていたミミー・ピンキーが、火のついたような悲鳴を上げた。

その形相はもはや「可愛げのある令嬢」の欠片もなく、化粧は崩れ、髪は振り乱されている。

「私は悪くないわ! 全部、全部ジェラルド様が悪いのよ!」

「なっ……なんだと、ミミー!」

同じく連行されかけていたジェラルドが、情けない声を上げる。

ミミーは逃れようともがきながら、汚物を見るような目で王子を睨みつけた。

「そうよ! この人が『金ならいくらでも用意してやる』なんて見栄を張るから! なのに、いざとなったらスコットお姉様に予算を削られて、一銭も出さないんだもの!」

「それは、国庫の状況が……」

「うるさいわよ、この無能! 私が借金取りに追われてるって言った時、貴方はなんて言った!?『愛があればパンがなくても平気だ』!? 笑わせないでよ、パンどころか小麦粉すら買えないわよ!」

ミミーの口から飛び出す罵詈雑言の嵐に、野次馬の貴族たちは呆気にとられている。

「だから私は、バロンに相談したのよ! そうしたら彼が『王子にサインさえさせれば、スコットを追い出して金も手に入る』って……!」

「ミミー、貴女……」

私は冷めた目で彼女を見下ろした。

「バロンに利用されていることにも気づかず、私への私怨で動いたわけか。……非効率極まりない」

「うるさいわよ、効率効率って! あんたがジェラルド様を甘やかすから、こんな中身のない男に育ったんでしょうが!」

「……一理あるな」

ギルバートが隣でボソリと呟く。私は彼の脇腹を肘で突いた。

「とにかく、私はジェラルド様に命令されただけよ! そうよね、バロン!? あんた、そう言ったじゃない!」

連行されるバロンは、冷ややかな笑みを浮かべたまま答えない。

「もういい、連れて行け」

ギルバートが冷酷に言い放つと、衛兵たちが力を込めた。

「嫌ぁぁぁ! 私はまだ若いのよ! 修道院でジャガイモの皮剥きなんて嫌ぁぁぁ!!」

「私は王子だぞ! 離せ! 誰か、国王を呼べぇぇぇ!」

二人の絶叫が廊下の彼方へと消えていく。

その声が聞こえなくなった後、執務室には静寂と、そして「終わった」という安堵の空気が流れた。

私はホワイトボードのマーカーを置き、肩の力を抜く。

「……ふぅ。これで本日のメインイベントは終了だな」

「お疲れ様、スコット。……見事な断罪劇だった」

ギルバートが労うように私の肩に手を置く。

周囲の官僚たちも、ようやく緊張から解き放たれ、一斉に拍手を送ってきた。

「さすがスコット閣下! あの王子相手に一歩も引かないどころか、完膚なきまでに叩き潰すとは!」

「ルーク、記録は完璧か?」

「はい! ミミー嬢の自白、ジェラルド殿下の無能っぷり、バロンの悪だくみ、すべて一言一句漏らさず書き留めました!」

私は満足げに頷いた。

「よろしい。これを即座に清書し、国王陛下への報告書に添付しろ。余計な感情は挟まず、事実のみを淡々と記述するように」

「了解しました!」

部下たちが活気づく中、私は自分のデスクに残された「偽金の山」を見つめた。

「……さて。ギルバート、この鉛のコインだが」

「ああ。鋳潰して重しにでもするか?」

「いや。これ、表面の金メッキの質が意外と良い。剥がして再利用すれば、宰相府の備品の金メッキ修理代が浮くぞ」

「……君はどこまで倹約家なんだ」

ギルバートが呆れたように笑う。

「無駄を嫌うのが私の流儀だ。……さあ、掃除を始めよう。ゴミが消えて、空気が綺麗になったことだしな」

私は窓を開け放ち、王宮に吹き込む風を感じた。

婚約破棄から始まったこの騒動も、ようやく一つの大きな区切りを迎えた。

だが、私の頭の中では既に、この事件によって生じた欠員補充と、新たな予算編成のシミュレーションが始まっていた。

「恋愛より決裁印」

私のモットーに変わりはない。……はずだったのだが。

「スコット」

「なんだ」

「……今夜のディナー、楽しみにしているぞ」

ギルバートが、私の耳元で少しだけ甘い声を出す。

「……五パーセントほど、期待しておこう」

「一〇〇パーセントと言ってほしいものだがな」

私たちは、誰にも見えないところで、小さく指を絡ませた。

最強のパートナーシップは、どうやらまた少しだけ、その深度を増したようだった。
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