「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「そぉれ! そこですわ旦那様! 右翼の付け根がガラ空きです!」

「注文が多い!!」

ズガァァァン!!
シリウス様の鉄拳が、古代竜の右肩に炸裂した。
鋼鉄より硬いはずの竜の鱗が粉砕され、巨体が大きくよろめく。
素手でドラゴンを殴り飛ばす人間など、歴史上この人くらいだろう。

「グオォッ!?」

竜が驚愕の声を上げた。
そりゃそうだ。
数百年の眠りから覚めて、最初に戦う相手が「人食い辺境伯」と「解体魔の悪役令嬢」だなんて、運が悪すぎる。

「素晴らしい打撃音(インパクト)! 筋肉の収縮率が通常の300%を超えていますわ! 旦那様、あとで筋肉組織のサンプルをくださいね!」

私は空中に展開した『浮遊魔法・レビテーション』の足場を飛び移りながら、歓声を上げた。
眼下には、暴れまわる竜と、それを素手で受け止めるシリウス様。

「余裕ぶってないで援護しろ! こっちは丸腰なんだぞ!」

「大丈夫です、旦那様の頑丈さは私が一番よく知っています(実験済み)! さあ、竜ちゃん、私の方を向きなさい!」

私は杖を振りかざした。

「『拘束魔法・チェーンバインド(ミスリル強化版)』!」

ジャラララララッ!!
虚空から無数の銀色の鎖が出現し、竜の手足と首に巻き付いた。
竜が咆哮を上げて引きちぎろうとするが、この鎖は私の魔力を限界まで圧縮して生成したもの。そう簡単には切れない。

「よし、動きが止まった! 今です!」

「おうッ!」

シリウス様が地面を蹴る。
彼は鎖を足場にして竜の背中へと駆け上がり、その巨大な角を両手で掴んだ。

「おとなしく……寝てろォッ!!」

ボキィッ!!

「ギャアアアアッ!?」

シリウス様の背筋が唸りを上げ、なんと竜の角を根元からへし折った。
鮮血が舞う。

「あああっ! 角は粉末にすると万能薬になるのに! もう少し丁寧に折ってくださいまし!」

「戦ってる最中に丁寧もクソもあるか!」

竜は痛みで発狂し、滅茶苦茶に暴れ出した。
尻尾が振り回され、王宮の壁が崩れ落ちる。
避難していた貴族たちが「ひぃぃ!」と悲鳴を上げる。

「あら、いけない。暴れると肉質が落ちてしまいますわ(ストレスで酸味が強くなる)。……仕方ありません」

私は杖を指揮棒のように構えた。
フィナーレの時間だ。

「旦那様、離れていてください! 『冷却魔法・アブソリュートゼロ』で瞬間凍結させて、鮮度を保ったまま活動停止させます!」

「瞬間凍結だと!? ここ室内だぞ!? 俺たちまで凍る!」

「平気です! 標的(ターゲット)の体温だけを奪う『熱交換式』ですから! ……あ、でも余波で少し風邪を引くかもしれません!」

「それが一番困るんだよ!」

シリウス様は悪態をつきながらも、私の指示通りに竜から飛び退いた。
私はニヤリと笑う。

「さあ、覚悟なさい古代竜! 貴方の体は、隅から隅まで私が有効活用してあげますわ!」

魔法陣が展開される。
青白い光がドーム状に広がり、会場の気温が一気に氷点下へと下がる。
私の最大出力魔法。
これで竜を氷漬けにして、あとでゆっくり解体……。

その時だった。

「待てぇぇぇい!!」

天井の大穴から、何かが降ってきた。
空の彼方へ飛んでいったはずの、あの男だ。

「ロランド殿下!?」

殿下はボロボロの服を風になびかせ(実はカーテンに引っかかって戻ってきた)、奇跡的に竜の頭上に着地した。

「こ、この手柄は……俺のものだぁぁぁ!」

彼は折れた剣の柄を握りしめ、血走った目で叫んだ。

「俺がトドメを刺す! そして名誉挽回するのだ! 食らえ、ロランド・究極奥義!」

「ちょ、邪魔です殿下! 射線に入らないで!」

「うるさい! 俺を見ろ! 俺が主役だ!」

殿下は竜の脳天に向かって、折れた剣を突き立てようとした。
しかし。

「グルルッ!」

竜にとって、目の前をチョロチョロする羽虫は鬱陶しいことこの上ない。
竜は大きく息を吸い込み──。

「ハックションッ!!」

盛大なクシャミをした。

ブワアアアアアッ!!

「ぶべらぁぁぁッ!?」

竜の鼻水と衝撃波が殿下を直撃した。
殿下は再び木の葉のように吹き飛ばされた。
そして、その衝撃で。

ヒラヒラヒラ……。

「あ」

何かが飛んだ。
金色の、フサフサしたものが。
殿下の頭から。

「……え?」

会場の時間が止まった。
地面に叩きつけられた殿下。
その頭部は、つるりと輝く肌色(スキンヘッド)だった。

「……は、ハゲ……?」
「殿下、カツラだったの……?」
「金髪の美男子だと思っていたのに……」

貴族たちの視線が、一点に集中する。
ロランド殿下は、地面に落ちた自分の「金髪」を見て、そして周囲の視線に気づき……。

「あ、あ、あああ……」

顔面蒼白になり、両手で頭を隠した。

「み、見るなァァァァッ!! これは違う! これは、その、ファッションだ! 最先端の!」

「ファッションでハゲにする王族がいますか」

シリウス様が冷静にツッコミを入れた。

「今です、カプリ!」

「はい! 殿下の頭が眩しくて狙いが定めやすいですわ!」

私は殿下の頭部(反射板)をマーカーにして、魔法を発動させた。

「『氷結結界・コキュートス』!!」

パキィィィィン!!

澄んだ音が響き渡る。
竜の巨体が、一瞬にして青い氷の結晶に包まれた。
足先から頭まで、完璧な氷像の完成だ。
ついでに、近くにいた殿下の「金髪」も凍りついて粉々に砕け散った。

「……完了」

氷漬けになった巨大な竜が、シャンデリアの光を受けて美しく輝いている。
静まり返る会場。

「……す、すごい」
「一撃で……」
「あの夫婦、強すぎる……」

誰かが呟いた。
それを皮切りに、会場中から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。

「グリム辺境伯万歳!」
「カプリ様万歳!」
「救国の英雄だ!」

シリウス様は、やれやれと肩を回しながら私の元へ歩いてきた。
服はボロボロだが、怪我一つしていない。

「……終わったな。派手な凱旋になったもんだ」

「ええ。最高のショーでしたわ。……あ、でも一つだけ心残りが」

「なんだ?」

「殿下の頭部です。あの輝き、未知の光源魔法かと思いましたわ」

「しっ! 聞こえるぞ!」

会場の隅では、ロランド殿下が頭を抱えてうずくまり、ミア様に「髪が……俺のアイデンティティが……」と泣きついていたが、ミア様は「へぇ、涼しそうでいいですね」と完全に興味なさそうだった。

こうして、王国の危機は去った。
残ったのは、英雄となった私たち夫婦と、ハゲが露呈した王子、そして解体待ちの巨大な冷凍ドラゴンの山であった。
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