「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「温度よし! 湿度よし! 魔力供給パイプ、接続完了!」

辺境に戻って数日。
私は寝る間も惜しんで、城の地下室(元・拷問部屋)を改造した『孵化管理室』に籠もりきりだった。
部屋の中央には、巨大な『ドラゴンの卵』が鎮座し、周囲を無数の魔導ケーブルと培養液のタンクが取り囲んでいる。

「いい子ね~。この『高純度マナ溶液』をたっぷり吸って、丈夫な(素材価値の高い)ドラゴンに育つのよ~」

私は白衣姿で卵を撫で回し、データを記録する。
王都から持ち帰ったこの卵は、私の予想以上に活発だ。
殻越しに聞こえる心音は力強く、時折「ピキッ」と殻を内側から突くような反応もある。

「ふふふ、孵化予定日まであと一週間……。名前は何にしようかしら。『ポチ』? それとも『実験体1号』?」

「頼むからもっとマシな名前をつけてやってくれ」

背後から呆れた声がした。
振り返ると、シリウス様が入り口に立っていた。
手にはバスケット(夜食)を持っている。

「あら旦那様。また差し入れですか? 気が利きますわね」

「お前が三日もここから出てこないからだ。風呂くらい入れ」

シリウス様はため息をつきつつ、バスケットを机に置いた。
中身はサンドイッチと、温かいスープ。
彼が不器用なりに用意してくれたものだ。

「ありがとうございます。……で、何かご用ですか? 今は魔力波形のモニタリングで忙しいのですが」

「……用がないと、夫は妻に会いに来ちゃいけないのか?」

シリウス様が少し拗ねたように唇を尖らせた。
あら。
この『人食い辺境伯』様、最近なんだか甘えん坊になっていないかしら?
王都での一件以来、私との距離感がバグっている気がする。

「いけなくはないですけど……。あ、もしかして旦那様も卵を撫でたいのですか? どうぞどうぞ、今ならサービスタイム(噛まない時間帯)ですよ」

「違う。……カプリ、少し外の空気を吸いに行こう」

「えー。外は吹雪でしょう?」

「今日は晴れている。……星が綺麗だ」

シリウス様は私の返事も待たずに、私の腕を引いて立たせた。
その顔がやけに真剣だったので、私は渋々(サンドイッチを口に詰め込みながら)従うことにした。

 ◇

連れて行かれたのは、城で一番高い塔のバルコニーだった。
外に出ると、凛とした冷気が頬を刺す。
しかし、シリウス様が言った通り、空には息を呑むような満天の星空が広がっていた。

北の夜空。
宝石箱をひっくり返したような星々と、遠くに見えるオーロラのカーテン。
王都の明るい夜では絶対に見られない絶景だ。

「……綺麗ですね」

私は素直に呟いた。
魔力的な意味ではなく、純粋に美しいと思った。

「ああ。……ここが、俺の一番好きな場所だ」

シリウス様が手すりに寄りかかり、夜空を見上げる。
月明かりに照らされた彼の横顔は、絵画のように整っていて、少し切なげに見えた。

「昔は、よく一人でここに来ていた。『人食い』と恐れられ、誰も寄り付かないこの城で……孤独を感じるのは、この星空の下だけだったからな」

「旦那様……」

「だが、今は違う」

彼はゆっくりと私に向き直った。
その赤い瞳が、星よりも強く、熱く輝いている。

「君が来てから、この城は変わった。毎日爆発音が響き、使用人たちが走り回り、壁の色が変わり(掃除で)、食事が美味しくなった。……騒がしくて、滅茶苦茶で、最高に楽しい場所に変わったんだ」

「褒められているのか貶されているのか微妙なラインですわね」

「褒めているんだ」

シリウス様は苦笑し、一歩近づいてきた。
そして、私の両手を取り、その場に片膝をついた。

「えっ」

心臓が跳ねた。
このポーズは。
騎士が主君に忠誠を誓う時の、あるいは──。

「カプリ・ヴァン・ローゼ」

彼は私の目を真っ直ぐに見つめた。
逃げ場はない。

「俺たちは、王命による政略結婚で結ばれた。最初は互いに勘違いばかりで、愛なんてなかったかもしれない。……だが」

彼は懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ。
中に入っていたのは、以前彼がくれた『竜の心臓石』……ではなく、透き通るような青い宝石がついた指輪だった。
『スターサファイア』。
北の夜空をそのまま切り取ったような、深い青。

「これは……?」

「俺の気持ちだ」

シリウス様は真剣な声で告げた。

「俺は、君が好きだ。実験材料としてでも、スポンサーとしてでもなく……一人の男として、君という女性を愛している」

「……ッ」

「君の突飛な発想も、研究に没頭する横顔も、俺を振り回す強引さも……全部愛おしい。これからもずっと、俺の隣で笑っていてほしい」

言葉が、胸に染み渡る。
熱い塊が喉の奥にこみ上げてくる。
計算? 論理?
そんなものは、今の私の脳内から消し飛んでいた。

「……カプリ。改めて申し込む」

彼は指輪を私の指先に添えた。

「俺と、本当の夫婦になってくれないか?」

静寂。
風の音だけが聞こえる。
私は、震える唇を開いた。

「……ずるいですわ」

「え?」

「そんな……そんなロマンチックな演出、私のデータベースにはありません。計算外です。エラーが起きています」

私は涙がこぼれないように、上を向いた。

「私なんて、爆弾魔ですよ? 変人ですよ? いつか城を吹き飛ばすかもしれませんよ?」

「構わない。城ならまた建て直せばいい」

「貴方のことだって、まだ実験台だと思っているかもしれませんよ?」

「望むところだ。一生、君の研究対象でいてやる」

即答だった。
この男、懐が深すぎる。
いや、完全に私に毒されている。

「……はぁ。負けました」

私はため息をつき、左手を差し出した。

「わかりましたわ、シリウス・グリム辺境伯。貴方のその『非合理的な愛』という名の呪い、受けて立ちましょう」

「カプリ……!」

「ただし! これからは実験の予算は青天井、地下室の拡張工事も許可すること! それが条件です!」

照れ隠しにそう叫ぶと、シリウス様は嬉しそうに笑い、私の指に指輪を嵌めた。

「ああ、約束する。……愛してるよ、カプリ」

彼は立ち上がり、私を強く抱きしめた。
星空の下、二人の影が一つに重なる。

「……私も、計算外ですが……大好きです、旦那様」

私が胸元で小さく呟くと、彼は満足そうに頷き、そしてゆっくりと顔を近づけてきた。
今度は「魔力譲渡」なんて言い訳はできない。
本物の、誓いのキス。

チュッ。

長く、甘い口づけ。
寒空の下のはずなのに、体中がポカポカと温かい。
これが『愛』という未知のエネルギーなのかもしれない。
あとで論文にまとめなきゃ……なんて考える余裕すら、今の私にはなかった。

「……さて」

キスを終え、シリウス様が悪戯っぽく笑った。

「セバスが張り切って『結婚式』の準備を進めているぞ。覚悟しておけよ」

「え?」

「辺境の結婚式は……王都のそれとは、一味違うからな」

「一味? どういう意味です?」

その時、遠くからドーン! という花火のような音が聞こえた。
見ると、城の中庭でセバスたちが巨大な『何か』を組み立てているのが見える。

「……あれ、投石機(カタパルト)に見えるのですが?」

「ああ。新郎新婦を空へ飛ばす伝統行事があるんだ」

「はああああ!? 死にますわよ!?」

「安心しろ、下は雪山だ」

「そういう問題じゃありません!!」

ロマンチックな雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。
やはり、この地はどこかおかしい。
でも、そんなおかしい場所が、私の「家」なのだと思うと、不思議と笑いがこみ上げてきた。

「望むところですわ! 私が改良した『パラシュートドレス』で、華麗に着地してみせます!」

「そうこなくちゃな、俺の妻だ」

星空の下、私たちはこれからの騒がしい未来を予感して、声を上げて笑い合った。
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