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わたくしがヴィンセント殿下と、隣国の特産品である「毒消しハーブ」の輸入関税について白熱した議論を交わしていた、ある午後のことです。
「ですから殿下、この項目に『付随する梱包費』を含めるのは不合理ですわ。梱包は我が家の領地で安価に行えますもの。その分、卸値を一分下げてくださいませ」
「……君、本当に公爵令嬢だよね? どこかの商会の会長が化けているんじゃないのかい? その徹底したコスト意識、もはや恐怖すら覚えるよ」
ヴィンセント殿下が呆れたように笑いながら、紅茶をお代わりしようとしたその時です。
別荘の静寂を破るように、玄関先で騒がしい足音が響きました。
「リーマ・フォルテシモ! 国王代理として、命を受けに参った!」
現れたのは、セドリック殿下の側近の一人である、これまた「筋肉以外に何も詰まっていない」と評判の騎士でした。
彼はわたくしとヴィンセント殿下を見るや否や、勝ち誇ったように羊皮紙を突き出しました。
「先日の『婚約破棄に伴う慰謝料』の契約だが、セドリック殿下が『脅迫による不当な契約である』と異議を申し立てられた! よって、この別荘の譲渡は無効! 直ちに立ち退き、王宮へ戻って公務を再開せよとのことだ!」
わたくしは、手に持っていた羽ペンをそっと置きました。
そして、メアリに「新しい紅茶を、一番温度の高い状態で」と合図を送りました。
「……脅迫、ですか。それはまた、随分と斬新な解釈ですわね」
わたくしは騎士の差し出した羊皮紙を、指先でつまむようにして受け取りました。
「あのパーティー会場には、数百名の目撃者がおりましたわ。殿下自らが『別荘でもなんでも持っていけ』と仰ったのを、わたくしの耳は確かに捉えております。……それとも何か? あの会場の全員が、わたくしの魔法で集団幻覚でも見ていたと仰るのかしら?」
「ぐっ……! そ、それはともかく! 王太子殿下が『無効』と仰れば無効なのだ! リーマ、貴様がいなくなってから王宮の事務は滞り、国家の危機なのだぞ! 分かっているのか!」
騎士の言葉に、わたくしは思わず鼻で笑ってしまいました。
国家の危機。
それはわたくしがいないからではなく、殿下が無能だから起こっている事態ですわ。
「国家の危機を救うのは、王族の責務でしょう? わたくしはもう、ただの一般公爵令嬢ですもの。……それに、見てくださいな。この羊皮紙、肝心の『国王陛下の御印』がありませんわよ?」
「な、……何だと!?」
「これはセドリック殿下の個人的な署名のみ。法的な強制力は皆無ですわ。……ハンス、この方に『不法侵入』と『虚偽の公文書行使』の罪状について、詳しく書いた書面を渡して差し上げて。あ、玄関の掃除代も請求しておいてちょうだい。靴が汚れていますもの」
「き、貴様ぁ! あくまで抵抗するというのだな!」
騎士が剣の柄に手をかけた瞬間、わたくしの隣で優雅に脚を組んでいたヴィンセント殿下が、低く、冷ややかな声を出しました。
「おっと。俺の『特別顧問』に乱暴しようっていうのかい? それは隣国に対する宣戦布告と受け取ってもいいのかな?」
ヴィンセント殿下は、いつの間にか手にしていたナイフで、リンゴの皮を芸術的な速さで剥きながら、騎士を睨みつけました。
その瞳には、先ほどまでの冗談めかした光は一切なく、真に「支配者」としての威圧感が宿っていました。
「ヴィ、ヴィンセント殿下……! しかし、これは我が国の国内の……!」
「国内の問題? いや、彼女はすでに俺と正式な雇用契約を結んでいる。さらに言えば、この別荘の敷地の一部は、俺が『外交上の滞在拠点』として、君の国の国王陛下から正式に借り受けた場所だ。……つまり、ここは現在、俺の国の領土に準ずる扱いなんだよ。勉強不足じゃないかな?」
ヴィンセント殿下が指をパチンと鳴らすと、影から彼の私設騎士たちが音もなく現れ、王宮の騎士を取り囲みました。
「な……いつの間に……!?」
「君たちが入り口で騒いでいる間にね。……さあ、その紙屑を持って帰りな。セドリックにはこう伝えてくれ。『自分の尻も拭えない子供に、彼女を語る資格はない』とね」
騎士は顔を真っ青にして、文字通り脱兎のごとく逃げ出していきました。
わたくしは、ようやく静かになった部屋で、深くため息をつきました。
「……殿下。いつの間に、ここを貴殿の国の領土に準ずる扱いにしたのですか? わたくし、そんな話、一言も聞いておりませんわ」
「ああ、昨夜、陛下とオンライン……じゃなくて、魔法通信で合意を取り付けておいたんだ。君を確実に守るには、法的な壁が必要だと思ってね」
ヴィンセント殿下は、剥き終わったリンゴの一片を、わたくしの口元に差し出しました。
「……。過保護ですわね」
「これくらいしないと、君はすぐに一人で戦おうとするだろう? 俺はもっと、君に頼ってほしいんだよ。……論理的に、効率的に、ね」
わたくしは差し出されたリンゴを渋々受け取り、シャリリと音を立てて噛み砕きました。
甘酸っぱい味が口の中に広がります。
「……悪くありませんわね。守られる、というのも」
「だろう? さて、邪魔者が消えたところで、関税の話の続きをしようか。……三パーセントの値下げ、だったかな?」
「一分、と申し上げましたわ。……ああ、でも今の助太刀の分、零点五分くらいなら譲歩して差し上げてもよろしくてよ?」
「ははは! やっぱり君は最高だ!」
わたくしと殿下の笑い声が、夕暮れの別荘に響きます。
王宮では今頃、セドリック殿下が「無効の無効」を叫んで暴れていることでしょうけれど、そんなことはもう、わたくしの人生の優先事項には含まれていないのです。
わたくしが手に入れたのは、強力な守護者と、自分を正当に使いこなせる新しい戦場。
……隠居生活がどんどん遠ざかっている気がいたしますが、今のわたくしの心は、これまでになく晴れやかでした。
「ですから殿下、この項目に『付随する梱包費』を含めるのは不合理ですわ。梱包は我が家の領地で安価に行えますもの。その分、卸値を一分下げてくださいませ」
「……君、本当に公爵令嬢だよね? どこかの商会の会長が化けているんじゃないのかい? その徹底したコスト意識、もはや恐怖すら覚えるよ」
ヴィンセント殿下が呆れたように笑いながら、紅茶をお代わりしようとしたその時です。
別荘の静寂を破るように、玄関先で騒がしい足音が響きました。
「リーマ・フォルテシモ! 国王代理として、命を受けに参った!」
現れたのは、セドリック殿下の側近の一人である、これまた「筋肉以外に何も詰まっていない」と評判の騎士でした。
彼はわたくしとヴィンセント殿下を見るや否や、勝ち誇ったように羊皮紙を突き出しました。
「先日の『婚約破棄に伴う慰謝料』の契約だが、セドリック殿下が『脅迫による不当な契約である』と異議を申し立てられた! よって、この別荘の譲渡は無効! 直ちに立ち退き、王宮へ戻って公務を再開せよとのことだ!」
わたくしは、手に持っていた羽ペンをそっと置きました。
そして、メアリに「新しい紅茶を、一番温度の高い状態で」と合図を送りました。
「……脅迫、ですか。それはまた、随分と斬新な解釈ですわね」
わたくしは騎士の差し出した羊皮紙を、指先でつまむようにして受け取りました。
「あのパーティー会場には、数百名の目撃者がおりましたわ。殿下自らが『別荘でもなんでも持っていけ』と仰ったのを、わたくしの耳は確かに捉えております。……それとも何か? あの会場の全員が、わたくしの魔法で集団幻覚でも見ていたと仰るのかしら?」
「ぐっ……! そ、それはともかく! 王太子殿下が『無効』と仰れば無効なのだ! リーマ、貴様がいなくなってから王宮の事務は滞り、国家の危機なのだぞ! 分かっているのか!」
騎士の言葉に、わたくしは思わず鼻で笑ってしまいました。
国家の危機。
それはわたくしがいないからではなく、殿下が無能だから起こっている事態ですわ。
「国家の危機を救うのは、王族の責務でしょう? わたくしはもう、ただの一般公爵令嬢ですもの。……それに、見てくださいな。この羊皮紙、肝心の『国王陛下の御印』がありませんわよ?」
「な、……何だと!?」
「これはセドリック殿下の個人的な署名のみ。法的な強制力は皆無ですわ。……ハンス、この方に『不法侵入』と『虚偽の公文書行使』の罪状について、詳しく書いた書面を渡して差し上げて。あ、玄関の掃除代も請求しておいてちょうだい。靴が汚れていますもの」
「き、貴様ぁ! あくまで抵抗するというのだな!」
騎士が剣の柄に手をかけた瞬間、わたくしの隣で優雅に脚を組んでいたヴィンセント殿下が、低く、冷ややかな声を出しました。
「おっと。俺の『特別顧問』に乱暴しようっていうのかい? それは隣国に対する宣戦布告と受け取ってもいいのかな?」
ヴィンセント殿下は、いつの間にか手にしていたナイフで、リンゴの皮を芸術的な速さで剥きながら、騎士を睨みつけました。
その瞳には、先ほどまでの冗談めかした光は一切なく、真に「支配者」としての威圧感が宿っていました。
「ヴィ、ヴィンセント殿下……! しかし、これは我が国の国内の……!」
「国内の問題? いや、彼女はすでに俺と正式な雇用契約を結んでいる。さらに言えば、この別荘の敷地の一部は、俺が『外交上の滞在拠点』として、君の国の国王陛下から正式に借り受けた場所だ。……つまり、ここは現在、俺の国の領土に準ずる扱いなんだよ。勉強不足じゃないかな?」
ヴィンセント殿下が指をパチンと鳴らすと、影から彼の私設騎士たちが音もなく現れ、王宮の騎士を取り囲みました。
「な……いつの間に……!?」
「君たちが入り口で騒いでいる間にね。……さあ、その紙屑を持って帰りな。セドリックにはこう伝えてくれ。『自分の尻も拭えない子供に、彼女を語る資格はない』とね」
騎士は顔を真っ青にして、文字通り脱兎のごとく逃げ出していきました。
わたくしは、ようやく静かになった部屋で、深くため息をつきました。
「……殿下。いつの間に、ここを貴殿の国の領土に準ずる扱いにしたのですか? わたくし、そんな話、一言も聞いておりませんわ」
「ああ、昨夜、陛下とオンライン……じゃなくて、魔法通信で合意を取り付けておいたんだ。君を確実に守るには、法的な壁が必要だと思ってね」
ヴィンセント殿下は、剥き終わったリンゴの一片を、わたくしの口元に差し出しました。
「……。過保護ですわね」
「これくらいしないと、君はすぐに一人で戦おうとするだろう? 俺はもっと、君に頼ってほしいんだよ。……論理的に、効率的に、ね」
わたくしは差し出されたリンゴを渋々受け取り、シャリリと音を立てて噛み砕きました。
甘酸っぱい味が口の中に広がります。
「……悪くありませんわね。守られる、というのも」
「だろう? さて、邪魔者が消えたところで、関税の話の続きをしようか。……三パーセントの値下げ、だったかな?」
「一分、と申し上げましたわ。……ああ、でも今の助太刀の分、零点五分くらいなら譲歩して差し上げてもよろしくてよ?」
「ははは! やっぱり君は最高だ!」
わたくしと殿下の笑い声が、夕暮れの別荘に響きます。
王宮では今頃、セドリック殿下が「無効の無効」を叫んで暴れていることでしょうけれど、そんなことはもう、わたくしの人生の優先事項には含まれていないのです。
わたくしが手に入れたのは、強力な守護者と、自分を正当に使いこなせる新しい戦場。
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