婚約破棄で純愛アップデート、偽装婚約から真実の婚約へ

恋の箱庭

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サン・ポルテ市長、ギラン男爵の更迭から三日。
汚職によって滞っていた街の予算は、わたくしの徹底的な「再分配」によって、驚くべき速度で健全化へと向かっておりました。
わたくしは現在、没収された市長邸のバルコニーで、海風に吹かれながら、地元の漁協から提出された「網の修繕スケジュール表」を赤ペンで修正しております。

「……信じられませんわ。網を直すタイミングが、魚の回遊データと三時間もズレています。これでは燃料消費効率が悪化するばかりか、漁師たちの睡眠不足という名の『人的資源の摩耗』を招きますわ」

「リーマ。……君は本当に、波の音よりも数字の音の方が落ち着くんだね」

背後から、冷えた果実水を持ったヴィンセント殿下が呆れたように現れました。
今日の殿下は、海辺にふさわしいゆったりとした薄手のシャツを纏っており、その鎖骨のラインがわたくしの視覚野に不必要な刺激(ドキドキ)を与えてきます。

「殿下。……わたくしにとって、混乱した数字を整えることは、最高のリラクゼーションですの。……それより、見てくださいませ。この街の『月見祭り』の進行表……。開始時間が曖昧なうえに、踊る時間が長すぎます。糖分消費量に対して、提供される食事のカロリーが不足していますわ」

「ははは。……じゃあ、その『非効率な祭り』に、今から二人で行ってみようか」

「……。わたくしは、改善案を提出するために行くのであれば……」

「いいや、一人の『参加者』としてだ。……これは、この国の王太子妃としての『民情視察』……いや、『幸福度の実地計測』だと思ってくれればいい」

わたくしは、渋々ペンを置きました。
ヴィンセント殿下にエスコートされ、街の広場へと繰り出すと、そこには市長の支配から解放された市民たちの、爆発的な活気が溢れておりました。
松明の火が揺れ、太鼓の音が不規則なリズムを刻みます。

「……不合理ですわ。あそこの屋台の行列、整理券を配布すれば待ち時間を一五%短縮できるのに。……あ、あの子供たちが踊っているステップ、運動学的にもっとエネルギー効率の良い動きがありますわよ」

わたくしがぶつぶつと改善点を指摘していると、ヴィンセント殿下は不意にわたくしの手を引き、人混みを抜けて、波打ち際の静かな場所へと誘いました。

「……殿下? 祭りの中心地から離れては、データ収集に支障が……」

「データはもう十分だよ、リーマ。……見てごらん、空を」

見上げると、そこには都会では決して見ることのできない、圧倒的な密度の星空が広がっていました。
降るような星々が海面に反射し、境界線が溶け合っています。

「……。……。……計算、不能ですわ」

「だろう? この星の数、そしてこの美しさが俺たちの心に与えるプラスの影響……。これはどの経済指標にも載らない、世界で最も『贅沢な無駄』だ」

ヴィンセント殿下はわたくしの隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せました。
潮騒の音と、彼の穏やかな心拍数。
わたくしの頭脳が、必死にこの光景の「価値」を算出ようとしますが、エラーメッセージばかりが返ってきます。

「リーマ。……君がこの国を整えてくれるおかげで、人々はこうして『無駄』を楽しむ余裕を持てるようになった。……君の合理性は、この不合理な幸せを守るための、最高の盾なんだよ」

「……。……わたくしは、ただ、数字が合わないのが気持ち悪かっただけで……」

「分かっているよ。……でも、今夜だけは。……その天才的な頭脳を、俺の体温を感じるためだけに使ってくれないかな?」

ヴィンセント殿下が、わたくしの額に、そしてまぶたに、羽が触れるような軽いキスを落としました。
……不覚です。
星空のルクス値や、海風の風速ベクトルなど、どうでもよくなってしまいました。

「……。……承知いたしましたわ。……今から六時間、わたくしの演算リソースのすべてを、……『殿下との接触による多幸感の観測』に全振りいたします」

「ははは! ……合格だ。……最高に甘い観測結果、期待しているよ」

夜の海辺で、わたくしたちは寄り添い続けました。
一見、何の生産性もない、ただ星を見上げるだけの時間。
ですが、わたくしの人生の貸借対照表において、この一瞬は、どの黄金の山よりも重い「無形資産」として、永久保存されることになったのでした。

「……殿下。……星が、一つきらりと流れましたわ。……摩擦熱による発光現象とはいえ、……少しだけ、綺麗だと思ってしまいました」

「ああ。……俺にとっては、照れている君の横顔の方が、よっぽど綺麗だけどね」

「……警告、第二号ですわよ」

わたくしたちの「戦略的ハネムーン」は、こうして、計測不能な愛の深さを再確認する旅となったのでした。
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