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「よし、書き上げたぞ。これでフローライト公爵も、愛娘のために蔵の金を吐き出すに違いない」
ゼクスが、羊皮紙を大仰に振りかざしながら、満足げに鼻を鳴らした。
机の上には、いかにも脅迫状といった趣の、乱暴な文字で書かれた手紙が置かれている。
私はその横からひょいと首を伸ばし、内容を検分した。
「……ゼクスさん。この『身代金』という漢字、横棒が一本足りませんわ。これでは『身代犬』になってしまいます。私は犬ではありませんのよ?」
「うぐっ……! う、うるせえな! 意味が通じればいいんだよ!」
「よろしくありませんわ。公爵家に送る文書ですもの、教養のなさを露呈しては、誘拐犯としての格が下がります。書き直しなさいな」
「なんで誘拐されてる側に、文章の添削指導を受けなきゃいけねえんだよ……!」
ゼクスはぶつぶつと文句を言いながらも、律儀にペンを握り直した。
その時、砦の入り口から、一人の若い騎士が血相を変えて飛び込んできた。
「団長! ゼクス兄貴! 大変だ、街に偵察に行かせた部下から伝令が届きました!」
「どうした、そんなに慌てて。公爵家が追手を差し向けてきたか?」
団長が、椅子の背もたれを軋ませながら立ち上がる。
伝令の若者は、肩で息をしながら、信じられないといった様子で叫んだ。
「いえ、逆です! 母国の広場で、ウィルフレッド王子が公式声明を出しました! 『アマリリス・フローライトは、他国の男と不貞を働き、王室の財宝を盗んで逃げ出した希代の悪女である』と!」
「……はぁ?」
ゼクスの手が止まり、ペンからインクがポタリと床に落ちた。
「さらに王子は、『このような不浄な女との婚約は、即刻破棄する。彼女の行いに対しては、公爵家からも除名し、国外追放を言い渡す』と宣言したそうです!」
砦の中が、凍りついたような静寂に包まれた。
騎士たちは全員、呆然とした顔で私を見ている。
私はといえば、手元の紅茶を一口飲み、小さく首を傾げた。
「あら。私、いつの間に泥棒になってしまったのかしら? トランクの中には、予備のドレスとお菓子しか入っていませんのに」
「そこじゃないだろ! お前、国から『悪役令嬢』扱いされて、捨てられたんだぞ!」
ゼクスが机を叩いて立ち上がる。その顔は、私よりもずっと危機感に満ちていた。
「婚約破棄に国外追放……。おい、これじゃあ、身代金を請求する相手がいねえじゃねえか!」
「おっしゃる通りですわね。勘当された娘のために、お父様がお金を払うとは思えませんわ。フローライト公爵家は、面目を何より重んじる家系ですから」
私は他人事のように、ふむふむと頷いた。
「……お前、もっとショックとか受けねえのかよ? 王子に裏切られて、帰る場所を失ったんだぞ?」
「ショック……。そうね、確かに少しショックですわ」
私が伏せ目がちに呟くと、ゼクスが少しだけ表情を和らげ、気まずそうに目を逸らした。
「……まあ、その。あんな王子、見る目がなかったってことだろ。そんなに落ち込むなよ」
「いいえ。ショックなのは、王子の似顔絵の隣に描かれた私の手配書のことですわ。あれ、十キロくらい太って見えませんこと? 悪意を感じますわ!」
「知るか! そこじゃねえって言ってんだろ!」
ゼクスの全力のツッコミが、今日も今日とて砦にこだました。
団長が腕を組み、難しい顔で唸る。
「……弱ったな。人質としての価値がゼロになっちまった。かと言って、国外追放された女を今さら国境に捨てるわけにもいかねえしな」
「団長、どうするんです? このままここに置いておくんですか?」
騎士たちの視線が、再び私に集中する。
私はにっこりと微笑み、空になったカップを差し出した。
「おかわりをいただけます? どうやら、長期滞在になりそうですから」
「……ゼクス。こいつ、マジでどうにかしろ」
「俺に振らないでくださいよ、団長……。ああ、もう! なんで俺が、国外追放された令嬢の世話をしなきゃいけねえんだ!」
ゼクスは頭を抱えて座り込んだ。
その背中からは、誘拐犯としての威厳は欠片も感じられなかった。
一方、私の心は意外なほど晴れやかだった。
(面倒な学園生活も、政略結婚も、これで全部なしになりましたわ!)
自由の身(という名の監禁生活)を祝して、私はもう一枚のクッキーに手を伸ばした。
ゼクスが、羊皮紙を大仰に振りかざしながら、満足げに鼻を鳴らした。
机の上には、いかにも脅迫状といった趣の、乱暴な文字で書かれた手紙が置かれている。
私はその横からひょいと首を伸ばし、内容を検分した。
「……ゼクスさん。この『身代金』という漢字、横棒が一本足りませんわ。これでは『身代犬』になってしまいます。私は犬ではありませんのよ?」
「うぐっ……! う、うるせえな! 意味が通じればいいんだよ!」
「よろしくありませんわ。公爵家に送る文書ですもの、教養のなさを露呈しては、誘拐犯としての格が下がります。書き直しなさいな」
「なんで誘拐されてる側に、文章の添削指導を受けなきゃいけねえんだよ……!」
ゼクスはぶつぶつと文句を言いながらも、律儀にペンを握り直した。
その時、砦の入り口から、一人の若い騎士が血相を変えて飛び込んできた。
「団長! ゼクス兄貴! 大変だ、街に偵察に行かせた部下から伝令が届きました!」
「どうした、そんなに慌てて。公爵家が追手を差し向けてきたか?」
団長が、椅子の背もたれを軋ませながら立ち上がる。
伝令の若者は、肩で息をしながら、信じられないといった様子で叫んだ。
「いえ、逆です! 母国の広場で、ウィルフレッド王子が公式声明を出しました! 『アマリリス・フローライトは、他国の男と不貞を働き、王室の財宝を盗んで逃げ出した希代の悪女である』と!」
「……はぁ?」
ゼクスの手が止まり、ペンからインクがポタリと床に落ちた。
「さらに王子は、『このような不浄な女との婚約は、即刻破棄する。彼女の行いに対しては、公爵家からも除名し、国外追放を言い渡す』と宣言したそうです!」
砦の中が、凍りついたような静寂に包まれた。
騎士たちは全員、呆然とした顔で私を見ている。
私はといえば、手元の紅茶を一口飲み、小さく首を傾げた。
「あら。私、いつの間に泥棒になってしまったのかしら? トランクの中には、予備のドレスとお菓子しか入っていませんのに」
「そこじゃないだろ! お前、国から『悪役令嬢』扱いされて、捨てられたんだぞ!」
ゼクスが机を叩いて立ち上がる。その顔は、私よりもずっと危機感に満ちていた。
「婚約破棄に国外追放……。おい、これじゃあ、身代金を請求する相手がいねえじゃねえか!」
「おっしゃる通りですわね。勘当された娘のために、お父様がお金を払うとは思えませんわ。フローライト公爵家は、面目を何より重んじる家系ですから」
私は他人事のように、ふむふむと頷いた。
「……お前、もっとショックとか受けねえのかよ? 王子に裏切られて、帰る場所を失ったんだぞ?」
「ショック……。そうね、確かに少しショックですわ」
私が伏せ目がちに呟くと、ゼクスが少しだけ表情を和らげ、気まずそうに目を逸らした。
「……まあ、その。あんな王子、見る目がなかったってことだろ。そんなに落ち込むなよ」
「いいえ。ショックなのは、王子の似顔絵の隣に描かれた私の手配書のことですわ。あれ、十キロくらい太って見えませんこと? 悪意を感じますわ!」
「知るか! そこじゃねえって言ってんだろ!」
ゼクスの全力のツッコミが、今日も今日とて砦にこだました。
団長が腕を組み、難しい顔で唸る。
「……弱ったな。人質としての価値がゼロになっちまった。かと言って、国外追放された女を今さら国境に捨てるわけにもいかねえしな」
「団長、どうするんです? このままここに置いておくんですか?」
騎士たちの視線が、再び私に集中する。
私はにっこりと微笑み、空になったカップを差し出した。
「おかわりをいただけます? どうやら、長期滞在になりそうですから」
「……ゼクス。こいつ、マジでどうにかしろ」
「俺に振らないでくださいよ、団長……。ああ、もう! なんで俺が、国外追放された令嬢の世話をしなきゃいけねえんだ!」
ゼクスは頭を抱えて座り込んだ。
その背中からは、誘拐犯としての威厳は欠片も感じられなかった。
一方、私の心は意外なほど晴れやかだった。
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