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「……ゼクスさん。さっきから気になっていたのですけれど、そのお顔、少し近寄っていただけます?」
私は、朝の読書(トランクに忍ばせていた恋愛小説ですわ)を中断し、目の前を通り過ぎようとしたゼクスさんを呼び止めた。
「あ? なんだよ。今から裏山のパトロールなんだ。忙しいんだよ」
ゼクスさんは面倒そうに足を止めたが、言われた通りに顔をこちらへ近づけてくれた。
近くで見ると、やはり凄まじい。
無造作に伸びた無精髭、手入れを忘れたボサボサの髪。そして、戦いの中でついたと思われる煤汚れ。
「……汚いですわ。非常に汚いですわ」
「はぁ!? なんだよいきなり! 俺たちは騎士なんだ、戦場や森を駆け回ってりゃ、これくらい普通だろ!」
「いいえ、普通ではありませんわ。フローライト公爵家では、庭掃除の庭師さんでも、もっと身だしなみに気を配っておりますわよ」
私は立ち上がり、彼の胸板を指先でツンと突いた。
「野良犬騎士団と仰いましたわね? 野良犬であっても、毛並みがボロボロではただの迷子犬ですわ。騎士を名乗るなら、最低限の清潔感は持ち合わせるべきです」
「……っ。迷子犬って言うな! それに、俺たちの格好がどうだろうと、お前には関係ないだろ」
ゼクスさんは顔を背けたが、私は逃がさなかった。
「関係ありますわ。だって、私の視界に入るものが美しくないのは、精神衛生上よろしくありませんもの。……さあ、そこにお座りなさいな。これは命令……いえ、人質としてのお願いですわ」
「お願いの顔じゃねえだろ、それ!」
結局、私の気迫に押されたゼクスさんは、食堂の椅子に大人しく腰を下ろした。
私はトランクの底から、護身用のナイフ……ではなく、最高級の「理髪用カミソリ」と「バラの香りの整髪油」を取り出した。
「おい、待て。お前、何する気だ? そのカミソリ、妙に光ってねえか?」
「安心なさいな。私、昔からお父様の髭剃りを見守るのが好きでしたの。予習はバッチリですわ」
「見守ってただけじゃねえか! おい、やめろ、鼻の下に刃を当てるな! 死ぬ、俺はここで死ぬのか!?」
「じっとしていてくださいまし。動くと、本当に鼻が飛んでしまいますわよ?」
私が微笑むと、ゼクスさんは石像のように固まった。
私は手際よく、彼の無精髭を剃り落とし、伸び放題だった髪を整えていく。
仕上げに、ほのかに香るバラのオイルを髪に馴染ませた。
「……ふぅ。これでよし、ですわ。鏡をご覧になって?」
「……。……誰だ、これ」
鏡を覗き込んだゼクスさんが、呆然と声を漏らした。
髭を剃り、顔の汚れを落とした彼の素顔は、驚くほど整っていた。
鋭いけれど意志の強そうな瞳。高い鼻梁。引き締まった顎のライン。
もともと体格が良いだけに、清潔感が出るだけで、そこらの一流貴族も裸足で逃げ出すような「美丈夫」へと変貌を遂げていたのである。
「あら、思っていたよりずっと見られるお顔ですわね。これなら、隣国の社交界へ出しても恥ずかしくありませんわ」
「……。……。……うっせえよ」
ゼクスさんは顔を真っ赤にして、バッと鏡を伏せた。
そこへ、騒ぎを聞きつけた団長と他の騎士たちが集まってきた。
「おいゼクス、生きてるか? ……って、お前、どちら様だ!?」
「団長、俺ですよ! ゼクスですよ!」
「嘘をつけ! 俺の右腕は、もっとこう、泥臭くて小汚い男だったはずだ! そんなキラキラした騎士様じゃねえ!」
「キラキラって言うな!」
騎士たちは口々に「俺もやってくれ!」「お嬢様、俺も騎士様になりたいです!」と騒ぎ出し、砦は臨時の美容室と化した。
その日の夕方。
砦の中には、バラの香りを漂わせた「清潔感溢れる誘拐犯たち」が溢れかえっていた。
彼らは気恥ずかしそうにしながらも、背筋が伸び、心なしか言葉遣いまで少し丁寧になっていた。
「……なあ、アマリリス」
夕食後、ゼクスさんが少しだけ私に歩み寄ってきた。
「なんですの? あ、もしかして眉毛の形が気になります?」
「そうじゃねえよ。……その。……サンキュ」
彼は蚊の鳴くような声でそう言うと、逃げるように部屋へ戻っていった。
私はその背中を見送りながら、クスクスと笑った。
(誘拐された時はどうなることかと思いましたけれど、案外、教育のしがいがありますわね)
一方で、アマリリスの祖国では。
「アマリリスはあまりにも不潔で、彼女が通った後には草木も生えないという呪いがかかっている」
という、もはや人間としての尊厳を無視したレベルのデマが、ウィルフレッド王子の側近たちによって流布されていた。
もちろん、本人は知る由もない。
私は、朝の読書(トランクに忍ばせていた恋愛小説ですわ)を中断し、目の前を通り過ぎようとしたゼクスさんを呼び止めた。
「あ? なんだよ。今から裏山のパトロールなんだ。忙しいんだよ」
ゼクスさんは面倒そうに足を止めたが、言われた通りに顔をこちらへ近づけてくれた。
近くで見ると、やはり凄まじい。
無造作に伸びた無精髭、手入れを忘れたボサボサの髪。そして、戦いの中でついたと思われる煤汚れ。
「……汚いですわ。非常に汚いですわ」
「はぁ!? なんだよいきなり! 俺たちは騎士なんだ、戦場や森を駆け回ってりゃ、これくらい普通だろ!」
「いいえ、普通ではありませんわ。フローライト公爵家では、庭掃除の庭師さんでも、もっと身だしなみに気を配っておりますわよ」
私は立ち上がり、彼の胸板を指先でツンと突いた。
「野良犬騎士団と仰いましたわね? 野良犬であっても、毛並みがボロボロではただの迷子犬ですわ。騎士を名乗るなら、最低限の清潔感は持ち合わせるべきです」
「……っ。迷子犬って言うな! それに、俺たちの格好がどうだろうと、お前には関係ないだろ」
ゼクスさんは顔を背けたが、私は逃がさなかった。
「関係ありますわ。だって、私の視界に入るものが美しくないのは、精神衛生上よろしくありませんもの。……さあ、そこにお座りなさいな。これは命令……いえ、人質としてのお願いですわ」
「お願いの顔じゃねえだろ、それ!」
結局、私の気迫に押されたゼクスさんは、食堂の椅子に大人しく腰を下ろした。
私はトランクの底から、護身用のナイフ……ではなく、最高級の「理髪用カミソリ」と「バラの香りの整髪油」を取り出した。
「おい、待て。お前、何する気だ? そのカミソリ、妙に光ってねえか?」
「安心なさいな。私、昔からお父様の髭剃りを見守るのが好きでしたの。予習はバッチリですわ」
「見守ってただけじゃねえか! おい、やめろ、鼻の下に刃を当てるな! 死ぬ、俺はここで死ぬのか!?」
「じっとしていてくださいまし。動くと、本当に鼻が飛んでしまいますわよ?」
私が微笑むと、ゼクスさんは石像のように固まった。
私は手際よく、彼の無精髭を剃り落とし、伸び放題だった髪を整えていく。
仕上げに、ほのかに香るバラのオイルを髪に馴染ませた。
「……ふぅ。これでよし、ですわ。鏡をご覧になって?」
「……。……誰だ、これ」
鏡を覗き込んだゼクスさんが、呆然と声を漏らした。
髭を剃り、顔の汚れを落とした彼の素顔は、驚くほど整っていた。
鋭いけれど意志の強そうな瞳。高い鼻梁。引き締まった顎のライン。
もともと体格が良いだけに、清潔感が出るだけで、そこらの一流貴族も裸足で逃げ出すような「美丈夫」へと変貌を遂げていたのである。
「あら、思っていたよりずっと見られるお顔ですわね。これなら、隣国の社交界へ出しても恥ずかしくありませんわ」
「……。……。……うっせえよ」
ゼクスさんは顔を真っ赤にして、バッと鏡を伏せた。
そこへ、騒ぎを聞きつけた団長と他の騎士たちが集まってきた。
「おいゼクス、生きてるか? ……って、お前、どちら様だ!?」
「団長、俺ですよ! ゼクスですよ!」
「嘘をつけ! 俺の右腕は、もっとこう、泥臭くて小汚い男だったはずだ! そんなキラキラした騎士様じゃねえ!」
「キラキラって言うな!」
騎士たちは口々に「俺もやってくれ!」「お嬢様、俺も騎士様になりたいです!」と騒ぎ出し、砦は臨時の美容室と化した。
その日の夕方。
砦の中には、バラの香りを漂わせた「清潔感溢れる誘拐犯たち」が溢れかえっていた。
彼らは気恥ずかしそうにしながらも、背筋が伸び、心なしか言葉遣いまで少し丁寧になっていた。
「……なあ、アマリリス」
夕食後、ゼクスさんが少しだけ私に歩み寄ってきた。
「なんですの? あ、もしかして眉毛の形が気になります?」
「そうじゃねえよ。……その。……サンキュ」
彼は蚊の鳴くような声でそう言うと、逃げるように部屋へ戻っていった。
私はその背中を見送りながら、クスクスと笑った。
(誘拐された時はどうなることかと思いましたけれど、案外、教育のしがいがありますわね)
一方で、アマリリスの祖国では。
「アマリリスはあまりにも不潔で、彼女が通った後には草木も生えないという呪いがかかっている」
という、もはや人間としての尊厳を無視したレベルのデマが、ウィルフレッド王子の側近たちによって流布されていた。
もちろん、本人は知る由もない。
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