馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

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「……退屈ですわ。あまりにも退屈すぎて、このままでは私、妖精さんになって消えてしまいそうですわ」

私は談話室のソファに深く沈み込み、天井のシミ(昨日、団長に消させたはずなのにまだ少し残っていますわね)を数えていた。

掃除は終わった。食事も改善された。身だしなみも整った。

しかし、肝心の「娯楽」がこの砦には一切ないのです。

「妖精になる前に、その手に持っている三枚目のクッキーを置け。お前、さっきから食ってばっかりだろ」

パトロールから戻ったゼクスさんが、呆れたように私を見下ろした。

「失礼ね。これは思考を活性化させるための燃料ですわ。ゼクスさん、貴方たちは夜、何をしていらっしゃいますの?」

「何って……。武器の手入れをするか、酒を飲んで寝るだけだ。それ以外に何があるんだよ」

「まあ、なんて野蛮で生産性のない生活! 夜こそ、知性と教養を磨く社交の時間ですわよ!」

私はバッと立ち上がり、トランクの隠しポケットから「特製のトランプ」を取り出した。

「さあ、今夜は皆様に『大富豪』という、身分を逆転させる恐ろしい遊びを教えて差し上げますわ」


その日の夜。

かつては男たちの怒号と酒の匂いが充満していた食堂は、今や「知的で静かな熱狂」に包まれていた。

「……っ! 俺の『8(エイト)』だ! これで場を流すぜ!」

「甘いですわ、ゼクスさん。私の『ジョーカー』で、貴方を奈落の底へ突き落として差し上げます。はい、革命(レボリューション)ですわ!」

「なっ、またかよ! お前、手札が強すぎんだろ!」

ゼクスさんは椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がったが、私の冷ややかな視線に気づき、慌てて背筋を伸ばして座り直した。

最近の彼は、私に「姿勢が悪い」と注意されるのを極端に恐れているのだ。

「フフ……。今日から貴方は『大貧民』ですわ。私に一番強いカードを献上なさいな」

「くそっ……! この俺が、人質に貢ぎ物をすることになるとは……」

悔しそうにカードを差し出すゼクスさんの姿に、周りの騎士たちがドッと沸いた。

「おいゼクス、お嬢様に逆らおうなんて百年早いぜ!」

「次は俺が相手だ! お嬢様、俺に『社交のいろは』を叩き込んでください!」

団長に至っては、隅の方で「社交ダンスの基本ステップ」を一人で練習している始末だった。


「……ふぅ。少し疲れましたわ。風に当たってきます」

数時間の熱戦の後、私はバルコニーへ出た。

夜の森は静かで、星が驚くほど近くに見える。

「……おい」

後ろから、少し低めの声がした。ゼクスさんだ。

「あら、ゼクスさん。大貧民の傷は癒えましたかしら?」

「うるせえよ。……ほら、これ。外は冷えるだろ」

彼は不器用な動作で、自分の騎士マントを私の肩にかけた。

「……ありがとうございます。意外と、気が利くんですのね」

「……。……お前が風邪でも引いたら、砦の食卓が地獄に戻るからな。それだけの理由だ」

彼はそっぽを向いたが、その横顔は月明かりに照らされて、やはり悔しいほどに整っていた。

「ねえ、ゼクスさん。貴方たちはどうして『野良犬』なんて名乗っているの? 本当は、どこか立派な国の騎士様だったのでしょう?」

私の問いに、ゼクスさんの表情がわずかに曇った。

「……終わった話だ。俺たちは、無実の罪を着せられた主君を守れなかった、ただの落ちこぼれさ」

「まあ。冤罪ですの? ……それなら、私と同じですわね」

私がクスクスと笑うと、ゼクスさんは驚いたようにこちらを見た。

「同じ? お前は、王子と駆け落ちしたくて逃げ出したんだろ?」

「そんなわけありませんわ! 私は馬車で寝ていただけ! それなのに勝手に『悪役令嬢』にされて……。でも、こうして貴方たちに出会えたのですから、人生何が起こるか分かりませんわね」

私はゼクスさんの目を見つめ、にっこりと微笑んだ。

「……。……。……お前、本当に変な女だな」

ゼクスさんは顔を赤くして、逃げるように夜の闇の中へ視線を戻した。

彼の手が、私の肩にかかったマントの上から、ほんの少しだけ触れたような気がした。


その頃、母国フローライト。

ウィルフレッド王子は、さらなる「アマリリス伝説」を捏造していた。

「アマリリスはあまりにも性格が悪すぎて、彼女が微笑むだけで、国中の赤ん坊が泣き出し、ミルクが腐るという。まさに魔女だ!」

「おお、なんと恐ろしい! 王子、そんな女と婚約破棄できて正解でしたな!」

側近たちの追従に、王子は満足げにワインを煽っていた。

本人の微笑みが、今まさに隣国の屈強な騎士を一人、赤面させていることなど、彼は一生知ることはないだろう。
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