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「お嬢様! 大変です、お昼寝をしている場合ではありませんわ!」
「……んん。あと五分。あと五分で、この夢の中の三段重ねパンケーキを完食しますから……」
私は談話室のソファで、幸せな夢の続きを追いかけていた。
しかし、私の肩を遠慮なく揺さぶる手がある。ゼクスさんだ。
「おい、起きろアマリリス! パンケーキじゃねえ、お前の首が飛ぶかもしれないんだぞ!」
「首……? まあ、ギロチンですか? それはドレスの襟元が汚れてしまいますわね」
私はようやく片目を開け、目の前で青ざめているゼクスさんを見上げた。
最近、すっかり美形になった彼の顔が台無しである。
「笑い事じゃねえ! 母国の追手が、すぐそこの国境を越えたって情報が入ったんだ!」
ゼクスさんが私の前に放り出したのは、一枚の古びた、しかし真新しいインクの香りがする手配書だった。
そこには、私の名前と共に、目を疑うような見出しが躍っていた。
『国家反逆罪・および王室財宝強奪犯:アマリリス・フローライト。生け捕り、あるいは首を持参した者に金貨五千枚を授与する』
「……金貨、五千枚? まあ、私、そんなにお高い女になりましたの?」
「感心してる場合か! お前の元婚約者、あのウィルフレッド王子は本気だぞ。軍の一部を『アマリリス討伐隊』として派遣しやがった」
ゼクスさんは忌々しそうに吐き捨て、腰の剣の柄を強く握りしめた。
「しかも、名目は『隣国へ逃げ込んだ魔女を退治し、両国の平和を守るため』だ。これじゃ、俺たちが誘拐したことがバレたら、一気に国際問題になっちまう」
「魔女、ですか。次はそう来ましたのね」
私は手配書をまじまじと見つめた。
「でも見てくださいまし、ゼクスさん。この似顔絵、以前のものよりは少しマシになっておりますわ。少なくとも、顎のラインが二重ではありませんもの」
「お前の美意識はどうなってんだ! 命を狙われてるんだぞ!」
ゼクスさんの怒号に、団長や他の騎士たちも集まってきた。
食堂には、いつになく殺伐とした空気が流れている。
「団長、どうしますか? 相手は正規軍の精鋭部隊だ。俺たち『野良犬』だけで正面からやり合うのは分が悪い」
部下の一人が不安そうに尋ねる。
団長は腕を組み、深く刻まれた眉間の皺を動かした。
「……アマリリス。あんたを王子に引き渡せば、俺たちの罪は不問になり、金貨五千枚が手に入る。どうだ、誘拐犯としては魅力的な話だと思わねえか?」
団長の鋭い目が私を射抜く。
周囲の騎士たちが、ごくりと唾を飲み込んだ。
私はゆっくりと立ち上がり、団長の前に進み出た。
「ええ、確かに。金貨五千枚あれば、この砦を改築して、地下に大きなワインセラーと、私専用の天蓋付きベッドが置けるお部屋が作れますわね」
「……。金の話じゃねえ、あんたの命の話をしてるんだぞ」
「あら、分かっておりますわ。でも団長、一つだけお聞きしてもよろしい?」
私はにっこりと微笑み、団長と、そしてゼクスさんの顔を順番に眺めた。
「今の皆様なら、王子の軍に負けるはずがありませんわ。だって、私が皆様を世界一清潔で、世界一美味しいものを食べる騎士団に育て上げましたもの。……まさか、お腹が満たされたら、臆病風に吹かれてレディを見捨てるような、そんな情けない男に成り下がったわけではありませんわよね?」
「……っ」
ゼクスさんの顔が、カッと赤くなった。
それは怒りではなく、騎士としての矜持を揺さぶられた男の顔だった。
「……ははは! 全くだ、こりゃ一本取られたな!」
団長が突然、お腹を抱えて大笑いし始めた。
「おい野郎ども! 聞いたか? お嬢ちゃんに、情けない男だと思われてるぞ!」
「冗談じゃねえ! 俺たちは、お嬢様のオムレツなしじゃ生きていけない体になってるんだ!」
「金貨五千枚? そんなもん、お嬢様の淹れる紅茶一杯の価値にも及ばねえよ!」
騎士たちが次々と剣を抜き、空に向かって突き上げた。
その光景は、もはや誘拐犯のそれではなく、一人の姫を守る忠義の騎士団そのものだった。
「……決まりだな」
ゼクスさんが私の前に膝をつき、私の手を取った。
「アマリリス。お前を『悪役令嬢』だの『魔女』だの呼ぶ奴らには、俺たちが目にもの見せてやる。お前はただ、晩飯の献立でも考えて待ってろ」
「頼もしいですわね、ゼクスさん。では、今夜は勝利の前祝いに、お肉をたっぷり使ったシチューにいたしましょうか」
「ああ。……首を洗って待ってろってのは、王子の方に言ってやるよ」
ゼクスさんの瞳に、かつてないほど鋭い戦意が宿った。
一方で、国境付近の野営地。
ウィルフレッド王子は、豪華な椅子にふんぞり返り、鏡を見て髪を整えていた。
「ふふふ……。今頃アマリリスは、汚い牢屋で泣き叫んでいるだろう。私が助けに行ってやるフリをして、財産の隠し場所を吐かせてから処刑してやる。完璧なシナリオだ!」
「王子、さすがでございます! あんな悪女、この世から消し去るべきです!」
王子の周囲では、相変わらず無能な側近たちが手を叩いて喜んでいた。
自分たちがこれから立ち向かうのが、単なる「誘拐犯」ではなく、「公爵令嬢によって極限まで士気を高められた最強の美食騎士団」であることなど、彼らは夢にも思っていなかった。
「……んん。あと五分。あと五分で、この夢の中の三段重ねパンケーキを完食しますから……」
私は談話室のソファで、幸せな夢の続きを追いかけていた。
しかし、私の肩を遠慮なく揺さぶる手がある。ゼクスさんだ。
「おい、起きろアマリリス! パンケーキじゃねえ、お前の首が飛ぶかもしれないんだぞ!」
「首……? まあ、ギロチンですか? それはドレスの襟元が汚れてしまいますわね」
私はようやく片目を開け、目の前で青ざめているゼクスさんを見上げた。
最近、すっかり美形になった彼の顔が台無しである。
「笑い事じゃねえ! 母国の追手が、すぐそこの国境を越えたって情報が入ったんだ!」
ゼクスさんが私の前に放り出したのは、一枚の古びた、しかし真新しいインクの香りがする手配書だった。
そこには、私の名前と共に、目を疑うような見出しが躍っていた。
『国家反逆罪・および王室財宝強奪犯:アマリリス・フローライト。生け捕り、あるいは首を持参した者に金貨五千枚を授与する』
「……金貨、五千枚? まあ、私、そんなにお高い女になりましたの?」
「感心してる場合か! お前の元婚約者、あのウィルフレッド王子は本気だぞ。軍の一部を『アマリリス討伐隊』として派遣しやがった」
ゼクスさんは忌々しそうに吐き捨て、腰の剣の柄を強く握りしめた。
「しかも、名目は『隣国へ逃げ込んだ魔女を退治し、両国の平和を守るため』だ。これじゃ、俺たちが誘拐したことがバレたら、一気に国際問題になっちまう」
「魔女、ですか。次はそう来ましたのね」
私は手配書をまじまじと見つめた。
「でも見てくださいまし、ゼクスさん。この似顔絵、以前のものよりは少しマシになっておりますわ。少なくとも、顎のラインが二重ではありませんもの」
「お前の美意識はどうなってんだ! 命を狙われてるんだぞ!」
ゼクスさんの怒号に、団長や他の騎士たちも集まってきた。
食堂には、いつになく殺伐とした空気が流れている。
「団長、どうしますか? 相手は正規軍の精鋭部隊だ。俺たち『野良犬』だけで正面からやり合うのは分が悪い」
部下の一人が不安そうに尋ねる。
団長は腕を組み、深く刻まれた眉間の皺を動かした。
「……アマリリス。あんたを王子に引き渡せば、俺たちの罪は不問になり、金貨五千枚が手に入る。どうだ、誘拐犯としては魅力的な話だと思わねえか?」
団長の鋭い目が私を射抜く。
周囲の騎士たちが、ごくりと唾を飲み込んだ。
私はゆっくりと立ち上がり、団長の前に進み出た。
「ええ、確かに。金貨五千枚あれば、この砦を改築して、地下に大きなワインセラーと、私専用の天蓋付きベッドが置けるお部屋が作れますわね」
「……。金の話じゃねえ、あんたの命の話をしてるんだぞ」
「あら、分かっておりますわ。でも団長、一つだけお聞きしてもよろしい?」
私はにっこりと微笑み、団長と、そしてゼクスさんの顔を順番に眺めた。
「今の皆様なら、王子の軍に負けるはずがありませんわ。だって、私が皆様を世界一清潔で、世界一美味しいものを食べる騎士団に育て上げましたもの。……まさか、お腹が満たされたら、臆病風に吹かれてレディを見捨てるような、そんな情けない男に成り下がったわけではありませんわよね?」
「……っ」
ゼクスさんの顔が、カッと赤くなった。
それは怒りではなく、騎士としての矜持を揺さぶられた男の顔だった。
「……ははは! 全くだ、こりゃ一本取られたな!」
団長が突然、お腹を抱えて大笑いし始めた。
「おい野郎ども! 聞いたか? お嬢ちゃんに、情けない男だと思われてるぞ!」
「冗談じゃねえ! 俺たちは、お嬢様のオムレツなしじゃ生きていけない体になってるんだ!」
「金貨五千枚? そんなもん、お嬢様の淹れる紅茶一杯の価値にも及ばねえよ!」
騎士たちが次々と剣を抜き、空に向かって突き上げた。
その光景は、もはや誘拐犯のそれではなく、一人の姫を守る忠義の騎士団そのものだった。
「……決まりだな」
ゼクスさんが私の前に膝をつき、私の手を取った。
「アマリリス。お前を『悪役令嬢』だの『魔女』だの呼ぶ奴らには、俺たちが目にもの見せてやる。お前はただ、晩飯の献立でも考えて待ってろ」
「頼もしいですわね、ゼクスさん。では、今夜は勝利の前祝いに、お肉をたっぷり使ったシチューにいたしましょうか」
「ああ。……首を洗って待ってろってのは、王子の方に言ってやるよ」
ゼクスさんの瞳に、かつてないほど鋭い戦意が宿った。
一方で、国境付近の野営地。
ウィルフレッド王子は、豪華な椅子にふんぞり返り、鏡を見て髪を整えていた。
「ふふふ……。今頃アマリリスは、汚い牢屋で泣き叫んでいるだろう。私が助けに行ってやるフリをして、財産の隠し場所を吐かせてから処刑してやる。完璧なシナリオだ!」
「王子、さすがでございます! あんな悪女、この世から消し去るべきです!」
王子の周囲では、相変わらず無能な側近たちが手を叩いて喜んでいた。
自分たちがこれから立ち向かうのが、単なる「誘拐犯」ではなく、「公爵令嬢によって極限まで士気を高められた最強の美食騎士団」であることなど、彼らは夢にも思っていなかった。
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