馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「……皆様、準備はよろしいかしら? 本日より三日間、この国境砦にて『第一回・国境大食祭』を開催いたしますわよ!」

私の高らかな宣言と共に、砦の広場に祝砲(幻影魔法のクラッカーですわ)が鳴り響いた。

エメリン女王陛下との友好条約締結を祝した、国家規模のガーデンパーティー。

広場には、両国から集まった人々が、言葉の壁を越えて(というか料理の美味しさに圧倒されて)笑顔で溢れかえっている。

「おい、アマリリス! 追加の『厚切りベーコン串』が千本単位で消えていくぞ! 聖騎士団の連中が、給仕を忘れて自分たちで食い始めてやがる!」

ゼクスさんが、額に汗を浮かべながら、空になった巨大な大皿を抱えて厨房に飛び込んできた。

「あら、それは不祥事ですわね。ゼクスさん、彼らには後でお掃除三倍の刑を与えておいて。……それより、本日のメインディッシュ『友好の巨大クロカンブッシュ』の様子はどうかしら?」

「ああ、高さ二メートルのシュークリームの塔だろ? あんなもん、どうやって作るのかと思ったが……。ギデオンたちが、魔法で崩れないように必死に支えてるよ」


祭りの熱気が最高潮に達しようとしていた、その時。

厨房の裏口から、見慣れない給仕服を着た一人の男が、スルスルと忍び込んできた。

彼は周囲をキョロキョロと見渡し、懐から小さな小瓶を取り出す。

「……ふふふ。アマリリスめ、お前の栄光もここまでだ。この『魔物の涙』を一口飲めば、誰であろうと三日三晩、腹を下してのたうち回ることになる……。そうすれば、この祭りは阿鼻叫喚の地獄絵図だ!」

男は、仕上げを待つソースの鍋に小瓶を傾けようとした。

「……あら。そこの方、そのネクタイの結び目、三ミリほど左に寄っていますわよ?」

「ひゃいっ!?」

背後から声をかけると、男は面白いように飛び上がった。

私は、特大の泡立て器を肩に担ぎ、優雅な足取りで彼に歩み寄った。


「……。あ、アマリリス!? いつの間に後ろに!」

「お客様かしら? それとも、新しいバイトの志願者? ……いえ、その給仕服の生地、我が砦の指定品よりも安物ですわね。さては、ウィルフレッド王子のところの側近さんかしら?」

私は、彼の懐からこぼれ落ちそうになった小瓶を、素早い動きで奪い取った。

「なっ、返せ! それは……それは、秘伝の隠し味だ!」

「隠し味? まあ。……ゼクスさん、ちょっとこちらへいらして?」

「なんだよ、今度は肉の仕込みか? ……って、おい、そいつは王子の太鼓持ちのバルゴ伯爵じゃねえか!」

ゼクスさんが目を鋭く光らせ、男の襟首を掴み上げた。


「バルゴさん、と仰るのね。……隠し味だというのなら、まずは貴方が味見をなさるのが筋ですわよね?」

私はにっこりと微笑み、奪った小瓶の蓋を開けた。

「よ、よせ! それは……それは人間が飲むものでは……!」

「あら。お客様に出そうとしていたものを、自分は飲めないなんて。そんな不潔な態度は、美食の聖地では万死に値しますわよ?」

私が泡立て器を構えると、バルゴ伯爵は腰を抜かして震え上がった。

「は、白状します! 王子に命じられたんです! 祭りを台無しにして、アマリリスの評判を地に落とせば、公爵家に戻ってこざるを得なくなるはずだと!」

「……。やっぱり、あの王子か」

ゼクスさんが深い溜息をついた。


「……お父様のところへ戻る? そんな理由で、私の神聖なキッチンに不純物を持ち込もうとしたのですか?」

私の声から、一瞬だけ温度が消えた。

「ゼクスさん。この方を、地下の『ジャガイモ剥き部屋』へ。……本日の来客数は一万人を超えていますの。ジャガイモの皮、最低でも五万個分は剥いていただかないと、おもてなしが間に合いませんわ」

「はっ! 了解だ、お嬢様。……おいバルゴ、地獄の皮剥きタイムの始まりだ。指の指紋がなくなるまで働いてもらうぜ!」

「ひ、ひえぇぇ! 王子ぃ、助けてくださぁぁい!」


バルゴ伯爵が引きずられていく声を背に、私は再び泡立て器を回し始めた。

「……さて。不純物もお掃除できましたし、最高のクロカンブッシュを完成させましょうか」


一方、国境の反対側。

「……まだか! バルゴからの報告はまだか! そろそろ砦から、集団食中毒の悲鳴が聞こえてきてもいい頃だろう!?」

ウィルフレッド王子は、豪華な椅子をガタガタと揺らしながら、遠くの砦を眺めていた。

しかし、聞こえてきたのは悲鳴ではなく、「アマリリス様万歳!」という、地響きのような大歓声であった。

「……なぜだ……。なぜ、何をやっても彼女の評価が上がってしまうんだ……!!」

王子が絶望のあまり机に頭をぶつけた頃、砦では、バルゴ伯爵が涙を流しながら超高速でジャガイモを剥き続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...