馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

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「……皆様、おはようございます。昨夜のカレーは、よく消化されましたかしら?」

私は、砦の広場に整列した五百人の「元」反乱軍の方々に向かって、にこやかに声をかけた。

昨夜、殺気立って門を叩いた「黒い牙」の面々は、今や全員が真っ白なハチマキ(私のトランクに眠っていたシーツを切り刻んだものですわ)を締め、手には箒やバケツを持っている。

「お嬢様! 昨夜のカレー、人生の真理を悟る味でした! 俺たち、今まで何のために戦っていたのか分かりません!」

リーダーのドレイクが、昨夜の猛々しさはどこへやら、子犬のような潤んだ瞳で私を見つめている。

「あら、それは素晴らしい気づきですわね。戦いよりもお掃除、革命よりも炊き出し。それこそが、真に豊かな人生への第一歩ですわ」

「はい! 俺たちは今日から『黒い牙』を捨て、『アマリリスお掃除親衛隊』として、この砦の美化に命を懸けます!」

五百人の男たちが一斉に地面に膝をつき、石畳を磨き始めた。その光景は、もはや軍隊というよりは、極めて統率の取れた清掃業者である。


「……。なあ、アマリリス。お前、ついに反乱軍を民営化したのか?」

ゼクスさんが、私の隣で呆れ果てたように呟いた。

「民営化だなんて。私はただ、彼らに『汚い手で武器を持つより、綺麗な手でスプーンを持つ方が幸せ』だと教えただけですわ」

「お前のその『教え』、隣国の王室が数十年かけても成し遂げられなかった平和を、たった一晩で実現してやがるぞ。……ほら、噂をすれば本物が到着だ」

ゼクスさんの視線の先、街道の向こうから、隣国の正規軍を引き連れたエメリン女王陛下が姿を現した。


「……。これは、一体どういう状況だ?」

馬を止めたエメリン陛下は、砦の前で一心不乱に床を磨く五百人の男たちを見て、目を疑っていた。

「陛下! 救援に参りました! ……って、あれ? あそこにいるのは、指名手配中の反乱首謀者、ドレイクではありませんか?」

側近の騎士たちが剣を抜こうとするが、陛下はそれを手で制した。

「待て。……ドレイク、貴様、そこで何をしている」

ドレイクは、陛下に気づくとシュバッ! と立ち上がり、手に持った雑巾を高く掲げた。

「陛下! 俺たちは目覚めました! アマリリスお嬢様のカレーを一口食べた瞬間、国家を転覆させようなどという小さな悩みは、スパイスの香りと共に吹き飛んだのです!」

「……。カレー。……カレーか」

陛下は、信じられないものを見る目で私を振り返った。


「ごきげんよう、エメリン陛下。反乱軍の皆様なら、今ちょうど教育実習を終えられたところですわ。皆様、とても素直で、ジャガイモの芽を取るのがお上手なんですのよ」

私が優雅にカーテシーを披露すると、陛下は深い、深いため息をついた。

「アマリリス殿……。貴女は、我が国の軍事予算をどれほど節約してくれたか分かっているのか? 血を流さず、死者も出さず、たった数鍋の料理で反乱を鎮圧するなど……もはや伝説だ」

「あら。私はただ、皆様に美味しいものを食べていただきたかっただけですわ」

「……。今日から貴女を、両国の平和を繋ぐ『美食の聖女』として称えよう。……いや、聖女というよりは……『胃袋の神』だな」


陛下がそう宣言した瞬間、広場にいた兵士も反乱軍も、全員が「美食の聖女!」「胃袋の神!」とシュプレヒコールを上げ始めた。

「……。おい、アマリリス。ついに宗教まで立ち上がっちまったぞ」

ゼクスさんが私の肩を叩いて苦笑する。

「あら。私、神様になるほど暇ではありませんわよ? まだまだ新作のレシピも、砦の増築計画も山積みなんですもの」


一方で、国境の反対側の山中。

「……なぜだ! なぜ反乱軍が女王の軍勢と一緒になって、楽しそうに合唱しながら床を磨いているのだ!? あの砦には、人間の人格を強制的に書き換える恐怖の洗脳魔法でもあるのか!?」

ウィルフレッド王子は、双眼鏡を覗きながらガタガタと震えていた。

「ひえぇ! アマリリスめ、ついに五百人の戦士を『掃除ロボット』に変えてしまった! 次は私の番か!? 私は……私は床を磨くのは嫌だぁぁ!」

王子、貴方の根性は床よりも汚れていますから、磨く以前に交換が必要ですわね。
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