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「……アマリリス。その、なんだ。……すまなかった」
我が父、フローライト公爵は、数千の近衛兵を砦のふもとに待機させ、たった一人で私のティーテーブルの前に座っていた。
かつての威厳はどこへやら、私と目を合わせることもできず、差し出された「究極のしっとりスコーン」を震える手で弄んでいる。
「あら、お父様。何のことかしら? 私、寝過ごして馬車ジャックに遭い、知らない間に悪役令嬢として国を追放されたことくらい、もう気にしていませんわよ?」
「……それを世間では『めちゃくちゃ気にしている』と言うのだ、アマリリス」
ゼクスさんが隣で、こらえきれないといった様子で吹き出した。
「お父様、スコーンが冷めてしまいますわよ。クロテッドクリームと自家製ベリージャムをたっぷり乗せて召し上がれ」
「……。……うむ。……っ! なんだ、この、天国に触れたような食感は……! やはり、お前のいない我が家の食卓は地獄だったのだ!」
お父様はスコーンを口に放り込むなり、涙を流して机に突っ伏した。
「戻ってきてくれ、アマリリス! ウィルフレッド王子の嘘はすべて暴かれた。国王陛下も深く反省し、お前に公式の謝罪と、新たな爵位を授与すると仰っている!」
「あら、新たな爵位。それは魅力的ですわね」
私は扇子をゆったりと動かしながら、隣に座っているエメリン女王陛下に視線を送った。
「……。公爵、それは困るな。アマリリス殿は我が国にとって、反乱軍を一人も殺さずに『お掃除軍団』へと変えた救国の聖女だ。彼女を連れ戻すというなら、我が国は総力を挙げて阻止させてもらうぞ」
エメリン陛下が、冷ややかな、しかし揺るぎない声で宣言する。
「なっ……。公爵家の娘を実家に返すのが、なぜ国際問題になるのだ!」
「彼女はもはや、一国の令嬢という枠に収まる器ではない。……そうだろう、アマリリス殿?」
二人の最高権力者が、私を挟んで火花を散らす。
かつての私なら、この重圧に震えていたかもしれませんわ。でも今の私は、五百人の反乱軍にカレーを配り切った女。これくらいの修羅場、朝飯前ですわ。
「……お二人とも、落ち着いていただけます? 紅茶の香りが乱れてしまいますわ」
私は静かに立ち上がり、二人の間に地図を広げた。
「お父様、そしてエメリン陛下。私はフローライト公爵家にも、隣国の王宮にも戻りませんわ。……その代わり、この砦を中心とした半径五キロメートルを、両国から完全に独立した『自由美食特区』として認めていただきます」
「「……特区!?」」
二人の声が重なった。
「ええ。このエリア内では国境を撤廃し、両国の民が自由に往来できるようにいたしますの。関税もパスポートも不要。必要なのは、美味しいものを愛する心と、お掃除のマナーだけですわ」
私は地図上の砦の周りに、ピンク色のペンで大きな丸を描いた。
「お父様の国からは、最高級の小麦と乳製品を。エメリン陛下の国からは、新鮮な海の幸とスパイスを。……それらがこの特区で混ざり合い、世界一の料理となって皆様の胃袋に届けられる。これこそが、真の平和の形ではありませんこと?」
「……。……。国境を、消すというのか。この砦のために」
お父様が呆然と呟く。
「不可能な話ではないわね。……むしろ、ここが両国の緩衝地帯(バッファゾーン)になれば、争いの火種すら消えるかもしれない」
エメリン陛下が、鋭い政治家の目で私の提案を吟味し始めた。
「その代わり、特区の運営権はすべて私にあります。そして……」
私は、後ろで誇らしげに立っているゼクスさんの腕を引いた。
「特区の治安維持は、私の『野良犬騎士団』と、元聖騎士、そして元反乱軍の皆様に一任していただきますわ。……いかがかしら、この提案。お受けいただけないのなら、私、これから二度とお料理を作りませんわよ?」
「「……それだけは勘弁してくれ!!」」
二人の最高権力者が、これ以上ないほどの速さで合意の署名を書き始めた。
こうして、私は一介の追放令嬢から、歴史上類を見ない「美食特区の支配者」へと成り上がったのである。
一方で、父の謝罪と共にアマリリスが大人しく帰ってくると信じていたウィルフレッド王子は。
「……なぜだ! なぜ謝罪に行ったはずの公爵が、戻ってくるなり『国境の壁を壊せ!』と叫び始めたのだ!? アマリリス、お前は父の脳までお菓子に変えてしまったのか!? ひえぇぇ、世界が、世界が彼女のキッチンに飲み込まれていくぅぅ!」
王子、世界は飲み込まれるのではなく、美味しく味付けされるだけですわよ。
我が父、フローライト公爵は、数千の近衛兵を砦のふもとに待機させ、たった一人で私のティーテーブルの前に座っていた。
かつての威厳はどこへやら、私と目を合わせることもできず、差し出された「究極のしっとりスコーン」を震える手で弄んでいる。
「あら、お父様。何のことかしら? 私、寝過ごして馬車ジャックに遭い、知らない間に悪役令嬢として国を追放されたことくらい、もう気にしていませんわよ?」
「……それを世間では『めちゃくちゃ気にしている』と言うのだ、アマリリス」
ゼクスさんが隣で、こらえきれないといった様子で吹き出した。
「お父様、スコーンが冷めてしまいますわよ。クロテッドクリームと自家製ベリージャムをたっぷり乗せて召し上がれ」
「……。……うむ。……っ! なんだ、この、天国に触れたような食感は……! やはり、お前のいない我が家の食卓は地獄だったのだ!」
お父様はスコーンを口に放り込むなり、涙を流して机に突っ伏した。
「戻ってきてくれ、アマリリス! ウィルフレッド王子の嘘はすべて暴かれた。国王陛下も深く反省し、お前に公式の謝罪と、新たな爵位を授与すると仰っている!」
「あら、新たな爵位。それは魅力的ですわね」
私は扇子をゆったりと動かしながら、隣に座っているエメリン女王陛下に視線を送った。
「……。公爵、それは困るな。アマリリス殿は我が国にとって、反乱軍を一人も殺さずに『お掃除軍団』へと変えた救国の聖女だ。彼女を連れ戻すというなら、我が国は総力を挙げて阻止させてもらうぞ」
エメリン陛下が、冷ややかな、しかし揺るぎない声で宣言する。
「なっ……。公爵家の娘を実家に返すのが、なぜ国際問題になるのだ!」
「彼女はもはや、一国の令嬢という枠に収まる器ではない。……そうだろう、アマリリス殿?」
二人の最高権力者が、私を挟んで火花を散らす。
かつての私なら、この重圧に震えていたかもしれませんわ。でも今の私は、五百人の反乱軍にカレーを配り切った女。これくらいの修羅場、朝飯前ですわ。
「……お二人とも、落ち着いていただけます? 紅茶の香りが乱れてしまいますわ」
私は静かに立ち上がり、二人の間に地図を広げた。
「お父様、そしてエメリン陛下。私はフローライト公爵家にも、隣国の王宮にも戻りませんわ。……その代わり、この砦を中心とした半径五キロメートルを、両国から完全に独立した『自由美食特区』として認めていただきます」
「「……特区!?」」
二人の声が重なった。
「ええ。このエリア内では国境を撤廃し、両国の民が自由に往来できるようにいたしますの。関税もパスポートも不要。必要なのは、美味しいものを愛する心と、お掃除のマナーだけですわ」
私は地図上の砦の周りに、ピンク色のペンで大きな丸を描いた。
「お父様の国からは、最高級の小麦と乳製品を。エメリン陛下の国からは、新鮮な海の幸とスパイスを。……それらがこの特区で混ざり合い、世界一の料理となって皆様の胃袋に届けられる。これこそが、真の平和の形ではありませんこと?」
「……。……。国境を、消すというのか。この砦のために」
お父様が呆然と呟く。
「不可能な話ではないわね。……むしろ、ここが両国の緩衝地帯(バッファゾーン)になれば、争いの火種すら消えるかもしれない」
エメリン陛下が、鋭い政治家の目で私の提案を吟味し始めた。
「その代わり、特区の運営権はすべて私にあります。そして……」
私は、後ろで誇らしげに立っているゼクスさんの腕を引いた。
「特区の治安維持は、私の『野良犬騎士団』と、元聖騎士、そして元反乱軍の皆様に一任していただきますわ。……いかがかしら、この提案。お受けいただけないのなら、私、これから二度とお料理を作りませんわよ?」
「「……それだけは勘弁してくれ!!」」
二人の最高権力者が、これ以上ないほどの速さで合意の署名を書き始めた。
こうして、私は一介の追放令嬢から、歴史上類を見ない「美食特区の支配者」へと成り上がったのである。
一方で、父の謝罪と共にアマリリスが大人しく帰ってくると信じていたウィルフレッド王子は。
「……なぜだ! なぜ謝罪に行ったはずの公爵が、戻ってくるなり『国境の壁を壊せ!』と叫び始めたのだ!? アマリリス、お前は父の脳までお菓子に変えてしまったのか!? ひえぇぇ、世界が、世界が彼女のキッチンに飲み込まれていくぅぅ!」
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