馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

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「……皆様、ついにこの日が参りましたわ! 我が『自由美食特区』、本日正式に開園ですわよ!」

私の号令と共に、かつて国境を隔てていた巨大な石門が、ゆっくりと開放された。

左右から押し寄せるのは、母国のフローライト王国と、隣国のエメリン女王国の民たち。

彼らはもはや武器を手にしていません。右手にフォーク、左手にナプキン。その瞳には、平和への渇望……いえ、新作の『ふわとろ厚焼きパンケーキ』への情熱が宿っております。

「おい、アマリリス! 開門から三分でパンケーキの整理券が完売したぞ! 整理券を求めて、行列が隣国の王都まで伸びそうな勢いだ!」

ゼクスさんが、額に汗を浮かべながらも、どこか誇らしげに報告に走ってきた。

「あら、それは素晴らしいですわね。ゼクスさん、行列の皆様には『バラの香りの冷却スプレー』と『一口サイズのフィナンシェ』を配布して差し上げて。おもてなしは、並んでいる時から始まっていますのよ」

「……。お前、いつか本気で『おもてなし』で世界を統一しそうだな」


そんな平和で幸福な喧騒の中。

突如として、空気の読めない派手なファンファーレが鳴り響いた。

「皆のもの、道を開けよ! この特区の真の主役であり、アマリリスの最愛の婚約者……ウィルフレッド王子の御なりであるぞ!」

黄金の装飾をこれでもかと盛り付けた馬車が、行列を強引に掻き分けて広場に乗り込んできた。

中から現れたのは、キラキラと輝く(自称)悲劇のヒーロー、ウィルフレッド王子。

「……アマリリス! 寂しかっただろう? 私が直々にこの『美食特区』とやらを視察し、特別に君との婚約破棄を撤回してやろうというのだ! さあ、泣いて喜ぶがいい!」


広場が、凍りついたような静寂に包まれた。

パンケーキを食べていた子供が手を止め、ワインを飲んでいた老人が吹き出した。

私は、手に持っていた泡立て器をそっと置き、優雅な足取りで王子の前へ進み出た。

「……あら。どちら様かと思えば、予約リストに載っていない『飛び込みのお客様』ですわね」

「な……!? お客様だと? アマリリス、私だ! 君の王子様だぞ!」

「いいえ。この特区において、貴方は王子でも何でもありませんわ。……ゼクスさん、この方の服装チェックをお願いしてよろしいかしら?」


ゼクスさんが、無表情で王子の前に立ち塞がった。

「……おい、そこのキラキラ野郎。うちの特区は『清潔感』が絶対条件だ。その馬車の車輪、泥がついたまま入ってきやがったな。……それに、その服。金糸が一本ほつれてるぞ。美観を損なう不祥事だ」

「なっ、なんだ貴様は! 無礼だぞ、私は王子だぞ!」

「ここでは『お客様』か『不審者』の二択だ。……お嬢様、どうしますか? 行列に並んでいる三千人の皆様は、この派手な馬車が邪魔でイライラしていらっしゃいますが」


私は扇子をパチンと閉じ、王子の顔をまじまじと見つめた。

「ウィルフレッド様。……あいにくですが、本日の特別席は、両国の平和のために尽力された『お掃除親衛隊(元反乱軍)』の皆様で満席ですの。……どうしても入園したいとおっしゃるなら、あちらの行列の最後尾にお並びいただけます?」

「な、ななな……! 私が、平民たちと一緒に並べというのか!?」

「当然ですわ。ここでは『お行儀の良さ』こそが爵位。……あら、それとも、あちらの『ジャガイモ剥き特設会場』で、バルゴ伯爵と一緒にボランティア活動をなさるかしら?」

私が指差した先では、すっかり改心した(?)バルゴ伯爵が、高速でジャガイモの皮を剥きながら「王子……こちら側は楽しいですよ……」と虚ろな目で手招きしていた。


「ひ、ひいいぃぃ! な、なんなんだここは! 魔女の砦の次は、狂った食いしん坊たちの巣窟か!? もういい、帰らせてもらう!」

王子は馬車に飛び乗り、脱兎のごとく逃げ去っていった。

その際、馬車からバラバラとお宝(自称)がこぼれ落ちたが、誰も拾おうとはしなかった。

「……ふぅ。お掃除完了ですわね。……さて、ゼクスさん。今の騒ぎでお待たせしてしまった皆様に、お詫びの『特製・生キャラメル』を配りましょうか」

「了解だ。……アマリリス、お前、さっきの王子の顔見たか? ジャガイモの皮みたいな色してたぜ」

「ウフフ、それは素材の良さが活かされた素晴らしい表情でしたわね」


私たちは顔を見合わせて笑い、再び賑やかなお祭りの渦の中へと戻っていった。

特区の平和は、今日も私の美味しいお料理とお掃除、そしてゼクスさんの鋭いツッコミによって守られている。
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