28 / 28
28
「……ゼクスさん。そこの祭壇の隅、わずかに埃が残っていますわよ。私の人生最良の日となるべき場所に、不潔な粒子が介在することを、私は断固として許しませんわ!」
私は、純白のウェディングドレスの裾を翻し、手に持ったハンカチで祭壇の角をシュパッと拭き取った。
「……おい、アマリリス。今から俺たちの結婚式だぞ? 新婦が誓いの言葉の直前に掃除を始めるなんて、前代未聞だぞ」
タキシードに身を包んだゼクスさんが、呆れたように、でも愛おしそうに私を見つめて言った。
「あら、当然ですわ。清潔こそが愛の基礎。埃一つない祭壇でなければ、永遠の誓いも曇ってしまいますもの」
私はようやく満足して、ゼクスさんの差し出した腕に自分の手を添えた。
砦の正門が開くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「「「「「アマリリス様、ゼクス団長! ご結婚おめでとうございます!!」」」」」
地響きのような大歓声。
そこには、フローライト王国と隣国の民たちが入り乱れ、色とりどりの花びらを撒き散らしていた。
花びらを撒いているのは、かつての反乱軍――今は「お掃除親衛隊」となった面々だ。彼らは花びらを撒く一方で、落ちた花びらが道を汚さないよう、背後から別の隊員が掃除機(魔法具)で吸い取るという、完璧な連携プレーを見せている。
「……お嬢様! 俺たちのこの磨き上げられた隊列、ご覧ください! これこそがアマリリス流の祝福です!」
リーダーのドレイクが、目に涙を浮かべて叫んでいる。
「ええ、素晴らしいわ、ドレイクさん! 後で皆様には、特製・十五段重ねのウェディングケーキをお裾分けしますわね!」
パレードの道中、沿道には懐かしい顔ぶれが並んでいた。
「アマリリスよ、本当におめでとう。……。……で、披露宴のメニューにある『幻の熟成ローストビーフ』だが、私の席には二倍の量を配膳するように手配済みだろうな?」
お父様が、国王としての威厳をどこかへ置き忘れた顔で詰め寄ってきた。
「お父様、公私混同はいけませんわ。……でも、お母様の分を少し多めにしておきましたから、仲良く分け合ってくださいな」
「公爵、娘の門出に肉の話ばかりしないで。……アマリリス殿、貴女はこの特区だけでなく、二国の心の国境をも溶かしてしまったわね。誇りに思うわ」
エメリン女王陛下が、優雅にシャンパングラスを掲げて微笑んだ。
そして、パレードの最後尾には……。
「……白く。もっと白く。私の魂のように、このタイルを磨き上げるのだ……。ふふ、ふふふ……」
かつての婚約者、ウィルフレッド王子が、真っ白な作業着に身を包み、一心不乱に地面をブラシで擦っていた。
「あら、王子。ご苦労様ですわ。随分と手つきが良くなりましたわね」
私が声をかけると、王子は顔を上げ、かつての傲慢さが嘘のような、悟りを開いたような笑顔を見せた。
「……ああ、アマリリス。私はようやく気づいたのだ。女性の心を弄ぶよりも、トイレの縁の頑固な汚れを落とす方が、遥かに達成感があるということに……! 今の私は、かつてないほど清らかな気持ちだ!」
「……。ある意味、お前が一番の被害者……じゃなくて、成功例かもしれないな」
ゼクスさんが引きつった顔で呟いた。
披露宴の会場となる大広間には、世界中から集まった食材で作られた、宝石のような料理が並んでいた。
「……皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
私は、満席の会場を見渡し、力強く宣言した。
「私はかつて、悪役令嬢として国を追われ、この砦に誘拐されましたわ。……でも、今なら分かります。あの馬車の中で寝過ごしたあの日、私の本当の人生が始まったのです」
会場から、温かな笑いと拍手が沸き起こる。
「ここは美食の聖地、そして平和の砦です。……。お腹が空いたら、いつでもいらして。汚れが溜まったら、いつでも磨きに来て。……私とゼクス、そしてこの愉快な仲間たちが、最高の『おもてなし』で皆様をお迎えいたしますわ!」
「……。……。……おい、アマリリス」
ゼクスさんが、私の耳元で囁いた。
「なんだい、ゼクスさん?」
「……。愛してる、なんて、ここで言うのは野暮だよな」
「あら。それなら、一口食べていただければ分かりますわ。……今夜のディナー、貴方の分だけ、隠し味にたっぷりの『愛(とはちみつ)』を入れておきましたから」
「……。……。……やっぱりお前には敵わないな」
ゼクスさんが私の腰を引き寄せ、大歓声の中で、私たちは誓いのキスを交わした。
その瞬間、五百人の親衛隊が一斉に、バラの香りのクラッカーを夜空に放った。
悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄された少女が作り上げたのは、どこの王宮よりも清潔で、どこの家庭よりも温かい、世界一美味しい「居場所」だった。
アマリリス砦の厨房には、今日も心地よい包丁の音と、幸せな笑い声が響き渡っている。
私は、純白のウェディングドレスの裾を翻し、手に持ったハンカチで祭壇の角をシュパッと拭き取った。
「……おい、アマリリス。今から俺たちの結婚式だぞ? 新婦が誓いの言葉の直前に掃除を始めるなんて、前代未聞だぞ」
タキシードに身を包んだゼクスさんが、呆れたように、でも愛おしそうに私を見つめて言った。
「あら、当然ですわ。清潔こそが愛の基礎。埃一つない祭壇でなければ、永遠の誓いも曇ってしまいますもの」
私はようやく満足して、ゼクスさんの差し出した腕に自分の手を添えた。
砦の正門が開くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「「「「「アマリリス様、ゼクス団長! ご結婚おめでとうございます!!」」」」」
地響きのような大歓声。
そこには、フローライト王国と隣国の民たちが入り乱れ、色とりどりの花びらを撒き散らしていた。
花びらを撒いているのは、かつての反乱軍――今は「お掃除親衛隊」となった面々だ。彼らは花びらを撒く一方で、落ちた花びらが道を汚さないよう、背後から別の隊員が掃除機(魔法具)で吸い取るという、完璧な連携プレーを見せている。
「……お嬢様! 俺たちのこの磨き上げられた隊列、ご覧ください! これこそがアマリリス流の祝福です!」
リーダーのドレイクが、目に涙を浮かべて叫んでいる。
「ええ、素晴らしいわ、ドレイクさん! 後で皆様には、特製・十五段重ねのウェディングケーキをお裾分けしますわね!」
パレードの道中、沿道には懐かしい顔ぶれが並んでいた。
「アマリリスよ、本当におめでとう。……。……で、披露宴のメニューにある『幻の熟成ローストビーフ』だが、私の席には二倍の量を配膳するように手配済みだろうな?」
お父様が、国王としての威厳をどこかへ置き忘れた顔で詰め寄ってきた。
「お父様、公私混同はいけませんわ。……でも、お母様の分を少し多めにしておきましたから、仲良く分け合ってくださいな」
「公爵、娘の門出に肉の話ばかりしないで。……アマリリス殿、貴女はこの特区だけでなく、二国の心の国境をも溶かしてしまったわね。誇りに思うわ」
エメリン女王陛下が、優雅にシャンパングラスを掲げて微笑んだ。
そして、パレードの最後尾には……。
「……白く。もっと白く。私の魂のように、このタイルを磨き上げるのだ……。ふふ、ふふふ……」
かつての婚約者、ウィルフレッド王子が、真っ白な作業着に身を包み、一心不乱に地面をブラシで擦っていた。
「あら、王子。ご苦労様ですわ。随分と手つきが良くなりましたわね」
私が声をかけると、王子は顔を上げ、かつての傲慢さが嘘のような、悟りを開いたような笑顔を見せた。
「……ああ、アマリリス。私はようやく気づいたのだ。女性の心を弄ぶよりも、トイレの縁の頑固な汚れを落とす方が、遥かに達成感があるということに……! 今の私は、かつてないほど清らかな気持ちだ!」
「……。ある意味、お前が一番の被害者……じゃなくて、成功例かもしれないな」
ゼクスさんが引きつった顔で呟いた。
披露宴の会場となる大広間には、世界中から集まった食材で作られた、宝石のような料理が並んでいた。
「……皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
私は、満席の会場を見渡し、力強く宣言した。
「私はかつて、悪役令嬢として国を追われ、この砦に誘拐されましたわ。……でも、今なら分かります。あの馬車の中で寝過ごしたあの日、私の本当の人生が始まったのです」
会場から、温かな笑いと拍手が沸き起こる。
「ここは美食の聖地、そして平和の砦です。……。お腹が空いたら、いつでもいらして。汚れが溜まったら、いつでも磨きに来て。……私とゼクス、そしてこの愉快な仲間たちが、最高の『おもてなし』で皆様をお迎えいたしますわ!」
「……。……。……おい、アマリリス」
ゼクスさんが、私の耳元で囁いた。
「なんだい、ゼクスさん?」
「……。愛してる、なんて、ここで言うのは野暮だよな」
「あら。それなら、一口食べていただければ分かりますわ。……今夜のディナー、貴方の分だけ、隠し味にたっぷりの『愛(とはちみつ)』を入れておきましたから」
「……。……。……やっぱりお前には敵わないな」
ゼクスさんが私の腰を引き寄せ、大歓声の中で、私たちは誓いのキスを交わした。
その瞬間、五百人の親衛隊が一斉に、バラの香りのクラッカーを夜空に放った。
悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄された少女が作り上げたのは、どこの王宮よりも清潔で、どこの家庭よりも温かい、世界一美味しい「居場所」だった。
アマリリス砦の厨房には、今日も心地よい包丁の音と、幸せな笑い声が響き渡っている。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
主人公は高みの見物していたい
ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。
※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます
※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。