馬車ジャック!?入学も婚約破棄もまだですわよ?

恋の箱庭

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「……ゼクスさん。そこの祭壇の隅、わずかに埃が残っていますわよ。私の人生最良の日となるべき場所に、不潔な粒子が介在することを、私は断固として許しませんわ!」

私は、純白のウェディングドレスの裾を翻し、手に持ったハンカチで祭壇の角をシュパッと拭き取った。

「……おい、アマリリス。今から俺たちの結婚式だぞ? 新婦が誓いの言葉の直前に掃除を始めるなんて、前代未聞だぞ」

タキシードに身を包んだゼクスさんが、呆れたように、でも愛おしそうに私を見つめて言った。

「あら、当然ですわ。清潔こそが愛の基礎。埃一つない祭壇でなければ、永遠の誓いも曇ってしまいますもの」

私はようやく満足して、ゼクスさんの差し出した腕に自分の手を添えた。


砦の正門が開くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

「「「「「アマリリス様、ゼクス団長! ご結婚おめでとうございます!!」」」」」

地響きのような大歓声。

そこには、フローライト王国と隣国の民たちが入り乱れ、色とりどりの花びらを撒き散らしていた。

花びらを撒いているのは、かつての反乱軍――今は「お掃除親衛隊」となった面々だ。彼らは花びらを撒く一方で、落ちた花びらが道を汚さないよう、背後から別の隊員が掃除機(魔法具)で吸い取るという、完璧な連携プレーを見せている。

「……お嬢様! 俺たちのこの磨き上げられた隊列、ご覧ください! これこそがアマリリス流の祝福です!」

リーダーのドレイクが、目に涙を浮かべて叫んでいる。

「ええ、素晴らしいわ、ドレイクさん! 後で皆様には、特製・十五段重ねのウェディングケーキをお裾分けしますわね!」


パレードの道中、沿道には懐かしい顔ぶれが並んでいた。

「アマリリスよ、本当におめでとう。……。……で、披露宴のメニューにある『幻の熟成ローストビーフ』だが、私の席には二倍の量を配膳するように手配済みだろうな?」

お父様が、国王としての威厳をどこかへ置き忘れた顔で詰め寄ってきた。

「お父様、公私混同はいけませんわ。……でも、お母様の分を少し多めにしておきましたから、仲良く分け合ってくださいな」

「公爵、娘の門出に肉の話ばかりしないで。……アマリリス殿、貴女はこの特区だけでなく、二国の心の国境をも溶かしてしまったわね。誇りに思うわ」

エメリン女王陛下が、優雅にシャンパングラスを掲げて微笑んだ。


そして、パレードの最後尾には……。

「……白く。もっと白く。私の魂のように、このタイルを磨き上げるのだ……。ふふ、ふふふ……」

かつての婚約者、ウィルフレッド王子が、真っ白な作業着に身を包み、一心不乱に地面をブラシで擦っていた。

「あら、王子。ご苦労様ですわ。随分と手つきが良くなりましたわね」

私が声をかけると、王子は顔を上げ、かつての傲慢さが嘘のような、悟りを開いたような笑顔を見せた。

「……ああ、アマリリス。私はようやく気づいたのだ。女性の心を弄ぶよりも、トイレの縁の頑固な汚れを落とす方が、遥かに達成感があるということに……! 今の私は、かつてないほど清らかな気持ちだ!」

「……。ある意味、お前が一番の被害者……じゃなくて、成功例かもしれないな」

ゼクスさんが引きつった顔で呟いた。


披露宴の会場となる大広間には、世界中から集まった食材で作られた、宝石のような料理が並んでいた。

「……皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」

私は、満席の会場を見渡し、力強く宣言した。

「私はかつて、悪役令嬢として国を追われ、この砦に誘拐されましたわ。……でも、今なら分かります。あの馬車の中で寝過ごしたあの日、私の本当の人生が始まったのです」

会場から、温かな笑いと拍手が沸き起こる。

「ここは美食の聖地、そして平和の砦です。……。お腹が空いたら、いつでもいらして。汚れが溜まったら、いつでも磨きに来て。……私とゼクス、そしてこの愉快な仲間たちが、最高の『おもてなし』で皆様をお迎えいたしますわ!」


「……。……。……おい、アマリリス」

ゼクスさんが、私の耳元で囁いた。

「なんだい、ゼクスさん?」

「……。愛してる、なんて、ここで言うのは野暮だよな」

「あら。それなら、一口食べていただければ分かりますわ。……今夜のディナー、貴方の分だけ、隠し味にたっぷりの『愛(とはちみつ)』を入れておきましたから」

「……。……。……やっぱりお前には敵わないな」


ゼクスさんが私の腰を引き寄せ、大歓声の中で、私たちは誓いのキスを交わした。

その瞬間、五百人の親衛隊が一斉に、バラの香りのクラッカーを夜空に放った。


悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄された少女が作り上げたのは、どこの王宮よりも清潔で、どこの家庭よりも温かい、世界一美味しい「居場所」だった。


アマリリス砦の厨房には、今日も心地よい包丁の音と、幸せな笑い声が響き渡っている。
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