お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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「……ええい、離せララ! その女は危険だ! 今にも僕の首をはねそうな顔をしているじゃないか!」


シリウス王子が、ララの肩を掴んで引き寄せようとする。

しかし、ララは細い体からは想像もつかないような踏ん張りを見せ、シャリーの手を離さない。


「王子、失礼ですが節穴ですか!? この美貌、この震え、この殺気! これこそが愛の証ではないですか!」


「愛の証に殺気が含まれるわけがないだろう! 死ぬぞ、僕は物理的に死ぬぞ!」


(……ああ、シリウス様が怯えていらっしゃる。私のせいで、大好きな人が震えている。本当は今すぐ膝をついて謝りたいのに、体が、顔が動かない!)


シャリーの脳内では、デフォルメされた小さなシャリーがハンカチを噛んで泣き崩れていた。

しかし、現実の彼女は、眉間に「川」の字を刻んだまま、据わった目でシリウスを射抜いている。


「シャリー様、今こそ言うのです! さあ、王子に向かって! 『あなたのことが好きすぎて、直視すると網膜が焼けるから睨んでいるだけなんです』と!」


「ラ、ララ様……それは、あまりに……っ」


シャリーの声は、またしても地鳴りのような響きを伴った。

彼女としては「恥ずかしくて言えません」と可憐に伝えたつもりだったが、周囲には「貴様、よくもそんな口を」という脅迫にしか聞こえない。


「ひっ……! 聞いたか、今! 僕のことを『あまりに(無力)』と言おうとしたんだろう!?」


「違います王子! 今の声の成分を分析してください! 八割がた『羞恥』でできているでしょうが!」


ララがシリウスの胸元をぐいぐいと突き上げる。

男爵令嬢が王子に対して行う不敬を通り越し、もはや公開説教の様相を呈していた。


「……ララ・メル。お前、いつからあんな女の味方に……」


「味方ではありません、私は『真理』を述べているだけです! いいですか、王子。シャリー様は、あなたが他の令嬢と親しく話しているのを見るたび、扇をバキバキに折りながら影から見守っていたんですよ! これを愛と言わずして何と言うのですか!」


(……ララ様、なぜそれを!? 確かに、シリウス様が楽しそうにしているのを見て、胸が苦しくて扇を何本か供養したけれど……!)


シャリーは、見られていた恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

だが、極限の赤面は、彼女の顔面においては「激昂による充血」へと変換される。


「ほら見ろ! 顔が真っ赤だ! やはり扇の件を根に持っているじゃないか! 命を狙われている! 僕は今日、ここで命を落とすんだ!」


「王子、落ち着いてください! あの赤みは、乙女の純情による毛細血管の拡張です! 殺意の充血とは彩度が違います!」


「彩度の問題じゃない! 圧だ! 物理的な圧がすごいんだ!」


シリウスは半泣きになりながら、近衛騎士たちの後ろに隠れようとする。

パーティー会場の出席者たちは、この異様な光景に困惑しきっていた。

婚約破棄という名の断罪劇が始まるはずだったのに、なぜか「悪役令嬢がいかに可愛いか」というプレゼン大会になっているのだから。


「シャリー様、ここは一歩踏み出しましょう。王子に、あなたの『本当の笑顔』を見せてあげるのです! それで全て解決します!」


「笑顔……ですか?」


(えっ、無理よ。今の状態で笑ったら、きっと筋肉が千切れるわ。でも、ララ様がこれほど応援してくれているの。シリウス様に、私の気持ちを届けなきゃ……!)


シャリーは決意した。

これまでの不器用な自分を捨て、最高の微笑みを婚約者に捧げるのだ。


「ふ……っ、ふふ……。し、シリウス……さま……」


シャリーは口角を吊り上げた。

頬を引き上げ、目を細め、精一杯の「慈愛」を込めて。


「……ぎゃあああああああああ!」


シリウスが絶叫した。


「笑った! あの氷の令嬢が、僕の断罪を嘲笑った! 『お前など、いつでも捻り潰せる』と言わんばかりの邪悪な笑みだ!」


「……えっ?」


シャリーの笑顔は、周囲の人間には「獲物を前にした悪魔の微笑」にしか見えなかった。

ララでさえ、一瞬だけ「あ、これ死ぬかも」と本能が警鐘を鳴らしたほどだ。


「違います! 今のは……今のはちょっと、シャリー様の筋肉が気合を入れすぎただけで……!」


「もういい! 近衛騎士、彼女を……彼女を僕から遠ざけてくれ! 婚約破棄だ! 絶対に破棄だ! 命がいくつあっても足りない!」


シリウスはそう叫ぶと、脱兎のごとく会場から逃げ出していった。


「あ……っ、待って、シリウス様……!」


シャリーが手を伸ばすが、その姿は逃げる標的を追うプレデターそのもの。

近衛騎士たちが、腰を抜かしそうになりながらもシャリーの前に立ちふさがる。


「お、お下がりください、フォンス令嬢! これ以上の追跡は、王家への反逆とみなします!」


「………………っ」


シャリーは、ショックのあまり白目を剥きそうになった。

だが、彼女の表情は「反逆……受けて立とうではないか」という不敵な決意に固定されていた。


「……終わった。私の人生、終わったわ」


ようやく出た言葉も、地獄の底から響くような呪詛に聞こえた。


「終わっていません! まだ始まったばかりです、シャリー様!」


ララが力強く、シャリーの肩を叩く。


「今の笑顔、方向性は間違っていましたが、出力は最高でした! 次は角度とタイミングを修正すれば、絶対に王子のハートを撃ち抜けます!」


(この人、なんてポジティブなの……。私、もう修道院に行くしかないと思ってたのに……)


シャリーの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

絶世の美女が流す涙。

しかし、その顔があまりにも険しいため、目撃した者たちは「悔し涙……やはり復讐を誓ったのか」と戦慄するのだった。


こうして、史上最も「成功しなかった」婚約破棄劇は、幕を閉じた。

しかし、シャリーとシリウス、そして爆走ヒロイン・ララの奇妙な関係は、ここから加速していくことになる。
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