お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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王子の逃亡という前代未聞の事態に、パーティー会場は静まり返っていた。


豪華な料理の香りと、貴族たちの困惑が混じり合う中、中央に仁王立ちするフォンス公爵令嬢シャリー。


その背後からは、メラメラと燃え上がるような……絶望のオーラが立ち上っている。


(どうしよう。どうしようどうしようどうしよう! シリウス様に逃げられた。しかも、化け物を見るような目で見られた。明日から、どんな顔をして登校すればいいの……?)


シャリーは、ただひたすらに絶望していた。


しかし、彼女の顔面は「極限の悲しみ」を「宣戦布告」へと自動変換して出力する。


見開かれた瞳は冷酷な光を放ち、引き締められた唇は次の瞬間に「皆殺しだ」と告げそうなほどに鋭い。


周囲の令嬢たちが、恐怖のあまり「ひっ……」と短く悲鳴を上げて後ずさる。


そこへ、救世主か破壊神か、ララ・メルが再び大きな声を上げた。


「皆さん! 今のシャリー様の美貌、目に焼き付けましたか!? この『愛する人を追いかけたいけれど、令嬢としての矜持がそれを許さない、狂おしいほどの情念』が込められた眼差しを!」


「……えっ?」


会場の隅にいた伯爵令嬢が、呆然と声を漏らした。


「今の……情念、なんですか? どう見ても、逃げた王子を地の果てまで追い詰めて刺し違える決意に見えたのですが……」


「違います! いいですか、よく見てください、あの握りしめた拳を!」


ララがシャリーの震える手元を指さす。


「あの震えは、怒りではありません。『シリウス様、行かないで!』と叫びたい喉を、自らの拳を握りしめることで必死に抑えている、乙女の自制心なのです! ああ、なんと健気な……!」


(違うの、ララ様。この震えは、ただの貧血……というか、ショックで血の気が引いただけなの……)


シャリーは否定したかった。


しかし、彼女が口を開こうとすると、喉の筋肉が強張り、吐息が「フンッ」という威圧的な鼻鳴らしになって漏れた。


「聞いたか!? 今、鼻で笑ったぞ! やはり反省などしていない!」


「王家を愚弄するつもりか、フォンス令嬢!」


逃げ遅れた側近の貴族たちが、震えながらも野次を飛ばす。


するとララが、ドレスの裾を翻して彼らの前に立ちはだかった。


「静粛に! 今の鼻鳴らしは、溢れ出そうになった愛の溜息を、周囲に悟られないよう鼻から抜いた高度な技術ですよ! あなた方、シャリー様の奥深い愛情表現を理解する知性をお持ちでないの!?」


「い、いや、愛の溜息を鼻から抜くなんて聞いたことがないが……」


「今聞いたでしょう! それが最新のトレンドです! 流行に疎い殿方はお帰りください!」


ララのあまりの剣幕に、年配の貴族たちさえも圧倒されてたじろぐ。


(ララ様……。あなたの解釈、強引すぎるけれど……でも、誰も私を責められなくなっているわ。この人、一体何者なの?)


シャリーは、自分を庇う(?)ヒロインの背中を見つめ、少しだけ胸が熱くなった。


それが表情に出た結果、彼女の顔は「……次は、お前の番だ」と言わんばかりの、ターゲットを定めた暗殺者の顔になった。


「ひいっ! こっちを見たぞ!」


「解散だ! 今日のパーティーはもうおしまいだ!」


逃げ惑う人々を、ララは不満げに見送る。


「もう、皆さん分かっていないわね……。あ、シャリー様! 大丈夫ですよ、今の『次はお前の番』顔、とってもセクシーでした!」


「…………ら、らら……さま」


「ひゃんっ! 名前を呼ばれた! その、地獄の業火で焼かれたようなハスキーボイス、最高です! もう一度お願いします!」


「……な……なん、で……」


「『なぜ私を助けるのか』、ですか? 決まっているじゃないですか。私は、シャリー様という至高のコンテンツのファン第一号だからです!」


ララはキラキラとした目で、シャリーの両手を握った。


「ファン……?」


「そうです! 王子に婚約破棄されて、公爵家がどうのこうのなんて関係ありません。私は、あなたのその『報われない不器用な愛』を、ハッピーエンドに導く義務があるのです!」


シャリーは、人生で初めて「理解者」に出会ったような気がした。


もちろん、ララの理解は八割がた独自のフィルターを通った妄想に近いものだったが、それでも、自分を「悪役」としてではなく「女の子」として扱ってくれる存在は、砂漠で出会ったオアシスのようだった。


(……シリウス様には嫌われてしまったけれど。でも、この人なら、私の本当の気持ちを……いつか、届けてくれるかもしれない)


シャリーの頬が、わずかに緩んだ。


それは、彼女なりに精一杯の「信頼」の証だった。


だが、第三者から見れば、それは「恐ろしい企みを思いついた魔王の微笑」以外の何物でもなかった。


会場を片付けに来た使用人たちが、その笑顔を見て悲鳴を上げて逃げ出したのは、言うまでもない。


「さあ、シャリー様! 今日はもう帰りましょう。明日の登校に向けて、作戦会議です!」


「……さくせん?」


「ええ。王子が逃げられないような、最高に『可愛い』演出を考えますから! 私の家に来てください!」


「……あ、あの……私の家の方が……警備も、ありますし……」


「いいですね! 公爵家で女子会! 滾ります!」


こうして、断罪されるはずだったパーティーは、奇妙な二人組の結成という、誰も予想しなかった結末を迎えた。


シャリー・フォンス、十六歳。


公爵令嬢としての権力も、絶世の美貌も持っているが、致命的なまでに「顔面が怖い」。


彼女の、恋のための死闘(?)が、ここから本格的に幕を開ける。
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