お前の顔など見たくもない!と言われたので、仮面を被ったらヒロインに求婚される

恋の箱庭

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地下室の重い鉄の扉の向こうから、ララの鼻歌が遠ざかっていく。


完全なる暗闇。


そこには、震える王子と、泣き崩れる公爵令嬢の二人だけが取り残されていた。


「……ひっ、……ひっ、……うううぅ」


シャリーのすすり泣く声が、石造りの壁に反響して不気味なエコーを奏でる。


(ああ……。暗闇のおかげで、シリウス様に私の怖い顔を見られずに済んでいるわ。今なら、今なら本心が言えるかもしれない)


シャリーは暗闇に感謝した。


視覚情報が遮断された今、彼女の武器(凶器)である「顔面」は無力化されている。


残るは、彼女の「声」と「言葉」だけだ。


「……しりうす、さま。……きいて、ください」


「ひっ、……な、なんだい? 命乞いなら僕の方が先にしたいんだけど」


「……ちがいます。……わたし、……ずっと、……あなたのことを、……みていました」


シャリーは、絞り出すような声で告げた。


(子供の頃、舞踏会で初めてお会いしたあの日から。あなたの優しい眼差しに、私は心を奪われたのです)


しかし、暗闇の中で響くその地を這うような重低音は、シリウスの耳には全く別の意味で届いていた。


(……『ずっと見ていた』!? やっぱりストーカーだったのか! どこから? 天井から? 床下から!?)


「……あなたが、……わらっているだけで、……わたし、……こころが、……くるしく、なるの」


(好きすぎて、胸が締め付けられるという意味よ、シリウス様!)


「……えっ。……僕が笑うと、君は苦しくなるのかい? ……じゃあ、僕に一生笑うなと、そう言いたいのかい?」


シリウスの声が震える。


「……いいえ。……もっと、……近くで、……みていたい。……あなたの、……すべてを、……手に入れたい……」


(あなたの隣で歩める、ふさわしい妻になりたいという願いよ!)


「……す、すべてを……? ……王位継承権のことか!? それとも、僕の臓器とか、そういう物理的な話か!?」


「…………え?」


シャリーは困惑した。なぜ話が臓器に飛ぶのか。


(暗闇でも、やっぱり言葉が足りないのかしら。もっと、ストレートに言わなきゃ!)


シャリーは、暗闇の中でシリウスの方へとじりじりと這い寄った。


「……しりうす、さま。……にげないで……。……わたし、……あなたを、……たべちゃいたい……くらい……」


(可愛すぎて食べちゃいたい、という愛の慣用句よ!)


「……た、食べちゃう!? やっぱり捕食宣言だぁぁぁーーー! ララが言っていた『比喩』じゃなくて、本気で僕をメインディッシュにするつもりなんだ!」


シリウスは壁を背にして、逃げ場のない絶望に絶叫した。


「……ちがいます! ……だいすき、なんです! ……あいして……いるんです!」


シャリーは叫んだ。


本能から溢れ出た、純粋な告白。


しかし、極限の緊張と暗闇への恐怖が、彼女の声帯をかつてないほどに収縮させた。


「…………アァイシテ……イ……ル…………」


それはもはや、恋の告白ではなく、古い呪いの人形が最後の魔力を振り絞って放つ「呪言」にしか聞こえなかった。


「ひ、ひぎゃああああああ! 呪われた! 今、確実に魂の半分を削られた音がした!」


シリウスは頭を抱えて蹲った。


「……どうして。……どうして、……わかって、……もらえないの……」


シャリーは絶望のあまり、近くの石壁に手をついた。


「……メキ……メキメキッ……ボゴォッ!」


無意識に込められた力が、頑丈な地下室の壁に大きな穴を開けてしまった。


「こ、壊した……。素手で石壁を砕いた……。次は、僕の頭だ。……あんなふうに、ぐしゃりと……」


シリウスは白目を剥き始めた。


「……あっ。……ちがうの。……これは、その……」


シャリーが慌ててフォローしようとしたその時、扉の外からララの能天気な声が響いた。


「おやおやぁ? 中から破壊音が聞こえますが、これは『情熱の爆発』ということでよろしいですね!?」


「ララ様! あけて! 王子が……王子の魂が、抜けてしまうわ!」


シャリーが扉をドンドンと叩く。


鉄の扉が、ボコボコと歪んでいく。


「ひいぃぃっ! あけてくれララ! 扉の向こうに地獄があると思っていたけれど、こっちの方がよっぽど地獄だ!」


暗闇の中で行われた、史上最も噛み合わない告白大会。


シャリーの「愛」は、暗闇のフィルターを通すことで、より純度の高い「恐怖」へと昇華されてしまったのであった。
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