悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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学園の中庭、樹齢数百年の大樹が作る木陰は、私のお気に入りの避暑地だ。


今日も今日とて、エクレアに用意させたシルクのクッションに身を預け、優雅なランチタイムを楽しもうとしていたのだが。


「お、お姉様ぁぁー! 大変です、大変なものを作ってしまいましたぁー!」


遠くから、もはや聞き慣れた「騒音」が近づいてくる。
視線を向ければ、両手で大事そうに包みを抱えたクララが、膝を高く上げて爆走していた。


「……エクレア。あの子、さっき『大変なものを作った』と言わなかったかしら? 爆発物か何かの話?」


「お嬢様、ご安心を。彼女の語彙力から推測するに、おそらくは料理の類かと。ただし、ある意味では爆発物よりも破壊力が高い可能性も否定できません」


エクレアが平然と答える。
そうこうしているうちに、クララは私の目の前で「ピタァッ!」と見事な急停車を見せた。


「お姉様! 見てください! これ、私が朝の三時から起きて作ったんです!」


差し出されたのは、可愛らしい刺繍が施された布に包まれた、大きな二段重ねのバスケットだった。


「……貴女ね。朝の三時なんて、まだ夜中の範疇よ。そんな時間に起きるなんて、貴女は農家か何かなの?」


「いえ、お姉様に食べていただくお弁当だと思ったら、興奮して寝ていられなくて! じゃじゃーん! 『マブダチ特製・友情たっぷりサンドイッチ』です!」


バスケットの蓋が開けられる。
中には、少し形はいびつだが、具材がこれでもかと詰め込まれたサンドイッチがぎっしりと並んでいた。


「……何よ、この厚みは。これでは口を外さないと食べられないじゃない。貴女、私に顎を外させようという暗殺計画?」


「そんな! 具が多い方が幸せかなって思ったんです……。やっぱり、公爵令嬢のお口には合いませんか?」


クララの耳が、しょんぼりと垂れ下がったように見えた。
そのあまりにも分かりやすい落胆ぶりに、私は思わずため息をつく。


「……仕方ないわね。エクレア、銀のトレイを。……いい、クララ。これは貴女を許したわけではなく、単なる『毒見』よ。公爵家の人間として、学園内に不審な食べ物が蔓延するのを防ぐ義務があるわ」


「毒見……! はい! ぜひ毒見してください!」


私は手袋を外し、一番端っこにあった、卵が溢れ出さんばかりのサンドイッチを手に取った。
上品に、しかししっかりと一口。


(……あら?)


パンは少し乾燥している。切り方も雑だ。
でも、味付けは絶妙で、卵の甘みが驚くほど優しく口の中に広がる。


「……ふん。味付けだけは、まあ、及第点ね。でもこのパンの耳、切り落とし方が甘いわ。これでは野蛮人の食事よ」


私は文句を言いながらも、二口目、三口目と食べ進めた。


「本当ですか!? やったぁ! 実はお姉様の好みをエクレアさんにリサーチして、マヨネーズは控えめにしたんです!」


「エクレア、貴女、勝手に情報を売ったわね?」


「いえ、お嬢様の健康管理の一環として、外部協力者に適切なアドバイスを行ったまでです」


エクレアが淡々と言う中、私は二段目のバスケットにも手を伸ばした。
中には色鮮やかな野菜のラペと、小さな唐揚げが入っている。


「……これも毒見よ。この唐揚げ、油が少し多いわね。私が全部食べて、貴女の胃もたれを防いであげるわ」


「お姉様……なんてお優しい……! 私の胃のことまで考えてくださるなんて、やっぱり一生ついていきます!」


(……チョロいわね、この子。毒見だって言っているのに)


私が半分ほど食べ終えた、その時だった。


「ミルフィー! そこまでだ! ついに、ついに決定的な証拠を掴んだぞ!」


もはや学園の名物となりつつある、レオン王子の乱入である。
彼は背後に数人の取り巻きを引き連れ、勝ち誇ったような顔で私を指差した。


「クララ! 君が泣きながら作った弁当を、ミルフィーが無理やり奪って食べているという通報を受けた! なんて卑劣な……! 公爵家の食卓はそれほどまでに困窮しているのか!」


「……は?」


私は唐揚げを口に咥えたまま、静かに王子を睨みつけた。


「レオン様! 違います! これは私がお姉様に食べてほしくて、無理やり押し付けたんです!」


「クララ、君は毒婦ミルフィーが怖いから、そう言わされているだけだね? ああ、可哀想に。その震える手……揚げ物の油で汚れた手を見て、私の胸は張り裂けそうだ!」


王子がクララの手を取り、仰々しく天を仰ぐ。


「殿下。これ、私の手じゃなくてお姉様の手が……あ、お姉様、口から唐揚げがはみ出てます! 可愛いです!」


「……っ! ……ごくん。……失礼ね。私は毒見をしていただけですわ」


私は優雅に口元をナプキンで拭い、王子に向き直った。


「毒見、だと? 笑わせるな! そんなに美味そうに食べておいて、どの口がそれを言う! 君はクララを料理人として酷使し、自分は優雅に中庭で暴食……。これはもはや、王家に対する冒涜だ!」


「……殿下。貴方、さっきから単語の使い方が間違っていますわよ。あと、そんなに私の食事が気になるなら、貴方も『毒見』に参加されますか?」


私はトレイの上に残っていた、一番形が歪な……しかし具が一番多いサンドイッチを差し出した。


「なっ、私に毒を盛るつもりか!? ……だが、もしこれが本当に君が奪ったものなら、被害者のクララのために、私が証拠物件として回収して……はむっ」


王子は奪い取るようにサンドイッチを口に入れた。
そして、一瞬で顔が輝いた。


「……う、美味い。何だこれは。王宮のシェフが作るものより、なんだか『熱い』味がする……。これが、庶民の力か……!」


「殿下、それは『愛情』という調味料です。……まあ、私には毒にしか感じられませんけれど」


「お姉様! 毒じゃないですよ! 友情です!」


クララが私の腕に抱きついてくる。
王子は自分の世界に入り込み、「この味……忘れられない……。これがクララの愛……」などとブツブツ呟きながら去っていった。


「お嬢様、また一つ、勘違いの種が蒔かれましたね」


「……放っておきなさい。それよりクララ、このラペの隠し味は何? 少しだけ教えてあげてもいいわよ」


「えへへ、それは秘密です! 明日も作ってきますから、また毒見してくださいね、お姉様!」


「……明日も? 三時起きなんてやめなさい。……四時半にしなさい」


「はい! 一時間半、余分に寝ます!」


私は、空になったバスケットを見つめながら、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。
悪役令嬢としてのプライドはどこへ行ったのかしら。
でも、マブダチへの階段をまた一段、登ってしまった自覚だけは、はっきりとあった。
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