悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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「……何よ、その格好は」


朝、目覚めて最初に視界に入ってきたのは、見慣れたエクレアの無表情な顔……ではなく、フリフリの付いたエプロンドレスを無理やり着込み、鼻息を荒くしているクララの姿だった。


しかも、そのメイド服の着こなしが絶望的に間違っている。カチューシャが斜めにかかっており、エプロンの紐は背中で巨大な団子状に結ばれていた。


「おはようございます、ミルフィーお嬢様! 今日から貴女様の専属侍女(見習い)に就任いたしました、クララ・シュークリームです!」


クララは私のベッドの傍らで、軍人のような鋭い敬礼を決めた。


「……エクレア、説明を。なぜ私の部屋に、新種の珍獣が迷い込んでいるの?」


私はこめかみを押さえながら、背後に控える本物の侍女に問いかけた。


「お嬢様、申し訳ございません。今朝の四時、彼女が『お姉様の枕元で朝一番の愛を囁きたい』と門をよじ登って侵入いたしまして。あまりのしつこさに、便宜上、掃除担当として制服を貸与いたしました」


エクレアが、ゴミを見るような目でクララを眺める。


「四時!? 貴女、昨夜はあんなにステーキを食べてすぐに寝たじゃない。どこにそんなバイタリティがあるのよ」


「愛の力です! 私、考えたんです。ただ居候しているだけじゃ、お姉様の『マブダチ』としてのプライドが許さないって。だから、身の回りのお世話をさせていただくことで、家賃を返済しようと思いまして!」


クララは意気揚々と、私の枕元に置かれたティーカップを手に取った。


「さあ、お嬢様! 朝の一杯、目覚めの熱々スープをどうぞ!」


「……これ、お茶じゃなくてスープなの?」


「はい! お姉様が昨日『少し冷えるわね』と仰っていたので、栄養満点のにんにくたっぷり牛骨スープを煮込んできました!」


「朝から重すぎるわよ! 殺す気か!」


私は差し出されたカップを押し返した。しかし、クララは諦めない。


「では、お着替えをお手伝いします! このコルセット、私が渾身の力で締め上げますね! せーの、フンヌッ!!」


「ぎゃふっ!? ……ま、待ち、苦しい……! 骨が、骨が鳴ったわよ今!」


「お嬢様、今のは肋骨が三本ほど悲鳴を上げましたね。クララ様、その力加減では淑女のウエストを絞るのではなく、大蛇が獲物を絞め殺す時のそれです」


エクレアがクララの後襟を掴んで引き剥がす。


「はぁ……はぁ……。貴女、本当に侍女に向いていないわ。自覚しなさい」


私はようやく息を吹き返し、鏡の前で乱れたシュミーズを整えた。


「そんなぁ……。私、お姉様のために何かしたくて……。このままだと、ただの『食べて寝るだけの桃色小動物』になっちゃいます!」


「……既にそうなっている自覚はあるのね。いい、クララ。貴女は私の店で『看板娘』をやるのよ? 侍女として私の後ろに隠れてどうするの」


私は鏡越しに彼女を睨みつけた。


「看板娘は、誰よりも華やかで、誰よりも堂々としていなさい。私を支えるのではなく、私と一緒に並んで歩くのが貴女の仕事よ」


「お、お姉様……! それって、私をお姉様のパートナーとして認めてくださるってことですか!?」


クララの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。


「……勘違いしないで。貴女が変な格好で私の周りをチョロチョロすると、私の評判に傷がつくから言っているだけよ」


「うぅ、大好きです、お姉様! このメイド服、一生脱ぎません!」


「脱ぎなさい。今すぐ。それはエクレアの予備でしょう?」


「はい、少しだけ……いえ、かなり胸のあたりがキツいですが、愛でカバーしています!」


「……お嬢様。彼女の胸部が私の制服のボタンを物理的に破壊しそうです。修理費として、彼女の今日のおやつを没収してもよろしいでしょうか」


エクレアの冷たい提案に、クララが「それだけはご勘弁をー!」と叫びながら部屋を逃げ回った。


結局、クララは侍女見習いとしてではなく、「公爵令嬢の客人兼、将来の共同経営者」という、よく分からない肩書きで邸内に定住することになった。


私の朝は、相変わらず騒々しい。
けれど、かつての孤独な王妃教育の朝に比べれば、このにんにくスープのような「重すぎる愛」も、案外悪くないと思っている自分に腹が立つ。


「ほら、クララ! いつまで泣いているの。早く着替えて来なさい。今日は店舗予定地の視察に行くと言ったでしょう!」


「はい! お姉様! 今すぐ脱ぎます! なんならここで脱ぎます!」


「やめなさい、このハレンチ娘!」


私の新しい日常は、どうやら「悪役令嬢」を卒業しても、平穏とは程遠いものになりそうだった。
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