悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「……決めたわ。ここを買い取るわよ」


王都の一等地、目抜き通りに面した三階建ての瀟洒な石造りの建物。
私は扇でその建物を指し示し、事も無げに言い放った。


「お、お姉様……。ここ、王都で一番地価が高い場所ですよ!? お城の塔が買えるくらいの値段だって聞きました!」


クララが目を丸くして、建物の壁を恐る恐る指でつついている。


「あら、お城の塔なんて狭くて湿っぽくて嫌だわ。それよりも、ここよ。一階は最高級のスイーツを楽しめるティーサロン。二階は、私がプロデュースする最新の美容サロン。そして三階は……愚痴聞き部屋よ」


「ぐ、愚痴聞き部屋……?」


「そうよ。この国の貴婦人たちはストレスが溜まっているの。誰にも言えない旦那様の不満や、姑の嫌がらせを、美味しいお菓子を食べながら吐き出す場所が必要だわ。名付けて『サロン・ド・ミルフィーユ』。重なる層のように、美しさと毒を蓄える場所よ」


私は不敵に微笑んだ。
悪役令嬢として培った「他人の欠点を見抜く目」と、王妃教育で叩き込まれた「経済学」。
そして、有り余る慰謝料。
商売を始めるためのピースは、最初から全て揃っていた。


「お嬢様、既に内装業者と専属パティシエの手配は済ませてあります。パティシエは『あまりに妥協を許さないレシピに、三人が胃潰瘍になった』という伝説の持ち主です」


エクレアが、相変わらず物騒な報告を上げてくる。


「いいわ、そのくらいこだわりが強くないと。……さて、クララ。貴女の出番よ」


「は、はい! 私、何をすればいいですか! ビラ配りですか? それとも呼び込みのダンスですか?」


「ダンスなんてしなくていいわ。貴女はただ、毎日ここで私と一緒に、最高に楽しそうにお菓子を食べていなさい。そして、私が選んだ服を着て、私が選んだ化粧をすること。……貴女が幸せそうであればあるほど、客は『自分もああなりたい』と思うものよ」


「……それだけでいいんですか? 食べるだけでお給料がもらえるなんて、天国を超えて宇宙です!」


「その代わり、食べ方はミリ単位で指導するから覚悟なさい。口角の上げ方一つで、売り上げが変わるのよ」


そして一ヶ月後。
『サロン・ド・ミルフィーユ』のオープン当日。


店の前には、開店前から王都中の貴婦人たちが長蛇の列を作っていた。
「あの悪役令嬢が店を開いた」「どんな恐ろしい毒が出るのか」という好奇心と、窓から見える「キラキラと輝くクララ」の姿に引き寄せられたのだ。


「お姉様! もうケーキが完売しそうです! 二階の美容パックも三ヶ月先まで予約が埋まったってエクレアさんが!」


クララが頬を紅潮させて、レジ裏へ飛び込んできた。


「落ち着きなさい、クララ。……ふん、当然の結果だわ。私が良いと言ったものが、流行らないはずがないでしょう?」


私は優雅に椅子に腰掛け、本日の売り上げ報告書に目を通した。
……数字が、笑いが止まらないほど積み上がっている。


「お嬢様。これだけの利益があれば、近いうちに王家の負債をまるごと買い取って、あのカボチャ殿下を小作人として雇うことも可能かと思われます」


「……エクレア、貴女、時々私より過激なことを言うわね。まあ、それも面白そうだけど」


私は窓の外、行列の最後尾を眺めた。
そこには、明らかに不審な動きをしている「変装した男」の姿があった。


(……あら。あの金ピカなオーラ、隠しきれていないわよ?)


「クララ。あそこにいる、変なヒゲをつけた大きな男。あれに『本日は満席ですので、お帰りはあちらのドブ川沿いからどうぞ』と伝えてきてちょうだい」


「えっ? ヒゲの男……。あ! なんだか見覚えのある、カボチャっぽいシルエット……!」


私の商売は、順調すぎる滑り出しを見せていた。
そして同時に、過去からの「遺物」が、また不穏な影を落とし始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...