悪役令嬢は断罪される前に、既に攻略済ですわ。

恋の箱庭

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「……ちょっと、エクレア。あそこで店の植え込みに顔を突っ込んでいる不審者は何かしら?」


私はサロンの二階、特等席から窓の外を指差した。


そこには、ボロボロのフードを深く被り、顔の下半分を異様に毛深い付け髭で覆った男がいた。
彼は手に持った虫眼鏡で、店に出入りする客の靴を執拗に観察している。


「お嬢様、ご安心を。あれは新種の動く彫像ではなく、ただの『未練がましいカボチャ』でございます。先ほどから当店の通気口から漏れる、新作マドレーヌの香りを必死に嗅いでいらっしゃいます」


エクレアが、ハエを叩き落とすような冷たい視線を外へ向けた。


「……やっぱりレオン殿下ね。あの金ピカの刺繍が入ったパンツ、隠す気がないのかしら」


フードの隙間からチラチラと見えるのは、王家御用達の最高級シルク。
隠密行動としては三流以下、ストーカーとしては救いようのないマヌケだ。


「お姉様! 大変です! 外に、すごくお肌の治安が悪そうな……というか、お顔が毛むくじゃらのおじ様がいます!」


クララが、接客の合間にトレイを抱えて駆け寄ってきた。


「クララ、あれはただの不審者よ。放っておきなさい」


「でも、なんだか震えながら『クララ……私を癒してくれ……』って呟いているんです! もしかして、重い病気なんじゃ……」


「病気なのは頭だけよ。……仕方ないわね、エクレア。あの方をお店に招き入れなさい」


私は不敵な笑みを浮かべた。


「お嬢様、よろしいのですか? 神聖な店内に害虫を招くことになりますが」


「いいのよ。ちょうど新作の『超強力・角質剥離パック』の被験者が欲しかったところだわ」


数分後。
店内の個室に、ガタガタと震える「付け髭の男」が案内されてきた。


「……お、お客様。本日はどのようなご用件で?」


私はわざとらしく、恭しく問いかけた。


「……フ、フン。私は旅の商人のナポレオンだ。……この店に、クララという天使のような娘がいると聞いてな。彼女の淹れた茶を一杯……」


「あら、ナポレオン様。残念ながらクララは今、別のお客様の肩揉みで忙しいのですわ。代わりに、このオーナーである私が、貴方のその……見るに耐えないお顔のケアをして差し上げますわ」


「なっ……! い、いらん! 私はこのままで……」


「遠慮なさらないで。エクレア、準備を」


「はい。特製・瞬間硬化粘土パック、用意いたしました。一度塗れば、本人の意思に関わらず、毛穴という毛穴から全ての汚れ(とプライド)を吸い取ります」


「待て! それは何だ! 色がどす黒いぞ! ひっ、やめろ、塗るな!」


王子の絶叫が個室に響いたが、私の合図を受けたエクレアの手際に迷いはなかった。
数秒後、王子の顔面はカチカチに固まった黒い塊と化した。


「……ふふ、これで少しは静かになったわね。さて、ナポレオン様。今の貴方に、真実をお話ししましょうか」


私は彼の耳元で、甘く、冷たく囁いた。


「貴方がいなくなってから、私の売り上げは右肩上がり。クララの肌艶も最高。……つまり、貴方は私たちの人生において、百害あって一利なしの『お荷物』だったということですわ」


「……むぐ、むぐぐぐっ!」


(翻訳:そんな馬鹿な! 私は王子だぞ!)


「さあ、仕上げよ。エクレア、一気に剥がしなさい」


「承知いたしました。……せーの」


ベリィィィッ!!!


「ぎゃあああああああーーーっ!!!」


王子の叫び声と共に、付け髭、そして自前の眉毛の半分ほどがパックに持っていかれた。


「あら、スッキリしたお顔。……おや、どこかで見たことのある『カボチャ頭』が現れましたわね?」


「……み、ミルフィー……! 君、君という女は……!」


涙目で顔を押さえるレオン王子。
そこへ、何も知らないクララが「お待たせしましたー!」と明るく入ってきた。


「あ、殿下!? どうしてそんな、泥棒に失敗したようなお顔をされているんですか?」


「ど、泥棒……。クララ、私だ! 君を迎えに……」


「あ、お帰りはあちらのドブ川沿いの裏口からどうぞ! お姉様が、不審者はそこから捨てろって仰ってたので!」


クララは満面の笑みで、王子の背中を力一杯押し出した。


「あ、待て、クララ! 私の話を聞……ぐわぁぁぁ!」


王子はそのまま、店のゴミ捨て場へと転げ落ちていった。


「……お嬢様。本日の害虫駆除、完了いたしました」


「ご苦労様、エクレア。……さて、クララ。次の新作ケーキの試食をしましょうか」


「はい! お姉様!」


私たちは、ゴミの中で「私は……私は主人公のはずだぁ……」と嘆く王子の声をBGMに、優雅なティータイムを再開した。
未練がましいカボチャの居場所など、このキラキラしたサロンには一ミリも存在しないのだ。
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