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「……寒い。なあメアリ、なぜこの部屋はこんなに冷えているんだ? 王太子の執務室だぞ? 至急、暖炉に薪をくべさせろ!」
かつての栄華が嘘のように静まり返った王宮の一室。
ガタガタと震えながら、ジュリアン王子が厚手の毛布にくるまって叫んだ。
しかし、返ってきたのは愛するメアリの甘い声ではなく、冷徹な現実を告げる財務官の声だった。
「恐れながら殿下。薪の購入費用が予算オーバーのため、財務部より支給を止められております。どうしても暖を取りたいとおっしゃるのであれば、あちらの金糸入りの高級カーテンを燃やすしかございません」
「な……! あれは先代王が特注した国宝級の品だぞ! 燃やせるわけなかろう!」
「左様でございますか。では、震えてお待ちください。春になれば暖かくなります」
財務官は事務的に一礼すると、冷え切った部屋から去っていった。
リーナがいなくなった後の王宮財務部は、彼女が残した「地獄の運用マニュアル」を忠実に守り続けている。
そのマニュアルの第一条にはこう記されていた。――『無能な王族の私的な温熱環境に一リーブルたりとも費やすべからず』と。
「ジュリアン様ぁ……。お腹が空きましたわ。今日の朝食、パンとスープだけでしたわよ? 私、あの高級な白トリュフのオムレツが食べたいですわ!」
隣で同じく毛布にくるまっていたメアリが、力なく訴える。
彼女の美しい髪は手入れが届かずパサつき、かつての華やかさは見る影もない。
「メアリ、我慢するんだ。……それより、お前の首元にあったあの真珠はどうした? あれを売れば少しは足しに……」
「あれなら、三日前にリーナ様の手記を持った弁護士さんがいらして、『横領品の回収』だと言って持っていかれましたわ! おまけに私の私物のドレスまで、殿下からの『贈与税未払い分』として差し押さえられたんですのよ!?」
「…………あいつ、本当に情け容赦がないな!」
ジュリアンは天を仰いだ。
リーナ・フォン・アッシェン。
彼女は物理的にここにはいないが、彼女が張り巡らせた「法的・経済的包囲網」は、今もなおジュリアンたちの首を真綿で締めるように絞り続けている。
そこへ、息を切らした伝令兵が飛び込んできた。
「で、殿下! 隣国のヴァラン王国より、正式な書状が届きました!」
「何!? ヴァラン王国だと? あそこには確かカイルという冷徹な男がいたはずだ。……もしや、我が国の窮状を見かねて、救援物資でも送ってくれるというのか!」
ジュリアンは期待に目を輝かせ、震える手で書状を奪い取った。
だが、その内容を見た瞬間、彼の顔は土気色を通り越して真っ白になった。
「……な、なんだこれは。『アッシェン公爵令嬢リーナの代理人として、婚約破棄に伴う精神的苦痛への追加慰謝料、および過去の公務代行費の遅延損害金を合算し、計金貨五万枚を請求する。支払われない場合は、国境付近の鉱山の採掘権を強制的に移転させる』……だと!?」
「ご、金貨五万枚!? 殿下、そんなお金、この国のどこを探してもありませんわ!」
「当たり前だ! それに……この書状の末尾を見ろ! 『追伸:数字は裏切りませんが、不誠実な債務者は裏切られますわ。リーナ・フォン・アッシェン』……あ、あの女、カイルと組んで本気で私を破滅させる気か!」
ジュリアンの悲鳴が、冷え切った執務室に空虚に響いた。
彼はようやく理解したのだ。
自分が捨てたのは「可愛げのない女」などではなく、この国の「生命線」そのものだったということを。
一方その頃。
隣国のカイルのオフィスでは、リーナが優雅にハーブティーを楽しんでいた。
もちろん、茶葉はカイルが「福利厚生」として経費で落とした最高級品だ。
「……ふふ。おや、リーナ? 急に笑い出してどうしたんだい?」
カイルが書類から目を上げ、不思議そうに尋ねる。
リーナは手元のソロバンを一弾きし、満足げに微笑んだ。
「いいえ。どこか遠くで、回収予定の『債権』が心地よく鳴いたような気がいたしましたの。……どうやら、私の計算通りに事態は推移しているようですわね」
「……君を敵に回さなくて本当に良かったよ。さあ、その『債権』が確実に回収できたら、君には約束通りボーナスを出そう。もちろん、非課税の範囲内でね」
「期待しておりますわ、カイル様。……さて、次はあの鉱山の収益シミュレーションに取り掛かりましょうか。一分一秒が無駄にはできませんもの」
リーナの瞳は、未来の純利益を見据えて鋭く輝いている。
元婚約者の悲鳴など、彼女にとっては心地よい「入金通知」のメロディに過ぎなかった。
かつての栄華が嘘のように静まり返った王宮の一室。
ガタガタと震えながら、ジュリアン王子が厚手の毛布にくるまって叫んだ。
しかし、返ってきたのは愛するメアリの甘い声ではなく、冷徹な現実を告げる財務官の声だった。
「恐れながら殿下。薪の購入費用が予算オーバーのため、財務部より支給を止められております。どうしても暖を取りたいとおっしゃるのであれば、あちらの金糸入りの高級カーテンを燃やすしかございません」
「な……! あれは先代王が特注した国宝級の品だぞ! 燃やせるわけなかろう!」
「左様でございますか。では、震えてお待ちください。春になれば暖かくなります」
財務官は事務的に一礼すると、冷え切った部屋から去っていった。
リーナがいなくなった後の王宮財務部は、彼女が残した「地獄の運用マニュアル」を忠実に守り続けている。
そのマニュアルの第一条にはこう記されていた。――『無能な王族の私的な温熱環境に一リーブルたりとも費やすべからず』と。
「ジュリアン様ぁ……。お腹が空きましたわ。今日の朝食、パンとスープだけでしたわよ? 私、あの高級な白トリュフのオムレツが食べたいですわ!」
隣で同じく毛布にくるまっていたメアリが、力なく訴える。
彼女の美しい髪は手入れが届かずパサつき、かつての華やかさは見る影もない。
「メアリ、我慢するんだ。……それより、お前の首元にあったあの真珠はどうした? あれを売れば少しは足しに……」
「あれなら、三日前にリーナ様の手記を持った弁護士さんがいらして、『横領品の回収』だと言って持っていかれましたわ! おまけに私の私物のドレスまで、殿下からの『贈与税未払い分』として差し押さえられたんですのよ!?」
「…………あいつ、本当に情け容赦がないな!」
ジュリアンは天を仰いだ。
リーナ・フォン・アッシェン。
彼女は物理的にここにはいないが、彼女が張り巡らせた「法的・経済的包囲網」は、今もなおジュリアンたちの首を真綿で締めるように絞り続けている。
そこへ、息を切らした伝令兵が飛び込んできた。
「で、殿下! 隣国のヴァラン王国より、正式な書状が届きました!」
「何!? ヴァラン王国だと? あそこには確かカイルという冷徹な男がいたはずだ。……もしや、我が国の窮状を見かねて、救援物資でも送ってくれるというのか!」
ジュリアンは期待に目を輝かせ、震える手で書状を奪い取った。
だが、その内容を見た瞬間、彼の顔は土気色を通り越して真っ白になった。
「……な、なんだこれは。『アッシェン公爵令嬢リーナの代理人として、婚約破棄に伴う精神的苦痛への追加慰謝料、および過去の公務代行費の遅延損害金を合算し、計金貨五万枚を請求する。支払われない場合は、国境付近の鉱山の採掘権を強制的に移転させる』……だと!?」
「ご、金貨五万枚!? 殿下、そんなお金、この国のどこを探してもありませんわ!」
「当たり前だ! それに……この書状の末尾を見ろ! 『追伸:数字は裏切りませんが、不誠実な債務者は裏切られますわ。リーナ・フォン・アッシェン』……あ、あの女、カイルと組んで本気で私を破滅させる気か!」
ジュリアンの悲鳴が、冷え切った執務室に空虚に響いた。
彼はようやく理解したのだ。
自分が捨てたのは「可愛げのない女」などではなく、この国の「生命線」そのものだったということを。
一方その頃。
隣国のカイルのオフィスでは、リーナが優雅にハーブティーを楽しんでいた。
もちろん、茶葉はカイルが「福利厚生」として経費で落とした最高級品だ。
「……ふふ。おや、リーナ? 急に笑い出してどうしたんだい?」
カイルが書類から目を上げ、不思議そうに尋ねる。
リーナは手元のソロバンを一弾きし、満足げに微笑んだ。
「いいえ。どこか遠くで、回収予定の『債権』が心地よく鳴いたような気がいたしましたの。……どうやら、私の計算通りに事態は推移しているようですわね」
「……君を敵に回さなくて本当に良かったよ。さあ、その『債権』が確実に回収できたら、君には約束通りボーナスを出そう。もちろん、非課税の範囲内でね」
「期待しておりますわ、カイル様。……さて、次はあの鉱山の収益シミュレーションに取り掛かりましょうか。一分一秒が無駄にはできませんもの」
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