喜んで!悪役令嬢を極めすぎて王子にドン引きされました!

恋の箱庭

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ヴァルハルト王国の朝は、相変わらず地響きのような咆哮から始まります。


「――やる気があるのかしら、この駄犬どもッ! そんな軟弱な太刀筋では、わたくしのドレスの裾をかすめることすら不可能ですわよ!」


王宮の広大な練兵場に、私の鋭い声が響き渡りました。
扇子をバサリと広げ、私はひな壇の上から、泥にまみれて特訓に励む騎士たちを見下ろしました。


「「「「申し訳ございません、ミクル姐さんッ!!」」」」


数百人の筋骨隆々な男たちが、一斉に地面に膝をつき、砂埃を上げて謝罪します。
その光景は、数年経った今でも少しばかり異様ですが、これが今の私の「日常」なのです。


「謝る暇があるなら、あと百回は素振りをなさいな! わたくしを退屈させるような兵士は、この国には必要ありませんわ。おーっほっほっほ!」


私が高らかに笑うと、騎士たちは恐怖するどころか、顔を紅潮させて「うおおお!」と歓喜の声を上げました。
どうやら私の罵倒は、今やこの国の最高級の栄養剤(プロテイン)として定着してしまったようですわ。


「……ふふ。相変わらず、いいキレだ、ミクル。朝から君の覇気を浴びて、我が国の防衛力は今日も盤石だな」


背後から逞しい腕が伸び、私の腰をそっと抱き寄せました。
振り返るまでもなく、ヴァルハルト国王――愛すべき脳筋、カイル様ですわ。


「あら、カイル様。公務はよろしいのですか? 国王が練兵場でデレデレしているなんて、他国に知られたら末代までの恥ですわよ」


私はわざとらしく眉を吊り上げましたが、カイル様は全く動じることなく、私の額に優しく口づけを落としました。


「ははは! 愛する妻を愛でるのが、王としての最大の公務だ。それに、君がこうして騎士たちを『指導』してくれるおかげで、私の仕事も捗っているのだぞ」


カイル様は、私の隣で満足そうに胸板を叩きました。
数年前、婚約破棄されてこの国に連れてこられた時は、どうなることかと思いました。
でも、今ではこの「悪役令嬢」としての演技が、私にとっても、この国にとっても、なくてはならないものになっています。


「……ところで、ミクル。アストレア王国から新しい手紙が届いているぞ。読むか?」


カイル様が差し出した書状を、私は扇子の端でつまむように受け取りました。
中身を見るまでもなく、想像はつきますわ。


「……アルヴィス元殿下は、まだあの資料室で計算ミスを繰り返していらっしゃるのかしら? リリィさんは、ジャガイモの皮剥きで指を鍛えている最中?」


「ああ。アルヴィスは最近、数字を見るだけで失神するようになったらしい。リリィの方は、あまりに皮剥きが速くなりすぎて、地方の料理店からスカウトが来ているそうだ」


私は思わず吹き出しそうになりましたが、すぐに冷徹な表情を取り繕いました。


「あら。あの方たちも、ようやく自分に相応しい居場所を見つけたようですわね。わたくしのような『本物の悪女』に挑もうなんて、最初から間違いでしたのよ」


私は書状を無造作に放り捨て、再び練兵場へと視線を戻しました。
そこには、私の高笑いを目指して、必死に汗を流す国民たちの姿がありました。


(……幸せ、ですわね)


アストレア王国で、誰にも必要とされず、完璧な人形として振る舞っていた頃の私。
今の私は、完璧な「悪」を演じながら、誰よりも愛され、必要とされています。


「カイル様。わたくし、決めていますの。死ぬその瞬間まで、わたくしは貴方の前で、そしてこの国の人々の前で、最高の悪役令嬢であり続けると」


私は、繋がれたカイル様の手を、少しだけ強く握りしめました。


「ああ。私も誓おう。君がその扇子を置く日まで、私は君の最強の騎士であり続ける。……ミクル、愛しているぞ」


「……あら。わたくしを愛するなら、言葉ではなく行動で見せてくださいまし。今夜の夕食には、最高級のプリンを十個、用意しておくことですわよ!」


私がわがままを言い放つと、カイル様は太陽のような笑顔で私を抱き上げました。


「ああ! 国中のプリンを集めてこよう! 君の笑顔(の裏に隠された覇気)のためなら、安い御用だ!」


青空の下、私の新しい物語は、これからも続いていきます。
演技でもいい。虚勢でもいい。
この筋肉だらけの温かい国で、わたくしはわたくしらしく、最強の悪を貫いて差し上げますわ!


「さあ、駄犬ども! わたくしの幸せな笑い声に、力一杯の咆哮で応えなさいな! おーっほっほっほっほ!!」


ヴァルハルトの空に、今日も世界一幸せな悪役令嬢の高笑いが響き渡りました。
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