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「オーーッホッホッホッホ! 見なさい、この下等な泥水のようなお茶を! ベル家の飼い犬だって飲みませんわ!」
鏡の前で、私は喉が枯れるほどの絶叫を繰り返していた。
悪役令嬢の嗜み、それは高飛車な高笑い。
物理的な破壊工作が「聖女の自己犠牲」に変換されてしまった今、私は態度と声で「性格の悪さ」をアピールするしかないと考えたのだ。
「……お嬢様。先ほどから何をなさっているのですか? その、喉に骨でも刺さったような声は」
背後で、呆れたような声を出すのは専属侍女のアンナだ。
「失礼ね、アンナ。これは高貴な悪役令嬢にのみ許される、慈悲なき嘲笑の練習ですわ。どう? 今の、少しはイラッときたかしら?」
「いいえ。どちらかと言えば、お嬢様の情緒不安定さを心配して、実家の伯爵様に手紙を書きたくなるレベルです」
「そんなに!? 練習あるのみだわ……。オーッホッホッホ!」
私は喉の奥を鳴らし、精一杯の「嫌な女」を演じる。
今日こそは、レオンハルト殿下に「君、性格変わった?」と言わせて、引きつった笑顔を引き出してみせる。
ティータイムの時間。
私は王宮の庭園で、レオンハルト殿下と対峙していた。
「マリア。今日もいい天気だね。君の瞳の色に似た、澄んだ青空だ」
「あら、殿下。相変わらずおめでたいお頭ですこと……オーーッホッホッホッホ!!」
私は紅茶を口にする間もなく、立ち上がって指先を殿下に突きつけ、全力で笑い声を上げた。
静まり返る庭園。
護衛の騎士たちが「何事か」と剣の柄に手をかける。
これだ。この「空気の冷え込み」こそが私の求めていたものだわ!
さあ、レオンハルト様。
不快そうな顔をしてください。私を「品のない女だ」と蔑んでください!
「マリア……」
レオンハルト様は、沈痛な面持ちで私のことを見つめている。
ついにきた。私の勝利だ。
「君……喉の調子が悪いんだね?」
「……はい?」
「あんなに無理をして声を震わせて。きっと昨日の壺の破片を片付ける時に、埃でも吸い込んでしまったんだろう? ああ、なんてことだ。僕のために無理をして明るく振る舞おうとして……」
レオンハルト様は、ガタッと椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、私の隣に跪いた。
「違いますわ、殿下! これは嘲笑です! あなたをバカにして笑っているんですのよ!」
「そうか、僕を元気づけるために、わざわざそんな奇妙な……いえ、独創的な発声法で場を和ませようとしてくれたんだね。マリア、君の優しさは海よりも深い」
「聞いてます!? 私、バカにしてるって言いましたわよね!?」
「ああ、聞こえているよ。君の照れ隠しだね。ケイン! すぐに王宮で一番の喉の専門医を呼んでくれ! あと、最高級のハチミツと喉飴を、ありったけ用意するんだ!」
控えていたケイン様が、これ以上ないほど冷ややかな目で私を見てから、短く答えた。
「殿下。それは専門医ではなく、おそらくカウンセラーの領分かと。……いえ、何でもありません。すぐに喉飴を手配します」
「待ってください! 私、病気じゃありませんわ! ほら、もう一度やりますから、よく見ていてください! オーーーッホッ……カハッ、ゲホッ、ゴホッ!!」
調子に乗って声を張り上げすぎたせいで、本当に喉が裏返った。
激しくむせる私。
それを見たレオンハルト様の顔が、恐怖に染まる。
「マリア!! しっかりしろ、マリア! 重病じゃないか! 誰か、担架だ! 救急搬送の準備を!」
「ち、が……ゲホッ、ただの、むせ、ゲホッ!」
「喋らなくていい、愛しいマリア。僕が……僕が不甲斐ないばかりに、君にこんな無理な笑いをさせてしまうほどストレスを与えていたなんて……」
殿下は私を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、そのまま王宮の医務室へと全力疾走を始めた。
「あ、あの、殿下! 降ろしてください! 恥ずかしいですわ!」
「気にするな、マリア。君の名誉は僕が守る。君が『オーッホッホ』と鳴く奇病にかかったことは、僕とケインだけの秘密にするからね!」
「奇病にされてるーーーー!!!」
私は、殿下の逞しい胸板の中でジタバタと暴れたが、彼はそれを「苦しんでいる」と解釈し、さらに走る速度を上げた。
結局、その日の私は「極度の疲労と喉の炎症」という診断を下され、王宮のベッドで静養させられる羽目になった。
枕元には、レオンハルト様が自ら剥いてくれたリンゴと、山のような喉飴。
「ゆっくり休むんだよ、マリア。元気になったら、またあの……ええと、面白い笑い声を聞かせておくれ。君が楽しそうなら、僕はそれだけで幸せだから」
そう言って私の額に優しくキスをする殿下の瞳は、どこまでも澄んでいて、誠実そのものだった。
「(……もう嫌。この人、攻略不能だわ……)」
私はシーツを頭まで被り、自分の無能さと殿下の重すぎる愛に、ただただ涙を流すしかなかった。
悪役令嬢への道。
二度目の作戦も、王子の「聖母のような包容力」の前に、見るも無残な大敗北を喫したのであった。
鏡の前で、私は喉が枯れるほどの絶叫を繰り返していた。
悪役令嬢の嗜み、それは高飛車な高笑い。
物理的な破壊工作が「聖女の自己犠牲」に変換されてしまった今、私は態度と声で「性格の悪さ」をアピールするしかないと考えたのだ。
「……お嬢様。先ほどから何をなさっているのですか? その、喉に骨でも刺さったような声は」
背後で、呆れたような声を出すのは専属侍女のアンナだ。
「失礼ね、アンナ。これは高貴な悪役令嬢にのみ許される、慈悲なき嘲笑の練習ですわ。どう? 今の、少しはイラッときたかしら?」
「いいえ。どちらかと言えば、お嬢様の情緒不安定さを心配して、実家の伯爵様に手紙を書きたくなるレベルです」
「そんなに!? 練習あるのみだわ……。オーッホッホッホ!」
私は喉の奥を鳴らし、精一杯の「嫌な女」を演じる。
今日こそは、レオンハルト殿下に「君、性格変わった?」と言わせて、引きつった笑顔を引き出してみせる。
ティータイムの時間。
私は王宮の庭園で、レオンハルト殿下と対峙していた。
「マリア。今日もいい天気だね。君の瞳の色に似た、澄んだ青空だ」
「あら、殿下。相変わらずおめでたいお頭ですこと……オーーッホッホッホッホ!!」
私は紅茶を口にする間もなく、立ち上がって指先を殿下に突きつけ、全力で笑い声を上げた。
静まり返る庭園。
護衛の騎士たちが「何事か」と剣の柄に手をかける。
これだ。この「空気の冷え込み」こそが私の求めていたものだわ!
さあ、レオンハルト様。
不快そうな顔をしてください。私を「品のない女だ」と蔑んでください!
「マリア……」
レオンハルト様は、沈痛な面持ちで私のことを見つめている。
ついにきた。私の勝利だ。
「君……喉の調子が悪いんだね?」
「……はい?」
「あんなに無理をして声を震わせて。きっと昨日の壺の破片を片付ける時に、埃でも吸い込んでしまったんだろう? ああ、なんてことだ。僕のために無理をして明るく振る舞おうとして……」
レオンハルト様は、ガタッと椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、私の隣に跪いた。
「違いますわ、殿下! これは嘲笑です! あなたをバカにして笑っているんですのよ!」
「そうか、僕を元気づけるために、わざわざそんな奇妙な……いえ、独創的な発声法で場を和ませようとしてくれたんだね。マリア、君の優しさは海よりも深い」
「聞いてます!? 私、バカにしてるって言いましたわよね!?」
「ああ、聞こえているよ。君の照れ隠しだね。ケイン! すぐに王宮で一番の喉の専門医を呼んでくれ! あと、最高級のハチミツと喉飴を、ありったけ用意するんだ!」
控えていたケイン様が、これ以上ないほど冷ややかな目で私を見てから、短く答えた。
「殿下。それは専門医ではなく、おそらくカウンセラーの領分かと。……いえ、何でもありません。すぐに喉飴を手配します」
「待ってください! 私、病気じゃありませんわ! ほら、もう一度やりますから、よく見ていてください! オーーーッホッ……カハッ、ゲホッ、ゴホッ!!」
調子に乗って声を張り上げすぎたせいで、本当に喉が裏返った。
激しくむせる私。
それを見たレオンハルト様の顔が、恐怖に染まる。
「マリア!! しっかりしろ、マリア! 重病じゃないか! 誰か、担架だ! 救急搬送の準備を!」
「ち、が……ゲホッ、ただの、むせ、ゲホッ!」
「喋らなくていい、愛しいマリア。僕が……僕が不甲斐ないばかりに、君にこんな無理な笑いをさせてしまうほどストレスを与えていたなんて……」
殿下は私を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、そのまま王宮の医務室へと全力疾走を始めた。
「あ、あの、殿下! 降ろしてください! 恥ずかしいですわ!」
「気にするな、マリア。君の名誉は僕が守る。君が『オーッホッホ』と鳴く奇病にかかったことは、僕とケインだけの秘密にするからね!」
「奇病にされてるーーーー!!!」
私は、殿下の逞しい胸板の中でジタバタと暴れたが、彼はそれを「苦しんでいる」と解釈し、さらに走る速度を上げた。
結局、その日の私は「極度の疲労と喉の炎症」という診断を下され、王宮のベッドで静養させられる羽目になった。
枕元には、レオンハルト様が自ら剥いてくれたリンゴと、山のような喉飴。
「ゆっくり休むんだよ、マリア。元気になったら、またあの……ええと、面白い笑い声を聞かせておくれ。君が楽しそうなら、僕はそれだけで幸せだから」
そう言って私の額に優しくキスをする殿下の瞳は、どこまでも澄んでいて、誠実そのものだった。
「(……もう嫌。この人、攻略不能だわ……)」
私はシーツを頭まで被り、自分の無能さと殿下の重すぎる愛に、ただただ涙を流すしかなかった。
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