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「……完璧。これこそ、子供が泣き出し、夜会の淑女たちが気絶する『悪の美学』ですわ」
私は鏡の中に映る自分を見つめ、満足げに口角を上げた。
本日の作戦は、視覚的恐怖による嫌悪感の誘発。
性格や行動が「愛」に変換されるなら、見た目そのものを「生理的に受け付けないレベル」にまで叩き落とせばいいのだ。
私の顔面は、今や芸術的なカオス状態にあった。
目の周りには、殴られた跡と見紛うばかりの濃い紫のアイシャドウを塗りたくり、唇には毒々しいまでの黒ずんだ口紅。
さらには、頬に真っ赤なチークを「おてもやん」も驚くほどの濃度でのせている。
「お嬢様……。一応確認しますが、それは何かの呪術の儀式に向かう正装ではありませんよね?」
背後で、アンナが頭を抱えて震えている。
「何を言っているの。これは最新の『バッド・ヴィラン・メイク』よ。さあ、この顔でレオンハルト殿下を仰天させて、引導を渡してあげますわ!」
私は重たい瞼(化粧の層が厚すぎて重い)を必死に持ち上げ、意気揚々と謁見の間へと向かった。
廊下ですれ違う騎士たちが、「ひっ」と短い悲鳴を上げて壁に張り付く。
よし、順調だ。この反応こそ私が求めていたもの!
謁見の間では、レオンハルト殿下が書類を片手にケイン様と話し合っていた。
「失礼いたしますわ、殿下! お迎えに上がりました……オーーッホッホッホ!」
私は扉を勢いよく開き、わざとらしく顔を光の当たる場所へと突き出した。
「……っ!?」
ケイン様が手に持っていたペンを落とし、目を見開いて硬直する。
よし、まずは一人撃沈!
さあ、レオンハルト様。
あなたの愛する婚約者が、魔界から来た化け物のような姿になっていますわよ。
さっさと絶望して、婚約解消の書類にサインをなさい!
レオンハルト様は、ゆっくりと顔を上げた。
彼は数秒間、無言で私の顔を見つめていた。
静寂が場を支配する。
彼の瞳が、細められる。
(さあ、くるわ! 『不気味だ!』『近寄るな!』という罵声が……!)
「……マリア」
レオンハルト様が、掠れた声で呟いた。
「はい、殿下! この恐ろしい顔に、言葉も出ませんでしょう!?」
「なんてことだ……。君は、どこまで僕を驚かせてくれるんだ」
レオンハルト様は椅子から立ち上がると、弾かれたように私のもとへ駆け寄った。
そして、私の頬を包み込むように手を添えた。
……手が、化粧で汚れますわよ?
「君は……僕のために、自らを『夜空』に変えたんだね?」
「……は?」
「見てごらん、ケイン。この深い紫は夜の帳を、この赤い頬は昇りゆく月を、そしてこの黒い唇は神秘的な闇を表している。マリア、君は今日という日を、僕との『特別な夜』として祝福するために、自らの顔をキャンバスにしたんだね!」
レオンハルト様の瞳には、怒りどころか、宇宙の真理でも発見したかのような感動の光が宿っていた。
「殿下、眼科に行きましょう。今すぐに」
ケイン様の冷静な進言も、今の王子には届かない。
「違うんです、殿下! これは嫌がらせです! あなたに嫌われるために、わざと汚く……」
「汚い? 何を言っているんだ、マリア。これは『アバンギャルド(前衛的)』というやつだろう? 既存の美の概念を破壊し、僕への独占欲を表現してくれた……。ああ、誰にも見せたくない。このあまりにも個性的で愛らしい君を、僕だけの宝物庫に隠しておきたいよ!」
レオンハルト様は、私の「毒々しい顔」を至近距離で見つめ、あろうことか愛おしそうに目を細めている。
「……殿下。この顔を見て、怖くないのですか? 悪魔の使いに見えませんか?」
「バカなことを。僕には、必死に化粧品を混ぜ合わせ、僕を驚かせようと鏡の前で奮闘する君の健気な姿が見える。その努力そのものが、僕にとっては世界で一番美しい宝石だよ」
「…………」
勝てない。
この男のポジティブ思考は、もはや防御不能の領域に達している。
「マリア。せっかくの素晴らしいメイクだ。今すぐお抱えの画師を呼んで、肖像画を描かせよう。タイトルは『献身の女神と夜の調べ』だ」
「絶対に嫌ですわ!! 末代までの恥になります!!」
「照れなくていいんだよ。ああ、少し化粧が落ちてしまったな……。僕が塗り直してあげよう。その辺の赤いのを、もっと濃くすればいいのかな?」
「触らないでください! 殿下の白い軍服が真っ赤に染まりますわ!」
私は、自分を「芸術」として崇め奉ろうとする王子から逃げるように、その場を後にした。
自室に戻り、クレンジングオイルで顔を洗い流しながら、私は虚無感に包まれていた。
「(次は……次はもっと、精神的にくるやつにしないと……)」
鏡の中に現れた、元の「平凡で無能な」自分の顔が、今はやけに頼りなく見えた。
悪役令嬢への道。
第三の作戦も、王子の「盲目すぎる審美眼」によって、私の黒歴史を1ページ増やすだけで終わったのであった。
私は鏡の中に映る自分を見つめ、満足げに口角を上げた。
本日の作戦は、視覚的恐怖による嫌悪感の誘発。
性格や行動が「愛」に変換されるなら、見た目そのものを「生理的に受け付けないレベル」にまで叩き落とせばいいのだ。
私の顔面は、今や芸術的なカオス状態にあった。
目の周りには、殴られた跡と見紛うばかりの濃い紫のアイシャドウを塗りたくり、唇には毒々しいまでの黒ずんだ口紅。
さらには、頬に真っ赤なチークを「おてもやん」も驚くほどの濃度でのせている。
「お嬢様……。一応確認しますが、それは何かの呪術の儀式に向かう正装ではありませんよね?」
背後で、アンナが頭を抱えて震えている。
「何を言っているの。これは最新の『バッド・ヴィラン・メイク』よ。さあ、この顔でレオンハルト殿下を仰天させて、引導を渡してあげますわ!」
私は重たい瞼(化粧の層が厚すぎて重い)を必死に持ち上げ、意気揚々と謁見の間へと向かった。
廊下ですれ違う騎士たちが、「ひっ」と短い悲鳴を上げて壁に張り付く。
よし、順調だ。この反応こそ私が求めていたもの!
謁見の間では、レオンハルト殿下が書類を片手にケイン様と話し合っていた。
「失礼いたしますわ、殿下! お迎えに上がりました……オーーッホッホッホ!」
私は扉を勢いよく開き、わざとらしく顔を光の当たる場所へと突き出した。
「……っ!?」
ケイン様が手に持っていたペンを落とし、目を見開いて硬直する。
よし、まずは一人撃沈!
さあ、レオンハルト様。
あなたの愛する婚約者が、魔界から来た化け物のような姿になっていますわよ。
さっさと絶望して、婚約解消の書類にサインをなさい!
レオンハルト様は、ゆっくりと顔を上げた。
彼は数秒間、無言で私の顔を見つめていた。
静寂が場を支配する。
彼の瞳が、細められる。
(さあ、くるわ! 『不気味だ!』『近寄るな!』という罵声が……!)
「……マリア」
レオンハルト様が、掠れた声で呟いた。
「はい、殿下! この恐ろしい顔に、言葉も出ませんでしょう!?」
「なんてことだ……。君は、どこまで僕を驚かせてくれるんだ」
レオンハルト様は椅子から立ち上がると、弾かれたように私のもとへ駆け寄った。
そして、私の頬を包み込むように手を添えた。
……手が、化粧で汚れますわよ?
「君は……僕のために、自らを『夜空』に変えたんだね?」
「……は?」
「見てごらん、ケイン。この深い紫は夜の帳を、この赤い頬は昇りゆく月を、そしてこの黒い唇は神秘的な闇を表している。マリア、君は今日という日を、僕との『特別な夜』として祝福するために、自らの顔をキャンバスにしたんだね!」
レオンハルト様の瞳には、怒りどころか、宇宙の真理でも発見したかのような感動の光が宿っていた。
「殿下、眼科に行きましょう。今すぐに」
ケイン様の冷静な進言も、今の王子には届かない。
「違うんです、殿下! これは嫌がらせです! あなたに嫌われるために、わざと汚く……」
「汚い? 何を言っているんだ、マリア。これは『アバンギャルド(前衛的)』というやつだろう? 既存の美の概念を破壊し、僕への独占欲を表現してくれた……。ああ、誰にも見せたくない。このあまりにも個性的で愛らしい君を、僕だけの宝物庫に隠しておきたいよ!」
レオンハルト様は、私の「毒々しい顔」を至近距離で見つめ、あろうことか愛おしそうに目を細めている。
「……殿下。この顔を見て、怖くないのですか? 悪魔の使いに見えませんか?」
「バカなことを。僕には、必死に化粧品を混ぜ合わせ、僕を驚かせようと鏡の前で奮闘する君の健気な姿が見える。その努力そのものが、僕にとっては世界で一番美しい宝石だよ」
「…………」
勝てない。
この男のポジティブ思考は、もはや防御不能の領域に達している。
「マリア。せっかくの素晴らしいメイクだ。今すぐお抱えの画師を呼んで、肖像画を描かせよう。タイトルは『献身の女神と夜の調べ』だ」
「絶対に嫌ですわ!! 末代までの恥になります!!」
「照れなくていいんだよ。ああ、少し化粧が落ちてしまったな……。僕が塗り直してあげよう。その辺の赤いのを、もっと濃くすればいいのかな?」
「触らないでください! 殿下の白い軍服が真っ赤に染まりますわ!」
私は、自分を「芸術」として崇め奉ろうとする王子から逃げるように、その場を後にした。
自室に戻り、クレンジングオイルで顔を洗い流しながら、私は虚無感に包まれていた。
「(次は……次はもっと、精神的にくるやつにしないと……)」
鏡の中に現れた、元の「平凡で無能な」自分の顔が、今はやけに頼りなく見えた。
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