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「……もう私一人では無理ですわ。援軍を呼びます」
私は自室のソファに深く沈み込み、固い決意と共にペンを走らせた。
どれだけ私が「悪」を気取っても、レオンハルト殿下のフィルターを通れば「至高の愛」に変換されてしまう。
ならば、外部からの刺激が必要だ。
そう、物語には欠かせない存在――私から王子を奪い取る『可憐なヒロイン』である。
数日後、私はベル伯爵家の茶会に、親友のソフィア・ランバートを招待した。
彼女はランバート子爵家の令嬢で、私とは対照的に、控えめで清楚。
おまけに編み物やピアノが得意という、まさに「守ってあげたくなるヒロイン」の素質を完璧に備えた女性だ。
「……マリア。急に呼び出して、一体どうしたの? その、顔色があまり良くないみたいだけど」
ソフィアは心配そうに、私を覗き込んできた。
これよ! この聖母のような慈愛の眼差し!
「ソフィア、単刀直入に言いますわ。あなた、今日から私の恋敵(ライバル)になってちょうだい!」
「……え? 恋、がたき?」
ソフィアは持っていたティーカップを空中で静止させた。
「そうです。あなたは今日から、レオンハルト殿下の運命の相手になるのです。殿下の前に現れ、その清らかさで彼を魅了し、私を『嫉妬に狂った醜い悪女』へと仕立て上げる……。どう? 完璧なプランでしょう?」
「……マリア。あなた、本当に一度お医者様に診てもらったほうがいいと思うの」
ソフィアの反応は極めて常識的だった。
しかし、私は諦めない。
「お願い、ソフィア! 私は殿下のために婚約破棄されなければならないの! あなたしかいないのよ、この『無能なマリア』から王子様を救い出せるのは!」
「殿下のために婚約破棄って、理屈が崩壊しているわよ……」
その後、私は三時間に及ぶ説得(という名の泣き落とし)を続けた。
根が真面目で押しに弱いソフィアは、最後には「練習だけなら……」と、折れてくれた。
数日後の王宮。
私は作戦通り、レオンハルト殿下とケイン様が歩いてくる回廊で、ソフィアを待機させた。
「いい、ソフィア? 殿下が来たら、わざとぶつかって、恥ずかしそうに頬を赤らめるのよ。それが『運命の出会い』の基本ですわ」
「で、でも、そんな失礼なこと……」
「いいから! ほら、いらしたわよ!」
向こうから、今日も今日とて神々しいレオンハルト様がやってくる。
私は物陰に隠れ、ソフィアを背中から突き出した。
「きゃっ!?」
ソフィアがよろよろと回廊の中央に飛び出す。
そこへ、レオンハルト殿下が差し掛かった。
「おっと、危ない。大丈夫かい、令嬢?」
レオンハルト様が、とっさにソフィアの肩を支える。
完璧だ。
スローモーションで見えるような、劇的な接触!
「あ……あ……も、申し訳ありません、レオンハルト殿下! 私は、その……っ!」
ソフィアは顔を真っ赤にして俯いた。
いいわ、ソフィア! その「初心(うぶ)な反応」こそが王子の心を射抜くはず!
私は物陰から飛び出し、あらかじめ用意していたセリフを叫んだ。
「ちょっと! 何をしているの、あなた! 殿下に馴れ馴れしく触れるなんて、身の程をわきまえなさい! この泥棒猫!」
私は精一杯、キツい表情でソフィアを睨みつけた。
さあ、殿下! か弱いソフィアを庇って、私を「なんて酷い女だ!」と罵ってください!
レオンハルト様は、まずソフィアを見、次に私を見た。
「マリア……」
「そうです! 私、今ものすごく嫉妬していますわよ! 怖ろしいでしょう!? こんなに心の狭い女、妃にするなんて……」
「君は……なんて素晴らしい友人思いなんだ……!」
「…………はい?」
レオンハルト様は、ソフィアからパッと手を離し、私のもとへ歩み寄った。
「彼女は、君の親友のソフィア嬢だろう? 君は、僕という素晴らしい婚約者を、親友にも紹介してあげようとしたんだね。しかも、彼女が緊張しないように、あえて自分が悪役を演じて、僕たちの出会いを演出してくれた……。その献身的な友情に、僕は涙が出そうだよ」
「な、ななな……何を言っているんですの!?」
「ソフィア嬢、マリアのような心優しい友人がいて、君は幸せ者だね。マリア、君のその『他人の幸せを第一に考える心』、改めて尊敬したよ。愛している」
「待ってください! 私、今彼女を『泥棒猫』って呼びましたわよね!? 罵倒しましたわよね!?」
「ああ。照れ隠しの表現だね。君たちの仲の良さが伝わってくる、微笑ましい冗談だったよ」
レオンハルト様は、満足そうに頷いた。
背後でケイン様が「……もはや、この空間の因果律が歪んでいる」と、虚無の表情で呟いている。
「マリア……ごめんなさい。やっぱり私、お役に立てそうにないわ……」
ソフィアは、王子のあまりの「解釈のズレ」に恐怖を感じたのか、そのまま脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「ソフィア! 待って! 戻ってきてちょうだい!」
「ははは、彼女も君の愛の深さに気圧されてしまったようだね。さあ、マリア。親友を紹介してくれたお礼に、今日は僕が君をエスコートして、一日中愛を囁き続けるとしよう」
「それはいじめですわ!! 精神的な拷問ですわーーー!!!」
私の「ヒロイン投入作戦」は、王子の鉄壁のポジティブフィルターによって、単なる「友情アピール」として処理されてしまった。
悪役令嬢への道。
第六の作戦も、味方を増やしたはずが、逆に逃げ道がなくなるという最悪の結果に終わったのである。
私は自室のソファに深く沈み込み、固い決意と共にペンを走らせた。
どれだけ私が「悪」を気取っても、レオンハルト殿下のフィルターを通れば「至高の愛」に変換されてしまう。
ならば、外部からの刺激が必要だ。
そう、物語には欠かせない存在――私から王子を奪い取る『可憐なヒロイン』である。
数日後、私はベル伯爵家の茶会に、親友のソフィア・ランバートを招待した。
彼女はランバート子爵家の令嬢で、私とは対照的に、控えめで清楚。
おまけに編み物やピアノが得意という、まさに「守ってあげたくなるヒロイン」の素質を完璧に備えた女性だ。
「……マリア。急に呼び出して、一体どうしたの? その、顔色があまり良くないみたいだけど」
ソフィアは心配そうに、私を覗き込んできた。
これよ! この聖母のような慈愛の眼差し!
「ソフィア、単刀直入に言いますわ。あなた、今日から私の恋敵(ライバル)になってちょうだい!」
「……え? 恋、がたき?」
ソフィアは持っていたティーカップを空中で静止させた。
「そうです。あなたは今日から、レオンハルト殿下の運命の相手になるのです。殿下の前に現れ、その清らかさで彼を魅了し、私を『嫉妬に狂った醜い悪女』へと仕立て上げる……。どう? 完璧なプランでしょう?」
「……マリア。あなた、本当に一度お医者様に診てもらったほうがいいと思うの」
ソフィアの反応は極めて常識的だった。
しかし、私は諦めない。
「お願い、ソフィア! 私は殿下のために婚約破棄されなければならないの! あなたしかいないのよ、この『無能なマリア』から王子様を救い出せるのは!」
「殿下のために婚約破棄って、理屈が崩壊しているわよ……」
その後、私は三時間に及ぶ説得(という名の泣き落とし)を続けた。
根が真面目で押しに弱いソフィアは、最後には「練習だけなら……」と、折れてくれた。
数日後の王宮。
私は作戦通り、レオンハルト殿下とケイン様が歩いてくる回廊で、ソフィアを待機させた。
「いい、ソフィア? 殿下が来たら、わざとぶつかって、恥ずかしそうに頬を赤らめるのよ。それが『運命の出会い』の基本ですわ」
「で、でも、そんな失礼なこと……」
「いいから! ほら、いらしたわよ!」
向こうから、今日も今日とて神々しいレオンハルト様がやってくる。
私は物陰に隠れ、ソフィアを背中から突き出した。
「きゃっ!?」
ソフィアがよろよろと回廊の中央に飛び出す。
そこへ、レオンハルト殿下が差し掛かった。
「おっと、危ない。大丈夫かい、令嬢?」
レオンハルト様が、とっさにソフィアの肩を支える。
完璧だ。
スローモーションで見えるような、劇的な接触!
「あ……あ……も、申し訳ありません、レオンハルト殿下! 私は、その……っ!」
ソフィアは顔を真っ赤にして俯いた。
いいわ、ソフィア! その「初心(うぶ)な反応」こそが王子の心を射抜くはず!
私は物陰から飛び出し、あらかじめ用意していたセリフを叫んだ。
「ちょっと! 何をしているの、あなた! 殿下に馴れ馴れしく触れるなんて、身の程をわきまえなさい! この泥棒猫!」
私は精一杯、キツい表情でソフィアを睨みつけた。
さあ、殿下! か弱いソフィアを庇って、私を「なんて酷い女だ!」と罵ってください!
レオンハルト様は、まずソフィアを見、次に私を見た。
「マリア……」
「そうです! 私、今ものすごく嫉妬していますわよ! 怖ろしいでしょう!? こんなに心の狭い女、妃にするなんて……」
「君は……なんて素晴らしい友人思いなんだ……!」
「…………はい?」
レオンハルト様は、ソフィアからパッと手を離し、私のもとへ歩み寄った。
「彼女は、君の親友のソフィア嬢だろう? 君は、僕という素晴らしい婚約者を、親友にも紹介してあげようとしたんだね。しかも、彼女が緊張しないように、あえて自分が悪役を演じて、僕たちの出会いを演出してくれた……。その献身的な友情に、僕は涙が出そうだよ」
「な、ななな……何を言っているんですの!?」
「ソフィア嬢、マリアのような心優しい友人がいて、君は幸せ者だね。マリア、君のその『他人の幸せを第一に考える心』、改めて尊敬したよ。愛している」
「待ってください! 私、今彼女を『泥棒猫』って呼びましたわよね!? 罵倒しましたわよね!?」
「ああ。照れ隠しの表現だね。君たちの仲の良さが伝わってくる、微笑ましい冗談だったよ」
レオンハルト様は、満足そうに頷いた。
背後でケイン様が「……もはや、この空間の因果律が歪んでいる」と、虚無の表情で呟いている。
「マリア……ごめんなさい。やっぱり私、お役に立てそうにないわ……」
ソフィアは、王子のあまりの「解釈のズレ」に恐怖を感じたのか、そのまま脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「ソフィア! 待って! 戻ってきてちょうだい!」
「ははは、彼女も君の愛の深さに気圧されてしまったようだね。さあ、マリア。親友を紹介してくれたお礼に、今日は僕が君をエスコートして、一日中愛を囁き続けるとしよう」
「それはいじめですわ!! 精神的な拷問ですわーーー!!!」
私の「ヒロイン投入作戦」は、王子の鉄壁のポジティブフィルターによって、単なる「友情アピール」として処理されてしまった。
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