婚約破棄、できないなんて聞いてないんですけど?

恋の箱庭

文字の大きさ
7 / 28

7

しおりを挟む
王宮のメインホールへと続く、豪華絢爛な大階段。


こここそが、悪役令嬢がヒロインを突き落とし、王子に決定的な絶望を与える聖地。

私は今日、ついにこの「禁断の手」に染まる決意を固めていた。


「……マリア、本当にやるの? さすがに階段は危ないわよ。私、運動神経は悪くないけど、転び方までは習っていないわ」


隣でガタガタと震えているのは、前回の失敗に懲りずに呼び出された親友ソフィアだ。


「大丈夫よ、ソフィア。本当に突き落としたりしませんわ。私があなたの背中に手を触れた瞬間に、あなたが『キャー!』と叫んで座り込めばいいだけですの」


「……それ、殿下が見ていたら、ただの不自然な寸劇に見えないかしら?」


「いいえ! 殿下のあのフィルターなら、不自然な動きも『劇的なドラマ』に変換されるはずですわ。さあ、殿下がいらしたわよ!」


階段の下から、ケイン様を伴ったレオンハルト殿下が歩いてくる。

私はソフィアの背後に回り、扇をバサリと広げた。


「オーーッホッホ! ソフィア様、そんなところに立っていると危ないですわよ? 例えば……こうして差し上げたらどうかしら!」


私は叫びながら、ソフィアの背中に向かって勢いよく両手を突き出した。


「キャ、キャー(棒読み)」


ソフィアが予定通りの悲鳴を上げる。

しかし、ここで計算外の事態が発生した。


私の足元には、昨日ワックスがけをされたばかりの、ピカピカの床。

そして、私が履いているのは、気合を入れすぎて新調した「滑りやすい最高級のシルク靴」。


スカッ。


手応えがない。

ソフィアに触れる寸前、私の足が面白いほど綺麗に後方へ滑った。


「……え? あ、あばばばば!」


「マリア!? ちょっと、そっちの方が危ないわよ!」


突き落とすはずだった私が、重心を崩して階段の縁から真っ逆さまにダイブした。

視界が回転する。

ああ、終わった。悪役令嬢になる前に、無能令嬢として地面の染みになるのね……。


「マリア!!」


鋭い叫び声と共に、視界に金色の閃光が走った。


ドサッ、という鈍い音。

しかし、痛みはない。代わりに、全身を包み込むような温かさと、爽やかなシトラスの香りが鼻をくすぐった。


「……ひ、生きてる?」


恐る恐る目を開けると、そこには私を横抱きにし、必死の形相で私を見つめるレオンハルト様の顔があった。


「ああ、神よ……! 無事でよかった、マリア。君を失ったら、僕は今日この場で帝国を滅ぼしていたかもしれない」


「で、殿下。あの、重いですわよね? 降ろしてくださって結構ですのよ?」


「降ろせるわけがないだろう! こんなに震えているじゃないか」


レオンハルト様は私をさらに強く抱きしめた。

……いや、震えているのは、自業自得の恥ずかしさのせいなのですが。


「マリア……君は、なんて慈悲深いんだ。僕は今、すべてを理解したよ」


「……はい?」


出た。

王子の「超絶解釈」タイムだ。


レオンハルト様は、階段の上で呆然としているソフィアを見上げた。


「ソフィア嬢。君は、靴の紐が解けていたか、あるいは体調を崩してふらついていたんだろう? マリアは君が階段から落ちるのを察知し、自らがクッションになるために、あえて先に身を投げ出したんだね」


「……えっ?」


ソフィアが困惑の表情を浮かべる。

私も困惑している。私は今、彼女を突き落とそうとしたはずなのですが。


「君は自分の命を懸けて、親友を守った。その……『自分が悪役に見えるようなセリフ』を叫びながら。それは、助けた後にソフィア嬢が気まずい思いをしないように、わざと憎まれ口を叩いたんだろう?」


「ち、違いますわ! 私は純粋に彼女を……!」


「言わなくていい。君の『不器用な優しさ』には、言葉も出ないよ。ケイン! 今すぐ階段に世界最高級の滑り止めマットを敷き詰めろ! あと、マリアのこの勇気ある行動を称え、記念硬貨の発行を検討するんだ!」


「殿下、いい加減にしてください。それはただの転倒です。物理法則に従っただけの自爆です」


ケイン様の冷静なツッコミも、もはや背景音に過ぎない。


「マリア、今日はもう何もさせないよ。君のその尊い体が傷つかないよう、寝室まで僕が運んで、一晩中君の安全を確認し続けるからね」


「一晩中!? それ、別の意味で私の身が危ない気がしますわ!!」


私は殿下の腕の中で暴れたが、彼はそれを「照れ隠しのダンス」と受け取り、幸せそうに微笑みながら階段を駆け上がっていった。


悪役令嬢への道。

第七の作戦は、物理法則すら味方につけた王子の盲目的な愛の前に、完膚なきまでに叩き潰されたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

真実の愛のおつりたち

毒島醜女
ファンタジー
ある公国。 不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。 その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。 真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。 そんな群像劇。

処理中です...